超高速・三河一向一揆(4)
弓で狙おうにも、大軍の中なので、外れると味方に当たる。それでも構わずに放つ矢も、忠勝は蜻蛉切で難なく振り払う。
「…鉄砲は?」
単騎で流血山河を作りながら接近してくる忠勝に、空誓は至極当然の打開策を推す。
「こういう時には、鉄砲だろ?! 鉄砲を持っている奴は、彼奴だけを狙え!」
空誓の命令は実行に移されなかった。
一向一揆勢の中で鉄砲を持っている者・総勢三十二名は、忠勝の突撃と同時に、潜入していた伊賀忍者に暗殺され、鉄砲を没収されていた。
空誓の目に、鼻毛が見える距離にまで、忠勝が近付く。その後ろに倒れている屍の数は、数える気にもなれない。
もう怖くて、誰も忠勝を攻撃しようとしない。
「正信っ!!」
年下の忠勝に呼び捨てにされて、正信はうんざりする。
「俺と勝負しろっ、正信っ!」
(私怨で此処まで来たな、この馬鹿野郎)
本当なら、家康の本隊と共に出撃のはずだ。
「お前だけは、俺の手で討つっ!」
武人として純情な忠勝にとって、正信の戦略は吐き気がする下策である。殴りたくなるのも、理解はできる。
「手向いはしない。勝手に殺せ」
正信は武器を構えず、忠勝の挑発を適当に流す。
忠勝が馬上から、思い切り正信を怒鳴りつける。
「武器を取らない奴を殺せるかっ、この腹黒野郎っ!」
忠勝がデビューしたての蜻蛉切を振り回すと、空誓が大将としての根性を見せる。
「この仏敵めが!」
友達の正信を助けようと、大きな鉄棒を振るって攻め掛かる。
忠勝は一振りで鉄棒を払おうとするが、逆に蜻蛉切を弾き返される。
本證寺十代・空誓、意外と怪力である。
「仏敵退散!」
勢いで攻撃に出る空誓に続いて順正が、鉄棒で馬に殴りかかる。僧兵を率いて武家に挑むだけあって、こちらも怪力自慢。
忠勝は、今日初めて足止めを食らった。
忠勝が怪力僧二人を相手に遊んでいる間に,渡辺守綱は岡崎城の門前に姿を晒す。
身内相手の戦いなので適当に観戦する気でいたが、蜻蛉切が後輩の手で華々しいデビューを飾ったのを見て、嫉妬で頭に血が上った。
来なくてもいいのに、城門まで進んで目立とうとする。
「悔しいか?」
門前で、服部半蔵が鬼面で揶揄う。
「敵として見ると、憎たらしいな、その鬼面」
守綱は馬から降りて、半蔵に槍を向ける。
「お家芸の鬼退治でも再開するかね?」
半蔵も、短槍二本を両手に握って相対する。家康から拝領した持ち槍を、三河武士の血で汚さない為の装備変更である。
岡崎城の内外で、トップクラスの武将同士の対決に盛り上がる。
米津「俺、半蔵に二百文」
内藤「半蔵に矢を五十本」
榊原亀丸「半蔵殿に、十文」
鳥居元忠「守綱に具足一組」
大久保忠世「半蔵に餅三つ」
酒井忠次「半蔵に米二俵」
「俺に賭けなかった奴、覚えていろよ!」
守綱が、城内に怒声を投げる。
服部半蔵の方から、仕掛けた。
左右違うタイミングで繰り出される短槍の旋風が、守綱を防戦一方に追い立てる、ように見えた。
「緩いぞ、半蔵」
周囲の目には全く見えない隙を突いて、守綱が半蔵の腰に蹴りを入れる。
ちょっとムカついた半蔵は、素早く動いて残像攻撃を仕掛ける。
傍目には半蔵の姿が四五人に分裂したかのように見えたが、守綱は引っ掛からずに同じ場所を蹴り飛ばす。
「だから緩いって」
かなりムカついた半蔵は、本気で機動する。
守綱の眼前から、半蔵の姿が消える。
守綱が大きく仰け反って身を躱す。
上空から襲い掛かった半蔵の刃が、守綱の右頬に傷を付ける。
顔からの出血に、守綱からクレームが入る。
「本気を出すなんて、酷いじゃないか」
「もっと手加減して欲しいのか?」
「いや、しなくていい」
守綱が、槍を本気で構える。
殺気が練り上げられ、一撃放必中で心臓を貫きそうなオーラを発しながら、半蔵に狙いをつける。
そのタイミングで、岡崎城の城門が開く。
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