小説が書けない!

 人間、誰にだって一つくらい面白い話を書けるものだ。自分の体験を誇張してもいいし、ネットやテレビからネタを拾ってきてもいい。SNSを使って気軽にお題を募集することだってできる。


 言葉の響きだけで、特に意味のない単語を連呼するだけだって流行語になったりすることだってあるのだ。要するに他人のツボに入るかはセンスでしかない。


 例えば『がんだぽっぴぇ』と言う意味不明な単語を創り出す。適当に濁音と半濁音を使って印象を付ける。さあ書いてみよう。


 厳しい冬が過ぎ去り、今日は少しばかり日差しが暖かい。俺の今日の気分はすこぶる『がんだぽっぴぇ』なのだ。


 こんな日は、外に出て大声で叫びたくなる。俺は都心の百貨店に向かう。エレベーターで屋上へと登る。抜けるような青い空に飛行機雲が一本、浮かんでいる。


「がんだぽっぴぇーーーーーー!」


 赤ちゃんをあやしているママさんたちが何事かと冷たい目線を俺に送ってくる。構うものか。


「がんだぽっぴぇーーーーーー!」


 俺の大声てビックリした赤ちゃんが泣き出す。ママさんの瞳に敵意が宿る。が、それさえも無視する。


「がんだぽっぴぇーーーーーー!」


「がんだぽっぴぇーーーーーー!」


「がんだぽっぴぇーーーーーー!」


 三連発をかます。赤ちゃんはアヒアヒと笑い出す。


「がんだぽっぴぇーーーーーー!」


 どうだ。意味がわからんだろ。でも、この幼子に俺の気持ちは伝わっている。キョトンとするママさん。なぜなら俺は今、とっても『がんだぽっぴぇ』なのだから。


「がんだぽっぴぇって何ですか?」


「そうです。お母さん。がんだぽっぴぇーなのです!」


「どんな意味を表す言葉なのですか」


「子供が楽しくなる魔法の呪文です。がんだぽっぴぇ。一緒に唱えてみませんか」


「がんだぽっぴぇをですか?」


「がんだぽっぴぇをです」


「恥ずかしくありませんか?」


「お子さんは喜んでますよ!がんだぽっぴぇ」


 赤ちゃんはヨダレでベトベトになったおしゃぶりを俺に差し出してくる。そうか、そうか。ならキミに伝授して授けよう。


「がん・だ・ぽっぴ・ぇ」


 俺は丁寧に『がんだぽっぴぇ』を唱えた。


「びゃ・ぶ・ぴゃ・きゃ」


 お主、なかなかやるな。一音も合ってないが、心はもう一つと言っていい。俺は笑顔の赤ちゃんに応える。


「がん・だ・ぽっぴ・ぇー」


「びゃ・ぶ・ぴゃ・きゃー」


「がん・だ・ぽっぴ・ぇー」


「びゃ・ぶ・ぴゃ・きゃー」


 しばらく掛け合い漫才を続ける。何だって可愛くしてしまう、子供を使うのは反則だが、害はないから許してくれ。


「楽しそうですね。がん・だ・ぽっぴ・ぇ!」


「ええ楽しいですとも。がん・だ・ぽっぴ・ぇ!」


「びゃ・ぶ・ぴゃ・きゃー」


 近くにいた同じようなママさんたちが、興味津々で赤ん坊を抱えて集まってくる。丁寧に頭を下げて挨拶をする。


「がんだぽっぴぇ!」


「がんだぽっぴぇ・・・」


 恥ずかしそうな小さな声が帰ってくる。赤ちゃんたちに笑いが伝染していく。ああ、今日の気分はやっぱり『がんだぽっぴぇ』なのだ。


 そろそろ原稿締め切りの時間だ。編集者の怒り顔が目に浮かぶ。俺は自分の星に帰るために百貨店の屋上に宇宙船を呼んだ。


「がんだぽっぴぇーーーーーー!」


 クリスマスツリーを思わせる雅な光をまとった宇宙船が空を覆う。目を見開いて驚くママさんたち。俺は彼女たちと赤ちゃんたちに別れを告げる。


「がんだぽっぴぇーーーーーー!」


 さあ、帰って小説を書こう。題名はもちろん『がんだぽっぴぇ』。主人公の『がんだぽっぴぇ』が『がんだぽっぴぇー』な世界に行き『がーんだ、ぽっ、ぴぇ』な恋と『が、んだ!ぽっぴぇ』の冒険に心を躍らせるのだ。


「どうだ。楽しいだろ。がんだぽっぴぇ!」


 俺は出来立てほやほやの作品を編集者に見せた。


「感動で目から涙が止まりません。さすが先生です。がんだぽっぴぇ」


「そうだろう。がんだぽっぴぇ」


「はい。がんだぽっぴぇ」


 今週も何とか乗り切った。人間、誰にだって一つくらい面白い話を書けるものだ。しかし、プロと言うものはコンスタントに面白い話を作り続けなくてはならない。そこが素人とプロの違いなのだ。


「がんだぽっぴぇ」


 やはり、俺には小説が書けない!






おしまい。

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