第63話 歪曲  旅路 下

 


「僕はオラリオン国の弓の勇者です。

 僕達は魔物に蹂躙された世界を救う為に、魔物が潜んでいるという最果ての森を目指して旅をしています。

 貴方は、どういう方なのですか?」 

 弓の勇者は背筋を伸ばしながら、よく通る声で名乗りを上げた。

 大きな蛇のような金色の瞳は、目の前の弓を持つ男の全てを見透かすように眺め回した。


「ふむ」

 凛々しくも低く太い声を出した。大地を揺るがすような声だった。


「我はドラゴン

 偉大なる力によって、この地に遣わされた。

 弓の勇者よ、我はお前達の力となろう。」


 3人の勇者は目を丸くしながらお互いの顔を見た。

 ドラゴンとは邪悪な存在とされていた。

 それなのに、どうして偉大なる力によって空から遣わされた生き物が邪悪なドラゴンの姿をしているのかと訝しんだ。


「あなたは魔物ではないということですね?

 僕達の仲間になり、世界を救う為に力を貸してくれるということなんですね。

 その言葉は大変嬉しく思います。力強い味方ができたのは喜ばしいですが…ただ…」

 弓の勇者は言葉を濁した。

 彼が伝え聞いていたドラゴンとは恐ろしい炎によって村や町を焼き尽くす邪悪な存在だった。騎士がドラゴンと勇敢に戦って打ち倒すという空想上の話を、幼い頃から何度も胸を躍らせながら聞いていた。

 弓の勇者は自分とは身分のちがう騎士の顔をもう一度見た。


 金色の瞳は澄んでいて美しく、彼の体からは邪悪さは感じられなかった。

 しかし突然現れた漆黒のドラゴンを簡単に信じていいものなのかと不安になったのだった。魔王によって遣わされた可能性もゼロではないとでも言いたげな表情だった。


 2人の騎士は自らの武器を握り締めながら、目の前の巨大な生き物を見つめていた。彼等の目には疑いの色が浮かんでいた。

 しばらくの間黙り込み、難しい顔をしていたのだが、先に口を開いたのは槍の勇者だった。


「自分も嬉しく思いますが、突然何処からともなく現れた貴方の言葉を何の保証もなく信用することはできません。

 貴方が本当に魔物ではないこと、それに自分達を襲わないことの証明ができるのですか?

 それができないのであれば、一緒に旅をする事はできません。」 

 槍の勇者の槍の穂先がキラリと光った。

 ドラゴンはチラリと槍を見たが、少しも恐れの色は見せずに、先程よりも堂々とした口調で言った。


「証明はできない。

 だが、我は誓おう。

 お前達を傷つけたりはしない。お前達の力になろう。」

 と、ドラゴンは言った。

 武器を見せられても、ドラゴンの声からは邪悪な敵意は感じられなかった。

 弓の勇者がドラゴンの体を眺め回すと、恐ろしい牙と鋭利な爪は勇者を必要以上に怖がらせないようにと、彼等の目に触れないように隠されていた。


「誓うとは、一体何に誓うのですか?」

 槍の勇者は厳しい声で言った。


「月に誓おう。

 この世界の全てを見、照らす月に誓うのだ。

 我の行動の全てを見ている神の目のような月に誓うのだ。

 そして闇夜を照らす光のように、お前達が暗闇を彷徨い恐ろしい影にのまれようとする時にも我は常に味方となり、その先の進むべき道を照らそう。

 全てを賭して、お前達を助けよう。」


 勇者達の目にはドラゴンの姿がより一層大きくなったかのように映った。自分達の存在の小ささを実感した。

 目の前のドラゴンの方が遥かに尊い存在で、その金色の瞳が暗くなり始めた夜空に瞬く星のように見えた。彼等が進むべき道を見失った時に、何らかの糸口を教えてくれる重要な役割をしてくれるようにも思えた。


「しばらく…ドラゴンの言葉を信じてみませんか?

 僕には邪悪な生き物のようには見えません。

 僕達を殺すつもりなら、上空から降りてくる時に攻撃していると思います。

 恐ろしい存在なら、こんな風に話もできなかったでしょう。

 僕は…この方の言葉を信じてみたいです。」

 と、弓の勇者は言った。


 けれど2人の騎士は、空想上で語り継がれている邪悪な存在と勇者が共に旅をしてもいいのだろうかと決めかねて黙り続けた。



「私も、弓の勇者の言葉に賛成です。

 信用できる者なのかどうか、彼の言動を慎重に見ながら決断してもいいのではないのでしょうか?

 深く語り合わないうちに、この者の性質を決めてしまうものでありません。

 身の安全は私が保証します。

 私の魔法はドラゴンの炎ですら凌駕します。

 どうか、ご安心を。

 私を信じて、彼を仲間に加えてください。」

 と、ユリウスが強い口調で言った。




 こうして旅の仲間にドラゴンも加わり、彼等は共に旅をすることになった。

 数日過ごすうちに、勇者達のドラゴンを見る目が変わり始めた。彼を信用してもいいかもしれないと思うようになった。獰猛な素振りを見せることもなく、向かってくる魔物を傷つけようともしなかった。

 次第に勇者達はドラゴンと親しげに言葉を交わすようになった。


「ユリウス様、頼もしい仲間ができて良かったです。

 あの時、俺は心の中では反対だったんです。

 ドラゴンとは邪悪な存在であり、討伐しなければならないと思っていましたから。相手をよく知らないうちに、空想上の話だけでドラゴンを悪だと決めつけて傷つけるところでした。

 ところでドラゴンの体躯はユリウス様の瞳と同じように漆黒で、とても美しいですね。

 漆黒の色は他の何色にも染まらないという強い信念に満ちているからでしょうか?」

 と、剣の勇者は言った。


 ユリウスは小さく笑った。


「いえ、同じではありませんよ。

 全くちがいます。」

 ユリウスは穏やかな微笑みを、剣の勇者に向けた。



 *



 ある日、ユリウスは木の幹に1人で寄りかかりながら物思いに耽っている弓の勇者に声をかけた。

 弓の勇者は武器にはめこまれた血水晶を食い入るように見つめていたのだが、急に現実に引き戻されて、ハッとしながら顔を上げた。


「弓の勇者よ、貴方はドラゴンに危害を加えてはならないと剣の勇者に声をかけましたよね。

 どうして人語を話している魔物を襲うなとは言わないのですか?どうして彼等の言葉には耳を傾けようとはしないのですか?」

 と、ユリウスは弓の勇者に尋ねた。


「あの時何故そう言ったのか、僕にもよく分からないんです。

 ただ空から舞い降りてきたドラゴンのあまりの美しい姿に、恐れをなしたというのもあります。

 一目見て、黄金の瞳に刃を向けてはならないと思ったのです。

 魔物については、人々を襲い喰らっていますので仕方がありません。人語を話したとしても嘘偽りかもしれませんし。

 それに僕は、ただの村の男です。

 剣の勇者と槍の勇者は騎士です。

 2人が…魔物は殺さないといけないと言っていますから…僕にはそれを否定することなど…」

 弓の勇者は目を逸らしながら言った。

 ユリウスは勇者の隣に座り込み、透き通った声で話し出した。



「貴方は弓の勇者です。

 オラリオン国の代表として選ばれました。

 彼等は貴方を勇者として友として見ています。ただの村の青年とは見ていない。

 貴方はオラリオン国の代表として、自分の意見を対等な立場である他国の勇者…いえ、友に述べる権利があります。

 恐れることはありません。

 恐れによって、大切な時を逃してはなりません。」

 ユリウスは最後の言葉を力を込めて言い、弓の勇者の心に燻っている情熱を燃やそうとした。


「たしかに…僕を友と思ってくれているのは分かりますし、信頼もしています。 

 でも、やはり僕とは身分が違いますから…。

 旅に出て、オラリオンの混乱状態から離れて冷静になるにつれて、何かが変だなと感じる時もありますが…何かが警鐘を鳴らしているのですが…その正体が分からないのです」

 と、弓の勇者は小さな声で言った。

 その表情には躊躇いと目にはみえない影に対する恐れが表れていた。


「大丈夫です。

 思い悩む必要はないですよ。友に身分の差などありません。

 少しでも疑問を感じているのであれば、友と話をしてみてはどうでしょうか?友と疑問について語り合うだけです。それで貴方の探している答えが見つかるかもしれません。

 ここには、友と私とドラゴンしかいません。誰も貴方の意見を頭から否定する者はいない。

 それに、2人も同じように考えているかもしれません。

 けれど彼等は騎士でもあるから言い出せないのかもしれません。貴方の言葉を待っているのかもしれませんよ。

 勇気をもってみたらどうでしょうか?

 1人で話をするのが不安だと言うのであれば、私も力になります。

 望みを持ち真実の光をもたらすのならば、私は英雄となる貴方にお仕えします。」

 ユリウスは力強い瞳で彼を見据えて、大きくしなやかな手で勇者の手を取り握りしめた。


 その瞬間、弓の勇者は幻を見た。

 目の前の魔法使いの秘められた力を見たのだ。

 魔法使いの力が、3つの国の騎士団全ての力を遥かに上回っていた。

 自らの持つ弓は、真実の光で輝いていた。

 偽の騎士がもつ弓の弦ははずれ、剣は刃こぼれし、槍は折れ曲がった。

 たった一つの選択をしなければならないと思わせた。

 見たこともないような神々しい暁の光がさし、厳かな鐘の音が鳴り響き、人間の世界を人間が変える。

 恐ろしく絶大な力が世界を変えるのではなく、英雄が人間を救う。

 光のような弓を手にして、暗く沈んだ地を馬で駆けながら、目の前の魔王の居城に矢を放つのだ。その居城は、彼の知っている城だった。誰が座しているのかを、灰色のモヤにかかりながらも彼は見てしまった。

 けれど、彼の背後には力強い味方がいた。

 ようやく目を覚まし輝く鎧で身を固めた数多の騎士を従えながら、さらに両隣には剣の勇者と槍の勇者も同じく英雄の武器を掲げながら馬で駆けていた。

 世界を覆い尽くそうとしていた魔王は、3人の英雄によって討伐された。

 その場に立つ彼等の姿は堂々としていて、国民の顔からは笑顔が溢れ、喜びと幸せに満ち溢れていた。

 全ての国民が待ち望んでいた光を自らがもたらし、この世界を本来の姿にかえる。何もかもが正しき姿となり、不当に虐げられる者もいなくなり、誰もが自由に幸せの上を歩んでいく。



 けれど、同時に彼の中で、これほどの責任が果たせるのだろうかという不安が生じた。村の一青年に過ぎない自分が、騎士団を従え、大いなる権力を覆そうとするなど出来るはずがない。期待されたものを、あまりにも大きく感じたのだ。

 彼の心は途端に揺らぎだし、あまりの責任の重さに打ちのめされて、眩暈がした。

 実のところ、英雄に憧れたにすぎず、彼には勇者となる覚悟が出来ていなかった。

 向かってくる魔物をただ殺すだけなら、これ以上簡単な事はない。何も考えず、ただ殺すだけならば。

 彼には生命を背負う覚悟ができていなかった。

 オラリオンの王の恐ろしい企みによって選ばれた村の青年だったのだ。


 自分が見たのは旅の疲れが見せた幻であり、自分を騙し、勇者になった驕りによる愚かなまやかしだと思いながら、それから逃れようとして頭を振った。

 本来の勇者としての役割に怯えてしまったかのように、光の魔法使いの手を思わず振り払ってしまった。




「あっ…すみません。

 その…でも…僕には…」


 魔法使いは弓の勇者の暗く沈んだ顔を見ると、少し悲しい顔をしながら微笑んだ。


「まだ時間があります。今すぐにとは言いません。

 最果ての森に着くまでには、時間があります。 

 弓の勇者よ、どうかお聞きください。

 勇者となる覚悟をして下さい。最終的にこの道に進む決断をしたのは自分自身です。

 その責任の全てが己にある。

 勇者は卓絶した勇気を持たねばなりません。

 英雄となるのであれば、揺るがぬ信念を持たねばなりません。

 苦難を知り、全てを乗り越え、言葉ではなく行動で示す。

 その為には疑問を抱きながら弓を引いてはなりません。矢は貴方自身であり、尊い生命を奪います。

 貴方の矢が世界を変える。

 射るべき相手を間違うことなく歩んでください。」


 弓の勇者はユリウスの言葉に黙って頷いたのだった。




 *



「ユリウス様は何かを恐れる事があるのですか?

 どのような事が起こっても、驚いたり動揺されている姿を見た事がありません。沢山の恐ろしい魔物に遭遇しましたが、いつも冷静でした。」

 剣の勇者は水を汲みながら、不意に呟いた。

 透き通る川の美しい水面に映し出された自分の隣にいる男とも思えない美しい魔法使いが、一体何を考えているのかを、知りたくなったのだった。



「いえ、恐ろしい魔物かどうかはまだ分かりません。

 彼等も話ができるようですが、私達はまだ話すらもしていません。伝説上では恐れられているドラゴンでさえも話をしてみると、邪悪な者ではないと分かりました。

 先日、貴方も私にそう言いました。

 剣の勇者よ、魔物も同じです。

 魔物の言葉に耳を傾けないうちに、剣を振りかざしてはなりません。彼等もドラゴンと変わらないのかもしれません。」

 と、ユリウスは厳しい声で言った。


「でも、魔物は殺せとの王命が下されています。

 ドラゴンは魔物ではなく、空から遣わされたのです。

 騎士にとって、王命は絶対です。

 魔物は殺さなければなりません。

 騎士は主君に対し、全てにおいて服従する義務があります。

 たとえ何か主張があるとしても、騎士は偽りには警戒せねばなりません。人間を殺していながら、一体どのような主張があるというのですか?」


「自らの主張が聞き届けられないからではないのですか?永遠に話すら聞いてもらえずに耐えろというのですか?耐えた先に救いはあるのですか?

 その考えは少々傲慢ではないかと思います。

 それに偽りとは、一体何でしょう?

 都合の悪い事を、偽りとしてはなりませんよ。

 本当に警戒せねばならないのは一体何であるのか、よく考えてみなければなりません。都合の悪い事を知られないように、相手の口をふさごうとしている場合もあります。

 王命が絶対ではありません。大切な事を忘れています。」

 ユリウスがそう言うと、川を流れる水の勢いが少し激しくなった。


「俺は何も忘れてはいません。

 騎士としてやらねばならないことぐらい、ちゃんと分かっています。」


「貴方は、今は、勇者です。

 剣の勇者よ、勇者として一つお聞きします。

 寒空の下、冷たい風が吹き、破れた服を着た少年が震えていたとします。少年はお腹をすかせていますが、助ける者がおりません。

 なぜなら少年の両親は罪を犯し、断罪されてしまったからです。

 王は両親が罪人であれば、子供も同じく罪人だと言いました。

 ただし、貴方は剣とともに寒さをしのげるマントもお持ちです。少年をあたためるのには十分なマントです。

 貴方は、どうされますか?」

 と、ユリウスは言った。


「そう…ですね…少年は可哀想だとは思います。

 けれど…親が罪を犯したというのであれば…その子も…王命に従います。」


「今の光景を、しっかりと、思い描いてください。

 貴方の腰ほどの背丈しかない子供です。その子は何の罪も犯していません。

 別の道は歩めないのですか?」


「王命があります。他の騎士もそれに従うでしょう。

 ならば勇者である騎士が、王命に背くことはできません。」


「私が勇者ならば」

 ユリウスは夕闇が迫り始めた空を見上げた。


「寒さで震える少年にマントをかけ、少年が国を守れるように騎士となる剣を教えたでしょう。

 それでこそ、新たな道を歩める。

 少年の目には、騎士が光のように見えたかもしれない。

 闇に暮れようとする絶望を打ち破る、一条の光です。

 この世界に望みを抱かせてくれる男の姿です。

 自分もそうなりたいと思うでしょう。

 その剣で少年を貫くのではなく、少年に騎士の剣を持たせるのです。

 それが勇者であり、少年の英雄になる男の決断ではないかと思います。皆を率いる男の剣です。

 第1軍団騎士団隊長であるからこそ、王と話ができる立場の者だと思っていました。」


「えぇ…俺も普通の少年ならそうしたでしょう。

 けれど、その子は信用できません。」


「普通?その表現は間違っていると思いますよ。

 少年は、少年です。

 親が愚かであれば、子も愚かということなのですか?

 子供には、心がないと?親と、全く同じなのですか?

 人間とは変わらぬ生き物であるということでしょうか?」


「国に刃を向ける事になるかもしれません。  

 親が親なのです。

 俺には、そんな小さな可能性は信じられません。

 少年の英雄になるよりも、国の英雄でなければなりませんから。

 犠牲になる生命は、いくらでもあります。」


「震える少年を貴方の側にはおかずに、騎士の剣を少年に振り下ろしますか。多くの者達の為ならば、小さな生命が犠牲になったとしても、すぐに忘れ去られますからね。

 ただ私が思うに、1人の少年の未来を救えぬ男に、国が救えるのでしょうか?

 弱き者を打ち砕き、強き者を救うのが英雄であるのならば、その英雄が救う国はすぐに崩壊します。

 英雄という名にすがりついているだけで、偽りしかないからです。」


「ユリウス様!

 俺はただの騎士です!」

 剣の勇者は体を震わせながら拳を握りしめた。


「そうです、貴方は騎士です。

 騎士の中でも第1軍団騎士団隊長であり、ゲベート国の勇者であり、英雄となって帰還するかもしれない男だ。

 国王と直接話ができ、国民も英雄となって帰還する貴方の言葉になら耳を傾ける。

 その力があります。

 ただの兵士や騎士とは違います。

 王の命令を盲目に信じてはいけません。

 忠言するのも、騎士の隊長の務めです。

 それに、騎士の戒律とは正しくはこうです。

 騎士は主君に対し、その命令が正しくあり、神の願いと弱き者を害するものでない限り、全てにおいて服従する義務を有する。

 大切な文言が欠如しています。

 何故貴方は故意にその文言を言わなかったのですか?私が知らないとでも思ったのですか?

 貴方は、もうとっくに気付いているはずです。

 だから私の事を知りたいと思った。私がどうして貴方達を国王のもとから引き離したのかを知りたいと思った。

 権力に流されてなりません。

 貴方は高潔な騎士です。

 国王の旗のもとではなく、貴方の旗のもとに騎士達は集うでしょう。

 行動を起こせば、今までの事も神は許してくださいます。恐れることはありません。私が神に祈りましょう。

 もう一度聞きますが、その王命は本当に正しいと思いますか?弱き者を刺し貫き、強き者を守るのが、勇者なのですか?」 

 ユリウスは漆黒の瞳で剣の勇者を見つめた。

 その瞳は不思議な威力があり、男の本心を曝け出させた。


「ユリウス様が仰りたいことは分かります。

 でも、俺にだって立場があるんです…。

 1人の少年のことなど…知りません。

 1人が犠牲になって皆んなが安心して暮らせるのなら、それでいいじゃないですか…なにがダメなんですか…愚か者の子供なんですから…その子だって性根は同じでしょう…仕方がないじゃないですか。

 ゲベート国の者ならば、皆んなそうするでしょう。

 誰だって我が身が可愛いのです。たとえ騎士であったとしても。

 それに俺は王女と…婚約しています…。

 全てを失ってしまうかもしれないのに…誰かを守るだなんて…誰だって俺の立場であるのならば同じ決断をするでしょう。

 ありもしない話を、こんなに真剣に語り合うのはやめましょう。これ以上は、もう…やめてください。」

 剣の勇者はユリウスの瞳に耐えきれなくなった。

 これ以上彼の言葉を聞くのを恐れて、流れいく水のようにその場から走り去っていった。



 *



 夕闇が迫る頃、一行は陸橋が現れる海岸へと向かった。


 ユリウスがソニオの王に手紙を送っていたので、その日は騎士達は海岸にはいなかった。内心では騎士ですら最果ての森を見渡せる恐ろしい海岸から離れられるのを喜び、陰気な空気が漂う場所から嬉しそうに離れていったのだった。


 既に陸橋は現れていて、その美しさに勇者達は息を呑んだ。

 彼等が聞いていたのとは違って、海面は穏やかで何の危険もないように思えた。さらに橋は既に多くの者達が歩いたような足跡が幾つもあった。


「僕は危険な橋だと聞いていました。

 信じられません。

 このように美しい橋は見たことがありません。まるで神の作った橋のようです。

 はじめて…ユリウス様を見た時の気持ちを思い出しました。

 ドラゴンは飛んでいくのですか?」

 弓の勇者は隣で陸橋を見ているドラゴンに聞いた。


「いや、飛んではいけぬ。

 最果ての森に行くのであれば、陸橋を歩いて行かねばならぬ。この海域には守主がすんでいる。守主が選んだ者しか、最果ての森に足を踏み入れることは許されない。

 その先にある力は、我等の力を遥かに超える。

 お前達も、注意して渡らねばならぬぞ。」

 ドラゴンは勇者達を見ながら言った。


 彼等は陸橋をゆっくりと歩き始めた。

 水面は穏やかであったが陸橋を渡ろうとする人間の気配を感じとると、そう遠くまで行かないうちに海が底無しの穴を開こうと小さな渦を巻き出した。


 月が雲に隠れた。

 海面が大きく揺れて、恐ろしい巨体が海の底から姿を現した。

 3人の勇者は咄嗟に自らの武器を握りしめた。

 戦場で恐ろしい敵と相対した時のような恐怖を感じ、身をすくめた。彼等を脅かそうとする恐ろしい存在は、すぐに真っ赤な一つ目でジロリと勇者とドラゴンを睨みつけた。


「ならぬ!

 武器を向けてはならぬぞ!不遜な言葉も吐いてはならぬ!

 陸橋の守主を攻撃してはならぬ!」

 ドラゴンは叫び声を上げた。


 3人の勇者はドラゴンの言葉を聞くと、慌ててそれぞれの武器を下ろした。

 ユリウスは何も言わずに、その様子を後ろから見ていた。

 ドラゴンは巨体が音を発して赤黒い舌を出す前に、ユリウスの方を振り返った。


「ユリウス様!我等をお救いください!」

 ドラゴンは大きな声で、ユリウスの名を呼んだ。


 すると全てを喰らう大口を開けようとしていた巨体の動きが、ピタリと止まった。


「私にお任せ下さい。」

 ユリウスは穏やかな微笑みを浮かべた。


 素早く詠唱すると、彼の右手の中に白く輝く光が現れた。

 月が隠れた漆黒の夜空に向かって右手をかざすと、たちまち辺り一面を照らす光を放った。

 その光で、マントで隠されていた魔法使いの顔が照らされた。

 それはまるで真っ暗な闇の中でも、全てを導く事ができる唯一の希望の光のようであった。

 光はだんだんと明るさを増し、まるで彼の手の中に、隠された月があるかのようだった。

 勇者は全ての光がユリウスから生み出されるという幻を見た。

 どうして3つの国の王が、ユリウスという魔法使いに心酔しているのか、この時になって、ようやく分かったのだった。


 魔法使いが勇者に隠してきた、神々しい光

 目も眩むような全てを圧倒する力

 何者も彼の足元にすら及ばず、彼の前にひれ伏さねばならない

 手の中の光は月そのものであり、その男の魔法使いは空すらも統べている


 勇者達は、彼の力を前にして言葉を失っていた。



 一方、巨体は海の底へと音も立てずに沈んでいった。

 ユリウスが自らの力を押さえ込む紫のマントによって彼の全てを消していたとはいえ、自らを生み出した絶対的な存在に対して牙を向こうとしたことを恥じ入り、彼の力を恐れて海の中でガタガタと震えていた。

 巨体が震える動きで、海面に小波が立った。


 ユリウスが先頭に立って歩き、彼の光に導かれながら勇者とドラゴンは陸橋を渡り終えた。


「先程の恐ろしい姿をした怪物は何だったのでしょうか?」

 と、弓の勇者は聞いた。


「ドラゴンが言っていたように、この陸橋の守主なのでしよう。」

 と、ユリウスは言った。


「ユリウス様のおかげで、僕達の生命は助かったのですね…ありがとうございます。」

 3人の勇者は深々と頭を下げた。


「いえ、私は何もしていません。

 光は闇に勝ち、真の光は希望を与えます。

 ただ、それだけです。」

 ユリウスは穏やかに微笑んだ。



 *



 朝になると、ユリウスが踏み込んだ最果ての森は陽の光が燦々と降り注ぎ、鳥達が彼等を歓迎するかのように歌い出した。

 緑豊かで美しい花々を勇者達は珍しそうに眺めながら、ユリウスの後ろを歩き続けた。

 時折、魔物の鳴き声がしたが、今までとは違い勇者達の前に現れようともしなかった。


 それに気づいた槍の勇者がこう言った。


「魔物の鳴き声が遠くから聞こえます。

 けれど今までとは違い襲ってこないのは、ユリウス様が今も手の平に出されている光のせいでしょうか?

 やはり闇の生き物は、光を恐れるのですね。

 近くにはいませんが、いつ聞いても恐ろしい鳴き声です。3つの国の大陸にいた時よりも数が多いです。

 恐ろしい魔物が最果ての森で生まれ、力をつけていたとは思いませんでした。

 陸橋の守主も恐ろしい音を発していました。あの時の守主の目は激しい憎悪に満ちていました。

 彼等の力の源は、憎悪なのかもしれません。

 憎しみと怒りの感情しか知らず、人を喰らう事だけを目的にしながら生きてきたのかもしれませんね。」


 ユリウスはそう言った槍の勇者の顔をチラリと見た。


「光のせいなのかは、私には分かりません。

 それよりも槍の勇者よ、私もお聞きします。

 神がつくられたこの世界には、人間と動物と魔法使いしかいませんでした。

 それなのに彼等は、どうやって生まれたのでしょうか?

 力の源が憎悪であるというのならば、憎しみと怒りの感情を誰が抱かせたのでしょうか?

 私には魔物が恐ろしい何らかの行為に抗う為に力を得て、永遠に続く苦しみをなんとかしようと訴えているように思います。

 耳を傾けていたら、そのうち彼等が言うとしている事が分かるかもしれません。

 人間を憎悪する理由が何なのかを教えてくれるでしょう。」

 と、ユリウスは言った。


「ダメですよ!

 魔物ですよ、魔物。

 ユリウス様はお優しいので騙されてはなりませんよ!

 自分には奴等が考えていることは、とっくに分かっています。何処からともなく現れた恐ろしい魔物が口から出まかせを言って、油断させようとしているとしか思えません。人間の世界を乗っ取るつもりなんですよ。

 そもそも魔物が人間の言葉を喋るなど…考えられません。

 魔王の力なのかもしれません。

 耳を貸してはなりませんよ。

 一方的に人間に憎しみを抱いて、牙を剥きながら襲ってきたのですから。

 だからこそ、自分達はこうやって討伐に出てるのです。罪もない国民を殺した報いを受けさせなければなりません。」

 と、槍の勇者は言った。


 ユリウスはそう言った槍の勇者の横顔を冷たい目で見た。


「一方的に…ですか。

 それは間違っていると思います。

 憎しみとは、ふと湧いてくる感情ではない。

 貴方だって、そうでしょう?

 隣で歩いているだけの誰かを不意に憎んだ事がありますか?

 何か耐え難い事でもされないと、相手を殺したいと思うほどの憎しみの感情を抱くものではない。

 私には、全て理由があるようにしか思えないのです。

 私達が許せない事をされて相手を憎む事があるように、彼等も憎しみを抱くほどの事をされているのでしょう。

 そうすると彼等も何か伝えたいことがあり力を得たのです。力がなければ力を持った者と対等に話す事ができませんから。

 私はそう思います。

 けれど、それすらも許されずに虐げられ続けなければならないというのであれば、どこにも救いがありません。」

 と、ユリウスは言った。


「ユリウス様、一体どうされたのですか?

 まるで魔物の側に立っているかのような言葉です。」

 槍の勇者は厳しい顔をしているユリウスを見ながら言った。


「私は誰の側にも立ってはいません。

 立つ事が許されない。

 もし私が誰かの側に立つ事ができれば、私もこれほどまでに苦悩することはありませんでした。

 私はただ生命の尊さを知っているだけです。

 私は常に神の意志に従うだけです。」

 と、ユリウスは言った。



「ユリウス様は、たまに難しい事をおっしゃいます。

 自分は勇者として、魔物から世界を守るようにという王命を受けています。それを、批判されているように聞こえてなりません。」


「守るですか…。 

 その言葉は何を意味しているのでしょうか。何の世界を守りたいのか…。

 私は貴方が王の命令に従うだけの騎士ではなく、考える事ができる勇者だと思っていました。」

 ユリウスは小さな声で呟いたが、その声は木々の葉の音でかき消された。



 空が灰色に澱み始めると、ユリウスは空を見上げながら手の平の光を大きくした。すると魔物の鳴き声は聞こえなくなり、鳥の鳴き声と木々の葉の音がするだけになった。

 見上げた空には、雲がどんどん走っていった。

 分厚い雲が太陽を隠した。

 冷たい風が吹くと、勇者達は体を震わせた。



「どうかされましたか?ユリウス様」

 空を見上げているユリウスに弓の勇者は聞いた。


 ユリウスは物憂げな表情で、弓の勇者を見た。


「悲しい顔をされています。

 この森を歩くたびに、ユリウス様の瞳がますます陰りを帯びている気がしてなりません。」

 と、弓の勇者は言った。


「いえ…そのようなことはありません。

 もし…そうであるとするのならば…私はそこに光があると思っていました。けれど、見上げた空のように雲に覆われた光は、地上を照らすことはないのかもしれません

 逃れられない運命です。

 全ては鎖に絡まれた運命だったのかもしれません。

 長き時間をかけ、別の道を見つけようとしても、辿り着く場所は既に決まっている。どれも上手くはいきません。

 1日1日が虚しく過ぎていこうとしている。」

 と、ユリウスは言った。


「鎖?何の話ですか?」

 弓の勇者はそう聞いたが、ユリウスはただ穏やかに微笑んだだけであった。


 それ以降、ユリウスは物思いに耽り出し、勇者と喋らなくなった。

 一行は黙々と歩き続けた。

 どこを目指すかも分からない道のりだったが、勇者達は光をかざすユリウスを信じて何も疑うことはなかった。



 *



 それから数日が経ち、最果ての森に着いてから、はじめて霧が立ち込めた。立ち込める霧はいよいよ濃くなり、進むべき道を勇者達はついに見失って立ち止まった。

 ユリウスは後ろを振り返ることなく歩いていたのだが、急にその時がきたかのように彼も立ち止まった。


「霧が濃くなってきました。この先の道を見てきます。

 皆様は、どうかこちらでお待ちください。

 決してここから動いてはなりません。これは私との約束です。」

 ユリウスはそう言うと、森の奥深くへと消えて行った。


 夜も更けた頃にユリウスは戻り、勇者を見ながら言った。


「この先にダンジョンを作りました。

 霧により、ダンジョンが魔物の好む香りで満ちています。

 あと、2日もすれば、この森に潜んでいる全ての魔物がダンジョンの中に入るでしょう。

 ダンジョンの中で魔王を見つけ出さねばなりませんから、私と話をしながら待ちましょう。」

 ユリウスは仄暗く不気味な月の光に照らされながら、地面に座る勇者を見下ろした。





 その夜は、重苦しい空気が漂っていた。  

 真夜中になっても霧が最果ての森中を覆い尽くし、勇者の未来を暗示しているかのようたった。


 崩れた石のゴロゴロとした足場の悪い崖で、その男は立っていた。草も花も咲かず、鳥も寄り付かず、何者も寄り付かない場所だった。今にも崩れてしまいそうな切り立った崖の下は、夜の海が怒り狂ったように波を打ちつけていた。

 その男は夜風に吹かれながら、悲しい歌を歌っていた。


「ユリウス」

 夜の闇に紛れながら、ゆっくりと姿を現したのはドラゴンだった。


 彼等のいる場所の霧だけが消え、輝く星々の下では真っ暗な沈黙が流れた。



「私に話でもあるのか?」

 と、ユリウスは問うた。


「何故、ここにダンジョンを作った?」

 と、ドラゴンは言った。


「ドラゴン、それは愚かな問いであるぞ。

 分からぬか?ここは、最果ての森である。」


 ドラゴンはユリウスをジッと見た。


「では、答えてやろう。

 私達には役割がある。特別な役割があるからこそ、特別な力を賜った。

 私は人間を滅ぼさねばならない。

 だが、私は魔法使いでもある。

 そこに一つの魂への祈りがある。

 人間が神の願った美しいものであれば、私は滅びの時を延ばさなければならない。

 この2つをはかりにかけなければならない。

 私が滅びを選び、闇へと導く魔法陣を描けば、天上の怒りが3つの国の大陸に降り注ぐ。全てを焼き払い、全てを灰にかえる。

 今度の炎は、前回以上となるであろう。

 聖なる泉を破壊せねばならないのだから。

 神の涙を地上から消し去らねばならない。

 何らかの影響はこの最果ての森にも及ぶかもしれぬ。だからこそ、ダンジョンの中に人間以外の生き物を避難させる。

 彼等は救わねばならない生命なのだから。

 前回と同様に人間以外の全ての生き物を移動させ、人間だけを3つの国の大陸に残して、私の軍を率いて殺し燃やし尽くす。

 ドラゴン…悲しいものよな。

 この旅路で、私は勇者と話し合った。

 彼等が見てきたものを。だが、彼等の目は閉じられたまま開こうともしない。

 心の奥底では既に気付きながらもな。

 最後の問いを投げなければならない。」

 と、ユリウスは言った。


「何を考えている?」

 と、ドラゴンは言った。


 ユリウスは穏やかに微笑んだ。


「ドラゴン、お前は魔王とは何だと思うか?

 答えてみよ。」

 と、ユリウスは静かに言った。


「魔王とは、人間に害を与える存在の頂点に立つ者だ。」


「では、ここであらためて問わねばならない。

 人間に害を与えているのは、一体誰なのかという問いだ。

 人間に害を与える存在が魔王というのであれば、その根本を作り出した存在こそが、私は真の魔王ではないかと思う。

 彼等が、真の勇者になりえるのであれば、真の魔王の名を自ら叫ばねばならない。

 真の魔王に対して、剣を抜かねばならない。

 それこそが、勇者だ。

 魔法使いである私は光の道に進むのであれば力をかそう。剣に力を与えよう。必ず魔王を討ち滅ぼせるほどの力を与える。

 しかし、遠ざかっているとは…なんと悲しい事よな。

 勇者が目を開かねば、人間の世界に光はない。」

 と、ユリウスは言った。


「どうする気だ…ユリウス。我は…」


「ドラゴン、お前は間違っている。

 私がどうするのかではない、勇者がどうするのかだ。 

 歩みを止めたくないのであれば、人間の世界を変えるのは、人間でなければならない。絶大な力は全てを飲み込む。

 私は導きし者

 勇者が選んだ道に、人間を導く。

 破滅にも、その逆にも。

 私には私の役割がある。私はそれに従わねばならない。

 この世界は人間の為だけにあるのではない。

 それすらも分からぬとは…なんと…愚かなものよな。」


「ユリウス…全てを話せば、彼等ならば目を覚まそう。

 真の勇者となりえよう。」


 この言葉にユリウスは声を上げて、笑い出した。


「私は、もう何度も話し合っている。

 けれど恐れを抱いて動こうとしない勇者…そこに一体何の光を見る事ができる?何の望みを抱けるというのだ? 

 聖職者を思い出すがよい。アレも哀れな男であった。  

 心の奥底では気付いていながらも動こうとはしなかった。

 全てが終わってから、自らの愚かさに気付いたのだ。

 けれど元には戻らない、生命も現実も何もかも。

 特別な力を与えられていながら、その役割を放棄した。最も罪深し傍観者であった。

 だからこそアレは神の怒りを買い、今も魂のまま磔にされている。

 次に生まれ変わる時にも、その光景は消えはしない。

 彼は永遠に地獄を彷徨う。

 ドラゴン…もう一度言おう。

 選ばれたる勇者が決めねばならぬ事…自らで考え動く者でなければ…揺るがぬ志は抱けぬ。

 何度も何度も同じ事を繰り返すだけだ。」

 ユリウスの目に恐ろしい光が浮かんだ。


 ドラゴンは黙った。


「この先…闇をまとった私を止められるのは…たった一つだけだ。

 圧倒的な絶望を前にしても、希望を抱き続けられる勇者であることを証明しなければならない。

 真の勇者が3人とも真の魔王の名を口にし、自らの望みを宣言し、剣を鞘から抜かねばならない。

 光を覆う分厚い雲をかき消し、世界に光をもたらす事ができる英雄なのかを、まず私に打ち勝つ事で証明せねばならない。

 私という試練に打ち勝てば、英雄となるに相応しい力を与える。

 この手で勇者の武器をにぎり、私の真の名の刻印を刻み込み、英雄へと導こう。

 そのために、十分な時間と友を与えた。」

 ユリウスは遥か遠くに見える月を眺めながら言った。

 その光はあまりに遠く霞み、やがては流れ行く雲に隠された。彼の望む光は地上を照らそうとはしなかった。


 ユリウスの表情は徐々に厳しくなっていった。

 3人の男は、勇者としての片鱗すら見せようとはしなかったからだ。



「下がれ」

 ユリウスが冷たい声で命令すると、ドラゴンは暗闇の中に消えて行った。



 ユリウスは彼の手で落とすことになるであろう星々を、闇のような黒い瞳で見つめ続けた。

 彼が吹かせる風が、彼のマントを翻した。

 小さな星々の輝きを麗しい瞳に焼き付けた後に、右手を握り締めた。


 勇者のいる方向を見つめてから、彼がつくりし最果ての森の大地を見つめた。木々も咲き誇る花々も、全ては人間のなれの果ての姿だった。

 もう一つの大陸も、このままでは森にかえるだろう。

 ユリウスは希望を抱きながら、勇者と共に旅を続けてきたのだが、結局は希望を見出せず失望に変わろうとしていた。



 最後の問いに、勇者として答えねばならない

 そうでなければ望みは潰えるだろう

 ダンジョン深層部 

 私はそこで彼等に光の力を与えるか、闇へと導くかを決めねばならない

 そのどちらかを決定する、その時がきた



 彼は右手を見つめながら、小さくため息をついた。





 

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