World of Librarian
ゆらぎがあった。
――おかしい。
宇宙の外側に、光さえ到達できない領域がある。我々の住む世界と異なる次元に存在するその領域は、ある一つの思念体に支配されていた。
ここでは、その思念体の名前を、仮に「カーネル(kernel=核)」としておく。
カーネルはこの領域から、幾千万のあらゆる世界をインデックスし、管理している。我々の地球や銀河が存在する世界もその一つだ。いわば、カーネルは〈世界〉という無数の本を蔵書する〈司書〉だ。
神、あるいは、創造主。カーネルをそう称したとしても、過言ではないだろう。事実、カーネル自身がそれを自認していた。
世界を創るのも、壊すのも、カーネルにとって、指でボタンを一押しする程度のことだった。
ゆらぎ。
最近――という言葉がいつからを指すのかは難しいが、カーネルの知覚のなかでは――になって、ゆらぎは発生するようになった。現象には必ず原因がある。あらゆる世界を管理するカーネルにとって、それは自明のことだった。カーネルの管理する世界がゆらぐとしたら、その原因を解くことはカーネルには容易だ。
だが、そのゆらぎはカーネルの理解を越えていた。
――まあ、いい。
一過性のものだったから、カーネルはあまり深刻には捉えていなかった。すぐ止む。その後は、いつも通りだ。
カーネルにとっての成功とは、一つには長命な世界を創ることだった。何の調整もされずに生まれた世界は、瞬く間に崩壊していく。
それを防ぐにはどうすればいいか。試行錯誤の末、カーネルが辿り着いた方法の一つは、世界を構成する素であるタマシイを細かく分割し、物質に付与することだった。
その試みの果てに、ある特定の天体の大きさ、配置、エネルギー量など諸条件が整った環境で、生命が生まれた。
――興味深い。
カーネルは思った。自己を複製し、タマシイを連鎖させる生命という存在を、カーネルは特別なものと認識した。
その後、カーネルは生命が存在する世界を多数創った。だが残念なことに、生命もまた、長命ではなかった。多くの場合、それは世界そのものより遥かに短命であり、ちょっとした天体の衝突などの環境の変化で、儚く滅びた。
そういった環境の変化にも適応できるような、知的な生物がいる世界もあった。だがその知的生物らも、愚かにも相争って自滅するか、カタストロフィまでに文明が育たず全滅するのが関の山だった。
カーネルはやがて、生命に宿したタマシイを別の世界に転生させるという試みを始める。その試みはまだ、道半ばだった。
また一つのゆらぎが、この領域を襲った。
カーネルはじっと耐えた。しかし、今回のそれは止むことはなかった。
空間にぴしりと亀裂が走った。幾千万の世界を管理するシステムが壊れようとしていた。
なぜ。
問うても、答えはどこからも返って来ない。この領域にカーネルの他に、同等の知的レベルの存在はなかった。
ゆらぎは激しさを増していく。それは、カーネルの存在さえ脅かしかねない勢いだった。
――やめろ! やめてくれっ!!
カーネルは耐え難い苦痛を感じた。しかし、どうすることもできなかった。
――いったい、何がどうなっているんだ……。
カーネルは知らなかった。彼の存在する〈領域〉そのものもまた、別の誰かに管理される〈世界〉の一つに過ぎなかったということを。
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