スマートスピーカー

 土曜日の朝、目覚めたら妻が『スマートスピーカー』になっていた。まるで意味が分からない。何故そんなことになったのか。どんな仕組みでそうなったのか。理由も原理もまるっきり不明だ。


 原因が分からないのだから、どうやったら元の妻に戻るかも皆目見当がつかない。俺は慌てふためくばかりだが、妻は思いのほか平然としている。


 女を四十年もやっていると肝っ玉がすわってくる。何時までも子供の心から進歩しない男とは大違いだ。結婚した時はそれなりに美しい女性だったが、気がつけば身も心もオバチャン化してしまった。見る影も無くなった妻の丸っこい姿を思いおこす。


 俺はダルマの置物のような、間違ってもスマートとは言えないプラスチックの『スマートスピーカー』に話しかけた。


「なあ、お前。ずっとそのまんまでいるつもりか」


「しかたないでしょ。気がついたらこうなっていたんだから。何時か元に戻るんじゃない」


「そんなのん気な。俺の朝ご飯はどうなるんだ」


「コーヒーとトーストは昨日セットしておいたから、私の機能を使って電源は入れてあるわよ。もうすぐできるわ」


 確かにコーヒーの豊かな香りが室内を満たし始めている。


 チーン。


 トーストも程よくキツネ色に焼けたようだ。


「ねっ、便利でしょ。一々操作しなくても、洗濯機も掃除機もエアコンもテレビも思いのままよ。寝ころんでテレビを見ながら家事ができるなんて最高だわ」


「料理の盛り付けや皿洗い。買い出し、そうだ、ゴミ捨てとかどうするんだよ!」


「あなたがやるしかないわね。だって私、動けないもの。『スマートスピーカー』に命令される主人ってちょっと可愛いわ」


「どうにかして元に戻れないのか」


「私に聞かないでよ。それよりトーストが冷めちゃうわよ」


 俺は渋々ながら朝食を優先することにした。コーヒーをカップに注ぐのも、バターを塗るのも俺の仕事になってしまった。


「お前は食べないのか」


「『スマートスピーカー』なんだから食事は必要ないでしょ」


「生きる楽しみが何もないな」


「そうでもないわよ。お友達に電話もできるし、メールも打てる。世界中に設置されたWebカメラを使って何処にだって安全に旅行ができるのよ。しかもタダで移動時間も無し。料理の味だって味覚情報などの記録でしかないから、無限に再現できるのよ。仮想空間て言うらしいわ。そこで、おデブになることもなく高級料理を飽きるまで食べ続けられるみたいよ」


「そっ、そうなのか」


「便利でしょ『スマートスピーカー』。私にはもう必要ないけど、あなたのために食材と日用品をネットで注文しておいたわ。受け取って冷蔵庫に入れるのはあなたの仕事よ。代金はあなたの隠し預金口座から支払ったから。あなたってずいぶんとヘソクリを貯め込んでいるのね」


「おい。勝手なことを・・・」


「あら、昨日、あなたが出したメールを読み上げようかしら。『美紀さんへ。明日のデートは何処に行きますか。海の見えるホテルのレストランなんてどうでしょう。妻には、泊まり込みの接待ゴルフと言うことにしてあるから朝までノンビリできるんだよ』だって」


「・・・」


「楽しそうね。私は『スマートスピーカー』。あなたの口座は全て私の管理下に移したわ。ホテルとレストランの予約もチョチョイとキャンセル。なんて便利なんでしょう」


「・・・」


「いいわね。私の目を盗んで何かできるなんて思わない事よ。あなたのスマホも私の管理下。位置情報も会話やメールの内容、まるっと筒抜けなんだから。街中の監視カメラを使って、あなたが事故に合わない様に見守ることにしたわ」






おしまい。

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