No,15
「私は女優では無くモデルとして再起を図った。新しい家族の協力を得て服のブランドも立ち上げ、自分で着て必死に宣伝して……売り上げが増えると同時に映画への話が舞い込むようになった。私はまたハリウッドに戻ったわ」
「頑張ったんですね」
「それなりに、ね」
優しい笑みを浮かべてクリスは微笑む。
「彼と関わるのなら必死に頑張る気概が必要よ。貴女にそれはあるの?」
「……分かりません。そんな気持ちで今を過ごしていなかったので」
「正直ね。その分だけは評価してあげる」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる亜子に、クリスはスッと近づいた。
「それで彼とはしたの? あの子って出来るの?」
「あはは~」
天使の笑みを浮かべて亜子は、バシャバシャと湯を掛けクリスの頭の天辺からずぶ濡れにした。
「プライベートなのでノーコメントで」
「うふふ。良い根性しているわね?」
スッと離れたクリスは両手で構える。迎え撃つ亜子も両手で構えた。
全力で湯をかけ合い両者とも頭の天辺から……以下略。
コンコン
「時間を考えろ」
曇りガラスの向こうから聞こえて来た声に2人は湯の中に体を沈める。
いくら見られていないとはいえ……シルエットでも恥ずかしくなったのだ。
しばらく沈黙し、2人はその視線を合わせた。
「怒られたじゃないの」
「クリスさんが悪いと思います」
「分かった。その喧嘩買うわ」
2人は同時に立ち上がりまた両手を構えた。
コンコン
「そろそろ怒るぞ?」
同時に2人は湯に沈んだ。
ガルルと呻きながら睨み合い……湯あたり寸前で温泉から這い出した。
『あら? あらあら?』
『銀幕のスターがはしたないぞ?』
『なら目を瞑ってなさい。どんな美女だってトイレに行くしオナラもするのよ』
『俺が悪かったよ』
両手を上げて降参し、柊人は黙って自分の料理に手を伸ばす。
急がないと姉の攻撃で自軍の領土を侵食されてしまうのだ。
『色々とあれだけど料理だけは上手なのね。シュウトに捨てられたら家政婦として雇っても良いかしれないわね』
『今のところ手放す予定はないよ。本当に助かっているからね』
『安い買い物をしたってことかしら?』
『その言い方、母さんに聞かれたら説教確実だぞ?』
『お母様は真面目過ぎるのよ』
ペラペラと英語で喋る2人に、亜子は黙して自分が作った純和風の朝食を摂る。
英語モードになられると本当に困る。ここまで学校で習う英語は役に立たない物なのだと知らしめられる。
『それで姉さん』
『ん?』
『いつまでこっちに?』
『ん~?』
壁掛け時計を見て彼女は自身のスマホを手にした。
『アフリカで遊び過ぎたから、そろそろ仕事の準備を始めないと』
『今は撮影前の休暇?』
『ええ。次は人気シリーズの3作目よ』
『プレミア試写会でこっちに来たら招待して』
『ok』
『それで何時まで?』
『20時までに羽田に戻らないと』
軽く肩を竦め、彼女は朝食を済ませる。
すると立ち上がり……亜子の肩を掴んだ。
「借りるわね」
「えっと……」
「付き合ってあげて。昼までしか居ないから」
「……分かりました」
引き摺られるように連れられて行く亜子に対し、柊人はただ黙って両手を合わせた。
「あれって?」「違うだろ?」「でも凄い美人だぞ?」と、周りのプール使用者たちが色めき立つ。
白いビキニ姿の美人が優雅にプールサイドを歩き、そして滑らかな動きで飛び込んだ。綺麗なフォームで25m泳ぎ、そしてターンを決めてまた泳ぐ。
軽く500m泳いでクリスはプールから出た。
「運動不足ね」
「あれだけ泳いでそれって……」
「アコは胸が邪魔で泳げないのかしら?」
「……何故かプールだと沈むんです」
「そう」
そんな面白い話を聞いたら試してみたくなる。
クリスは黙って黄色いビキニ姿の亜子を捕まえプールに投げ込んだ。
『うぎゃ~』と悲鳴を上げて暴れる亜子は、しばらくして立ち上がれば良いのだと気付きその顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「泳げるくらいにはなりなさい。彼の傍に居ると飛行機とか落ちるわよ?」
「ですね」
差し出された手を掴み、亜子は笑顔で相手をプールに引きずり込む。
水の底から這い出し立ち上がった2人は、両手で構えて水を掛け合い出した。
「良いんですか?」
「良いのよ。時間潰しだし」
小さなシアタールームを借りて古い洋画を見始める。
優雅に椅子に腰かける彼女の横に座り、亜子は何となくで画面を眺めていた。
「ねえアコ」
「はい?」
「シュウトの体には気を配ってね」
「はい」
とても静かなクリスの声音に亜子は膝の上で手をギュッと握っていた。
「まあ貴女がシュウトの財産目当てじゃ無いことは分かったから、しばらく一緒に居ることは許してあげるわ」
「ありがとうございます」
「だからって調子に乗らないこと。何かあったら地球の裏側からでも飛んで来て、貴女をアフリカのど真ん中に捨ててあげるから」
「気をつけます」
クスクスと笑い、クリスは亜子に向けてを差し出す。
「はい?」
「スマホよ。渡しなさい」
「はい」
急いで取り出し手渡すと、クリスはそれを操作して自分の個人番号を送信した。
「何かあったらここに連絡なさい。撮影して無ければ返事するから」
「……はい」
夫の次に得た連絡先は、世界的に有名な美人だった。
クリスは笑顔で別れを告げると、来た時と同じようにタクシーに乗り消えた。
彼女はそれから銀座に立ち寄り買い物をし、羽田に向かったことがSNSを追尾した柊人の手により判明した。
勝手に来日した姉は……こうしてアメリカへ戻った。
(C) 甲斐八雲
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