コンビニ夜勤のバイト先に現れる(幼馴染だった)人気読者モデルさん。俺をカモだと思ってるのだろう、美人局を仕掛けてくる。

夏乃実 (旧) 濃縮還元ぶどうちゃん

第1話 過去と読者モデルの奈優

 ——いつの日のことだろうか。

 夕焼けに染まる公園に3つの小さな影が浮かんでいた。


『わ、わたし……まだいっしょにいたい。おひっこししたくない! みんなとはなれたくない……っ』

 その公園は穏やかな空気には包まれてはいなかった。園内にはぐすんぐすんと涙を流しながら訴える少女がいたのだから。

『もー、それはできないでしょ? ひっこし……明日にきまってるんだから』

『そう……だよね』

 そして、返事をするのは2人。お兄ちゃんのような立ち位置でその少女を納得させようとする少年に、悲しそうな顔で同意するもう1人の少女である。


『でも、でも……っ』

『でも、じゃないの。ねー、そのブサイクなかお、今くらいなおそーよ』

『……』

『ぐすっ、ぐすんっ』

 少年は唐突に言う。だが、これは本心ではない。

『泣かないで』を上手に伝えられなかっただけなのだ。少年は今こうして強がっているだけでいっぱいいっぱいなのだから。

 3人は毎日のように遊ぶ仲だった。少年がどのような想いで悪い言葉を発しているのかわかっているからこそ、『ひどい!』なんて言葉は誰からも出ないのだ。

 

『ほら、ずっと会えないわけじゃないじゃん。またかえってくればいい!』

『ぐすっ、かえって……くる?』

『うん。おとなになったら車にのることだってできるんだよ? ひっこしをしてもすぐにかえってこれるよ」

『そ、そうだね。そのとおりだよ!』

『っ』

『あんしんしてよ。かえってきてもそのブサイクなかお、ボクわすれないから』

『あははっ! あたしもわすれなーい』

『ぶ、ぶさいくじゃないもんっ! なんでわらうの!』

 別れはもうすぐまで迫っている。引っ越しと言う運命で1人だけ別れる少女は涙を流しながら怒っていた。


『まぁだからさ、だから……またかえってきてよ。うん、それがいい』

『うちもそれがいい! また3人であそぼうよ!』

『……ぐすんっ。わ、わかった。おとなになってかえってくる。か、かわいくなって……かえってくるもん』

『じゃあみんなでやくそくしよー? ゆびきりで』

『そうだね! そうしよう』


 ——いつの日の記憶だろうか。

 3人のそれぞれの小指を近づけ、影と一緒のまじわらせた。

 別れの最後のこと。

 それでも力強い指切りの約束は全員に小さな笑顔を浮かばせていたのだ。



 ****



 夏の蒸し暑さもすっかり消え、過ごしやすい気温に変わると共に木々が紅葉を始める10月中旬のこと。


 ガヤガヤと廊下まで響く話し声に教材をバックに入れる音。椅子を机上に置く音。そんな騒がしさが伝う青咲学院大学の1年生教室でゆっくりと時間を潰している二人がいた。


「なゆなゆー、なゆなゆは明後日あさっての20時から予定入ってたりする? 入ってなければそこから大体4時間くらいどうかなーって思ってるんだけど」

「明日の20時……? なにか用事があるの?」

 その教室内でクリーム色の髪を持つ姫川奈優なゆうは親友の南からこんな問いかけをされていた。

 桜色の瞳を大きくして横を振り向けばサイドテールの髪が揺れ、甘い匂いがすぐに舞う。


「うんっ! ぶっちゃけるとなゆなゆをコンパに連れていきたいなーって思ってね!」

「コンパ?」

「あれ、知らない!? わかりやすくいうと楽しい楽しい合コンみたいな!」

「あぁ……それならごめんなさい。誘ってもらったのは嬉しいんだけどそういうのは遠慮したいな」

「ど、どうして!? 遠慮ってことはいけないことはないんでしょ!?」

「そ、そうではあるんだけどわたし……友達に騙されて一度そのような会に参加したことがあって——」

「——え、それ初耳なんだけど! それで結果はどうだったの!?」

「結果というか……楽しかったのは最初だけだったから。途中から『二人で抜け出さない』って参加相手からフィグサインをされて、お断りしたらお酒も飲まされそうになって……。だからいい思い出が全然ないの」

 端整な小顔を渋らせる奈優なゆう。それだけで一つの絵になっているのはとある職種に手を伸ばしているからでもあるだろう。


「ちょっと待って。フィグサインってなに?」

「く、口で言えるわけないよ……。こ、これでわかるかな……」

 目を伏せながら口ごもる奈優は頰をピンク色に染めて例のフィグサインをする。

 雪のように白い手先。その人差し指と中指の間に親指を入れ、そのまま拳を作れば完成である。


「あー! なるほどなるほどエッチなやつか! あははっ、それは情熱的なお誘いで!」

「笑いごとじゃないのに……」

「ま、まあ合コンじゃそんなこともあるかもしれないけど今回のは絶対にそんなことないから! 本当の出会い目的!!」

「その『絶対』って断言できる理由は……?」

「よくぞ聞いてくれました! 今回の合コン相手はね、あの偏差値65越えの城賀灘じょうがなだの学生でね! それもウチが幹事だからしっかりとしたメンツを用意しております」

「じ、城賀灘じょうがなだ……」

 両手を腰に当ててドヤッとしている南に対し、ぴくりと薄い眉を上げて珍しく反応する奈優。


「お、なんだなんだ!? 手応えあり!?」

「手応えというかその大学には知り合いがいて……。ぁ、現金になるんだけどその人がくるのなら参加したいな」

「え!? ホントに言ってる!?」

「ど、どうしてそんなに驚くの? 普通のことだとは思うんだけど……」

「いやいや、普通に考えてなゆなゆはその男を狙ってるのかなって思って。『その人がくるのなら参加したい』とか言ってるぐらいだし」

「別に狙っているわけじゃ……ないよ」

 ——妙な間がここで一つ。


「ただ知り合いだから。そんな人と仲良くなれるならそのキッカケは逃さない方がいいから」

「確かにそれはそうだけど……さ」

 言ってることは間違っていない。と含ませた言い方をする南だが、どこかしっくりはきていない表情。奈優にしては珍しいとの気持ちが前に出ているのだ。


「……でも、わたしは参加しないかな」

「え、どうして?」

「その人、涼く——涼さんっていうんだけどコンパに参加するようなタイプじゃないから」

 まるで全てを知っているような口ぶりを見せる奈優。

「あー、メンバーの中に涼って人はいないね。涼太郎って人なら参加するけど」

「それは全く別人だよ。……ん、お誘いは嬉しかったけどわたし以外の子を誘ってくれる?」

「そ、それはホントダメ! お願いなゆなゆ断らないで! ジュース5本奢るから! いや、10本奢るから! いや、デザート付きランチ奢るから!!」

 どんどん金額を上げ、最終的に手を合わせて拝んだ南。よほどのお願いであるのは見ての通りだ。


「ど、どうしてそんなにかたくななの……? その城賀灘の学生さんならわたしの枠くらいすぐ埋まるでしょ?」

「だって相手側むこうが要望伝えてきたんだもん! 『あっ、青咲学院って言ったらFaVazファバズの表紙になってる人いるよね!? 読者モデルの! その人誘えたら誘ってよ!』ってさ」

「そう言えば明日は用事が……」

「絶対ウソじゃん!」

 この誘い文句が下心に感じてしまう奈優。似たような会で嫌なことがあっただけに警戒心も人一倍。そして涼という人物がいない限り、参加したいという意思はないも同然。


「ほら、今回の合コン相手を見て! このイケメンツ! これで頭もいいんだから参加したくなるでしょ!?」

 奈優の答えに焦る南は急いでスマホを操作して合コン相手の写真を見せる。これで少し心を揺さぶろうとしたが、その効果は全くない。


「まずそのような会が苦手ではあるから……」

「そこをなんとか!」

「……」

「だからお願いしますっ!」

「あのね、南。正直にいうとわたし……参加する男性方はタイプじゃなくって。だから本当にごめんなさい」

「ん゛!? タイプの人誰もいないの!? こんなにカッコいい人達なのに!?」

「う、うん。すごくカッコいいのは認めるんだけど、わたしはもっと落ち着きのある人が好みだから」

「いやー、言われたらもう無理じゃん! 強く誘うことできないじゃん!」

「だからわたしはパスでお願いできると嬉しいな」

「ふぁーい。そこまでいうならわかりましたよぉ……ドケチ!」

「ふふっ、ドケチでごめんなさい」

 親しい仲だからこそ悪口を言われても嫌な気はしない。考えるまでもなく冗談だと捉え微笑みながら返すことができる。


 と、ここで話の区切りがついたこのタイミングだった。机上に置いてある奈優のスマホが通知を受け取り振動したのだ。互いに口を閉じたタイミングだったこともありバイブ音はすぐに気づくこと。

 なにか、、、があるように素早くスマホに伸ばした奈優は通知内容を確認。そうして——、

「……」

 無言のまましょんぼりと桜色の瞳を細めれば、肉付きの薄い唇を結んでスマホを元の位置に戻した。当然この反応に南は引っかかる。


「な、なんか今の反応おかしくない? もしかしなくても誰かのメール待ち?」

「う、うん……。実は昨日、わたしを助けてくれた人がいて」

「ほお?」

「だからお礼をさせてくださいって連絡先を渡したんだけど、一向にメールがこなくて……」

「なるほどねえ。律儀ななゆなゆらしいよ。って、それ相手は女?」

 投げられる疑問に小さく頷く奈優は話しを続けた。

「ううん、その相手が……涼さんなの」

「あー! なるほど。ようやく納得いったよ。その人にお礼をするためにもコンパに参加したかったと」

 

 奈優と涼が知り合い。それでも連絡先を交換していないことから二人の友好関係を悟る南。だからこそ仲良くなりたかったわけでもあると。

 モヤモヤとしていた違和感を解消した南だったが、ここにきて別のクエスチョンが浮かぶことになる。


「んえ? ちょっと待ってよ。こんなに可愛いなゆなゆが連絡先を渡したってのにメール送ってないわけ? その涼って人は」

「か、可愛いのかどうかは抜きにするけど……うん。昨日の夜に渡してからだからもう半日以上は経ってるかな」

「いや、それホントに意味わかんないんだけど。涼って人は気付いてるの? FaVazファバズの表紙飾ってる相手から連絡先を渡されてたってことにさ。これ普通に考えてヤバいことだし」

「ど、どうだろう……。でも、知っていても不思議じゃないかな。わたしがとあるコンビニで助けてもらって、そのお店にFaVazの雑誌も売っていたから」

「もしだよ? もしなゆなゆが読モだって知ってて連絡を入れてないとすれば涼って人に嫌われてると思うよ」

「っっ!? そ、そんな……。ほ、ほら涼さんが忙しいとか。それに鈍感なところもあったりで……」

 返信ができない可能性を導き出そうとする奈優だが、それをバッサリと切る者が目の前にはいる。


「鈍感でも連絡することは忘れることないって。それに忙しくても朝の電車に乗る時とか昼休憩の時とか連絡する時間絶対あるし」

「……」

「そもそもコンビニの中でどういう風に助けられたわけ?」

「えっと、コピー機で写真プリントとUSBからの資料の印刷方法を教えてもらったの」

「ほお、確かにコピー機の操作方法難し……って、はぁ!? たったそんなことで連絡先を渡したの!? 普通そんなのってコンビニのドリンク一本渡すとかそのくらいのお礼だって! 連絡先を渡すとか正直重すぎるよ」

「重っ!?」


 南のこの言葉に冗談は含まれていない。本音をぶつけられてると察したからこそ動揺する奈優なのだ。——と、南がここまで強く言うのにもまた別の理由があったのだ。


「ねえ、なゆなゆ。ぶっちゃけまだウチに隠してることあるでしょ」

「っ」

 わかりやすく息を呑んだ奈優にニヤリと広角を上げた南。

「コピー機教えてもらった程度で連絡先を渡すなゆなゆじゃないのはウチが一番知ってるし。それにジュース一本的なお礼方法は常識に近いし。要はそれ以外にも、、、、、、なにかあるから連絡先渡したんでしょー?」

「ち、違う。そんなことない」

 桜色の瞳をキョロキョロ動かしながら下り坂や上り坂があるような酷いイントネーションを見せる奈優。図星であることは間違いないこと。


「なゆなゆはウソつくの下手くそなんだから誤魔化さなくていいって。そもそも読モって職種に就いてる時点で連絡先を簡単に渡したりしないでしょー。そこら辺はFaVazの事務所からいろいろ言われてるに決まってるし。トラブルが起きないためにもさ」

「……」

 南に完敗の奈優である。

 美人で大人しい性格の奈優だが、その分とても素直なのだ。嘘をつく下手さは折り紙つきである。

 そう、南の言う通り奈優はコンビニ以外でも涼のことを知っている、いや、涼の昔を知っている。大学進学というキッカケで地元に戻り、とある幼馴染、、、、、、から情報をもらい、顔を合わせたものの……十数年間会っていないと言う溝が距離感を掴ませないのだ。


 その一方で、涼が奈優に連絡をしないのはただ一つ。

 奈優についての心当たりはなにもなく、コピー機を教えた程度で連絡先を渡されたのが怪しいと思ったから。

 これを言うのは失礼だろうが、奈優が『大人に成長した』『女性らしくなった』『可愛くなりすぎた』が全ての原因とも言える。


 ——この世の中には美人局つつもたせという言葉が存在する。

 これは大金を脅し取るために男女が共謀して行う詐欺行為のこと。

 やり方を説明すれば女が狙いを定めた男性と密通し、それを言いがかりとして共謀の男がその獲物を脅すことで財産を巻き上げるのだ。

 これには証拠を掴むことも難しいため、もし引っかかってしまえば地獄でしかない。


 城賀灘大学に通っている涼はこの美人局という詐欺を仕掛けられていると脳裏によぎったからこそ奈優に連絡をすることはしなかったのだ。

 

 涼の中にあるもの。それは、『読者モデルが美人局をしているかもしれない』と言う衝撃の可能性。

 連絡先を渡してきた相手が過去にたくさん遊んだ幼馴染、約束を交わした相手だと知る由もなく……。

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