超高速・三河一向一揆(8)
空誓達と出会さないように北周りの迂回ルートに入った瀬名姫&侍女一行は、今後の動向を再確認する。
「京の親類を頼る選択肢は、本当に選ばないのですね?」
月乃の問いに、馬上の瀬名姫は首を横に振る。
「子供二人と暮らせる場所に残ります。焼き討ちの手柄で、待遇改善も期待できましょう」
焼き討ちを指示した人物とは思えない、涼しい美顔。
一向一揆が収まるまで、三河から京へ避難させようという家康の気遣い(厄介払い)を、瀬名姫は焼き捨てた。この状況でわざわざ一向宗の寺を焼くなど、まさに火に油を注ぐ行為。
これを家康が功績と認めるか悪質な妨害として怒るかは、月乃には判断不能。
瀬名姫に乗せられて「ひゃっほー! 悪徳坊主は消毒だあ〜〜!!」と焼き討ちに加担した更紗や陽花も、今は半蔵の反応を気にして気落ちしている。
「だから自分は反対したのです」
夏美が日没にお似合いの昏い顔で言い立てるが、瀬名姫は聞き流す。
「一揆の決着が、岡崎城の戦いで着いていたら、これは余計な破壊工作です。僧兵が戦で殺されるのは自己責任ですが、寺を焼くのは多くの反感を買います」
夏美の指摘に、更紗は心外そうに反論する。
「一棟しか焼かなかったぞ」
夏美が、化け物を見るような目で更紗を見返すが、更紗は主張を続ける。
「この下柘植更紗とオマケの音羽陽花が、敵陣に潜入したのに一棟だけしか焼かなかった」
そして更紗は、無表情ながらも聞き訳のない愚か者を見る目で、夏美に問う。
「慈悲深いとは思わんか?」
「お前、三河在住の門徒の家を全部回って、『更紗は放火する時は全焼狙いですが、今回だけは一棟で済ませました』って、自己弁護してみろや」
夏美と更紗が不毛なデスマッチを始めかけたので、陽花が止めに入る。
「人聞きが悪いですよ、あれは失火です。放火じゃないです。うっかり火が出てしまっただけです。焼き討ちに同意なんてしていません。水の代わりに、油をかけてしまっただけなんです。そういう事にしましょう」
陽花がマジに泣き入れているので、一行は事情を察する。
音羽陽花の家は、曾祖父の代から熱心な一向宗の門徒である。
「南無阿弥陀仏って唱えておけば、何でも許してもらえる教義じゃなかったかしら?」
瀬名姫が、うろ覚えの一向宗知識を持ち出して慰めようとする。
「家族に知られたら、火薬の調合を手伝ってもらえなくなる!」
信仰心とは、あまり関係がない苦悩だった。
「後方、来ています」
夏美が、街道後方からの集団駆け足を聞き取る。
「駆けます」
月乃は瀬名姫の馬を誘導しながら、駆け足に入る。
女忍者四人の走法は、後方の集団との距離を縮めさせない。
やがて陽がほとんど差さなくなり、後方集団の人数が松明で明らかになる。
松明の数だけで、二百は越している。
「逃げられますか?」
瀬名姫の問いに、月乃は即答する。
「可能です」
その返事に、残念そうな顔をした気がして、月乃は悪寒を覚えた。
背後の松明の群れが、大きく揺らいで、止まる。
諦めたのではなく、何者かに襲われている。
夜道に、「鬼が出たー!」「鬼っーーーー!!!!」「おかあちゃ〜〜ん」という叫びが聞こえた。
やがて、松明の群れは一斉に引き返し始める。
誰が助けに来たのか分かって、月乃たちは走法を通常の歩行に戻す。
「いいわねえ。あなた達の旦那は、すぐに助けに来るから」
瀬名姫のボヤきに、月乃達はニヤけ笑いを隠せなかった。
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