第64話 歪曲  かつての決戦



 その日は、太陽は分厚い雲に覆われて陽の光は射さず、朝を告げる鳥の鳴き声もしなかった。毒々しいほどに真っ赤な瞳をした地の底から這い出てきたような黒い鳥が、木の枝にとまりながら、ダンジョンの入り口に立つ勇者達を見つめていた。


 ダンジョンは今もなお霧で満ちていて、先の見えない薄気味悪さを感じさせた。


 ドラゴンは彼等の不安げな表情を見ると、それぞれの武器を見せるように言った。彼等は素直に武器を地面に置いた。

 勇者の武器にはめこまれている血水晶を見ると、ドラゴンの目にはドクンドクンと脈打っている心臓のように映った。こんなものを作り出す為に、魔法使いの子供達が犠牲になったのかと思うと胸が張り裂けそうに苦しくなった。

 そして魔法使いの王たるユリウスが、彼等が真実を知らないとはいえ、時として魔法を得意げに使っている姿を、一体どのような思いで見続けてきたのだろうかと思うと恐ろしくもなった。


「ユリウス」

 ドラゴンはユリウスの顔を見ながら名を呟いたが、彼は穏やかに微笑むだけであった。


 

「武器に、力を与えないのか?」

 と、ドラゴンは聞いた。


「いえ、そのような力はありません。」

 と、ユリウスは言った。


 ドラゴンはその言葉を聞くと、彼が下そうとしている決断が勇者にとって喜ばしくない事になるだろうと察知した。

 ドラゴンは決定に意見する事は許されてはおらず、神によって全てを許されたユリウスの決断に従い、自らの与えられた役割を果たすだけだと覚悟を決めると、目の前の男達を跪かせた。


「勇者よ

 これから先、勇者を待ち構える偉大なる者に立ち向かう為に、武器に力を与えよう。

 勇者は、絶望に、打ち勝たねばならない。

 全てを乗り越え、大いなる力を手にして、英雄として帰還し、皆を率い、真実の光で、3つの国を照らさなければならない。」

 ドラゴンは彼等の顔を見ながら凛々しい声でゆっくりと言った。その言葉の意味を彼等の心に強く刻み込もうとした。

 

 真実の光

 弓の勇者はその言葉を聞くと、胸の内がザワザワした。

 ひどく落ち着かなくなり、仰いだ空はひどく澱み、止むことのない雨が降り出しそうだった。陽の光は分厚い雲に隠されたまま、これから先見ることが出来なくなってしまうのではないかという恐怖にも襲われた。

 彼は途端に心配になって、得体の知れない不安を口にしようとしたが、2人の騎士の「はい」と答える声を聞くと、また思わず口をつぐんでしまった。

 どうしても、その先の言葉が出なかった。



「我は、聖なる泉のアクアマリンの水面を照らす月からの輝きをえて、ある御方の願いにより、ドラゴンの姿となったのだ。

 我に使う事を許された聖なる泉の特別な力を使い、お前達の身を守り、お前達の力を高め、真の力を最大限に引き出す聖なる泉の加護の力を授けよう。

 勇者として戦う為の力だ。

 絶望をまとう魔王に、勇者として立ち向かい、打ち勝ちなさい。その先に必要となる力は、我の力を遥かに上回り、我では与える事ができない。

 加護の力は、魔王が生み出した魔物に対しても作用する。

 なんとしてもお前達は生き残らねばならない。多くの生命を救う為に。

 覚悟を決められよ。

 立ちはだかる絶望から身を守るため為に、絶望をまとう魔王の力を弱めさせ、英雄となる力を得る為に、我の真の名を武器に刻み込む。

 勇者として、勇者の武器を掲げられよ。」

 ドラゴンは厳かな声で告げた。

 それぞれの武器に触れて鋭い爪を滑らせ、氷のような息を吹きかけた。

 剣身には水面のような模様が刻まれ、その水面を漂うかのように沢山の文字が細かく刻まれた。それはドラゴンの真の名であり、武器は彼の力と一体となった。

 優美な光を放ちながらも、まだ見ぬドラゴンの炎のように燃えたぎる力を宿しているかのようだった。


 勇者達が武器を握ると、ズシリと重たくなったように感じた。


 ユリウスはただ黙って、全てを見ていた。  



 * 




 魔法使いとドラゴン、そして勇者はダンジョンへと入り、闇へと誘うような先の見えない階段を降りて行った。見えるのは前を歩く者の背中だけだった。

 ダンジョンは妙な香りがしていた。

 進むほどに内部を隠すかのような濃い霧が立ち込め、中の様子は見渡せなかった。まるで他所者には内部構造を知られないようにと目隠しをさせられているかのような気分になった。

 時折何者かが歩くような音がしたが、すぐに遠ざかっていった。はじめこそ襲ってくる魔物がいないかと警戒していた勇者達だったが、次第に警戒を解いていった。

 ゆっくりと階段を降りていく一行の足音だけが響いていたのだが、不意に弓の勇者はドラゴンに小さな声で話しかけた。


「貴方は、口から炎は吐かないのですか?

 炎を操れるなんて、凄いですよね。

 けれど、今まで一度も炎の力を使っているのを見た事がありません。

 物語で聞いていたドラゴンとは随分ちがうものですね。」

 と、弓の勇者は言った。


 薄暗い中で、ドラゴンの金色の瞳が光った。


「力はみだりに行使するものではない。

 その力を何の為に使わねばならないのかを、我は弁えている。

 我は、その役割の為に存在することを許され、炎の力を与えられた。

 絶大なる力は希望だけではなく、絶望ももたらす。

 絶望をもたらす以上、力を使う際には慎重にせねばならない。

 炎とは破壊と死だ。

 全てを無に返す。

 お前は失ったものを、同じ状態に戻せるか?

 答えは否だ。

 二度と同じものはできない。

 我が炎を使うのは、生命にかえても守らねばならない者を守る、その時だけだ。」

 弓の勇者は驚きの念をもって、ドラゴンを見た。


 この者は見た目こそ恐ろしい生き物なのだが、人間よりも破壊と死の意味を知っていた。

 弓の勇者は、同じような言葉を聞いたことがあった。  

 もちろん誰が言ったのかも覚えていた。   


「その時…ですか…魔王に立ち向かう時でしょうか?」


 ドラゴンの金色の瞳が暗く陰った。


「まだ戻れよう…その時が来ないように願っている…」

 ドラゴンは呟いた。

  

 弓の勇者はドラゴンとの会話を終えると、目の前を歩く魔法使いの姿を眺めた。

 ユリウスは滅多に魔法を使おうとはしなかった。

 勇者が得意げに魔法を披露したのを、たしなめた事すらもあった。彼が勇者にも分かるように魔法を使ったのは、彼が見せた光だけだった。

 だからこそ、光が強烈に目に焼き付いたのだった。


 それは彼が勇者に求めた光だったのだが、その光の意味は伝わることはなかった。

 


 ユリウスは黙ったまま階段を降りて行き、最終階層に辿り着くと、躊躇うことなく何らかの部屋と思われる扉を開けた。

 そこは、何もない広場であった。

 そして、誰もいなかった。



 ユリウスは広場の中央までマントを翻しながら颯爽と歩いて行った。彼が立ち止まると、何もない天井から光が降り注いだ。高い天井を見上げ瞳を閉じて恭しく祈りを捧げ、勇者達を振り返った。 

 後方では、広場の扉が嫌な音を立てながら閉まった。

 退路が、絶たれた。

 勇者達はユリウスの今までとは違う雰囲気に少し驚きながらも、広場を見渡し、彼等もまた高い天井を見上げた。けれど彼等には光は降り注がなかった。


「この場所は一体何なのでしょうか?

 魔物の姿はどこにも見えませんし、魔王の姿もありません。

 どういう事なのですか?ユリウス様」

 と、槍の勇者は言った。 


 ユリウスは漆黒の瞳で、勇者達の顔をゆっくりと眺めた。


「勇者よ、答えてください。

 これが、最後の問いになりましょう。

 歩んできた旅路で何を見て何を感じてきたのか、それをじっくりと考えることで、答えは出ます。

 勇者としての答えを、聞かせてください。

 私はその答えに従い、導きましょう。

 魔王とは一体何者なのでしょうか?

 既に私達は魔王に会っています。」

 ユリウスは静かな声で言った。

 その漆黒の瞳は不思議な光を湛えていた。

 ここまで来ても揺るがぬ志を抱けぬ者が、目の前の導きし者を恐れて、その場を切り抜けようと口から偽りを吐くのを封じ込めたのだった。


 驚きと戸惑いと恐れといった様々な感情が、勇者の顔に浮かんだ。

 剣の勇者は不可思議な言葉と自らを見透かすような瞳の光に気づくと青ざめてしまい、すぐに目を逸らしてしまった。

 弓の勇者も、まだこの時点では、夢を抱いて光りを宿していた碧眼を伏せた。


 ドラゴンは黙ったまま、導きし者を見つめた。


 まず、その問いに答えたのは槍の勇者であった。


「魔王とは恐ろしい魔物の頂点に立つ者ですから、禍々しい見た目をした魔物でしょう。多くの人間を殺してきたのです。 

 自分が既に魔王に会っているのならば、いつか見たおぞましい鷲のような姿をしていた魔物かもしれません。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う村人を、嬉々としながら追いかけていました。何の罪もない村人を喰らいながら、真っ赤な赤焼けの空に向かって飛び去って行きました。

 様々な種類の鳥に似た魔物を従えていましたよ。

 あの時の鳴き声は今でも忘れません。

 人を憎み、人を喰らうことに喜びを感じているようでした。」

 槍の勇者はスラスラと答えた。

 その表情には何の迷いもなく、ユリウスの言葉は彼には全く伝わっていなかった。

 ユリウスの顔には奇妙な色が浮かび上がった。


「ほぅ…それが魔王であるというのであれば、まことに興味があります。貴方は一体何を見、感じてこられたのでしょうか。

 これが勇者とは残念でなりません。

 私の言葉は、貴方には届かぬようでした。

 剣の勇者よ、魔王とは一体何者なのでしょうか?

 次こそ、勇者の答えを聞かせてください。」

 と、ユリウスは言った。

 槍の勇者は少し不愉快な表情をしたが、ユリウスの目が険しくなったのに気が付くと、黙り込んだ。


 剣の勇者の体が震えると、ユリウスは怖い微笑を浮かべた。


「俺は、まだ魔王が何者なのか…よく分かりません。

 でも王命が…あります…何としても…魔王を見つけ出して…討伐せねばなりません。

 魔物も…殺さねばなりません。」

 と、剣の勇者は答えた。

 その声は消え入りそうなほどにか細く、顔からも血の気が引いていて、剣を握り数多の騎士を率いる騎士の隊長とは到底思えなかった。

 恐ろしい敵を前にしても、このような姿を今まで見せた事などなかっただろう。けれど、今、彼の背中は丸くなり、悲しいほどに小さく弱々しく見えた。


「それが貴方の答えですか、剣の勇者よ。

 魔物は殺さねばなりませんか。

 分かりました。先に魔物を片付けましょう。次の朝日を魔物に見せてはなりません。

 太陽は分厚い布で隠しておきましょう。

 地上を徘徊し大地を汚す魔物に光など見せてはならない。救いの光はないと思い知らせる為にも、闇で完全に覆い尽くさねばなりません。

 さぁ、最後は弓の勇者です。

 私の言葉は、貴方には届いたでしょうか?」

 ユリウスは非常にゆっくりとした声で言うと、不思議な表情を浮かべた。


「僕は…僕は…」

 弓の勇者は、ただそれだけを答えるのが精一杯だった。

 もう一度ユリウスを見ると、あの時と同じような悲しい微笑みを向けられたような気がした。

 ユリウスの言葉をもう一度思い出して頭の中で繰り返すと、手を握られながら見た幻が脳裏に浮かんだ。

(そうだ…覚悟を決めなければならない…)

 弓の勇者は「射るべき相手が別にいるのではないのか」と、2人の男に問いかけようとしたが、村の青年は2人の騎士を前にして、全く別の答えを叫ぶ勇気が出なかった。

 得体の知れない恐れが、彼を引き止めた。

 彼等とは違う意見を述べる事で、騎士達に白い目で見られて同類ではないと思われ、3つの国の大陸に戻った時に、家族の身に何か恐ろしい禍が降りかかるのではないかと思うと、違うとは叫べなかった。騎士の主君は王である、その王に弓を引くという恐ろしい考えを村の青年の口からは言えなかった。

 目の前の助力と助言を与えてくれる光の魔法使いでさえ、恐れによって彼の目には入らなくなってしまった。


 剣の勇者はチラリと弓の勇者を見た。

 心の奥底では、彼もまた気付いていた。

 だからこそ真実を口にするのを恐れた。恐ろしい真実に立ち向かう事をずっと恐れていたのだ。

 今までのように流れてくれる事を願った。

 何も知らずに気付かずにいれたのなら、どんなに幸せだったのだろう。

 本来果たさなければならない使命の重さに、彼等は耐えられなかった。

 それに、まず自らの意見を強い口調で述べた槍の勇者を思うと、軽はずみな事を口に出して騎士としての身分が危うくなる事を恐れ、合わせなければならないとも思っていた。

 あの頃と変わらずに、勇者でさえも、周りの言動が間違っていると分かっていても、保身によって同調してしまったのだった。

 何かを変える事の難しさを知っていた。目を瞑りながら生きる事の方が楽だと知っていた。自分に影響が及ばない限り、知らないふりをする方がいいと知っていた。

 そうしないと狂った世界では生き残れない。

 狂った歯車を止めようとは思わなかった。

 選ばれたる勇者としての望みを抱くよりも、踏み潰されるかもしれない積み上げてきた様々なものが心にまざまざと浮かぶと、勇気が出せなかった。

 そして、こうも思った。

(目の前の魔法使いは宮廷魔法使いである。

 どんなに綺麗事を並べ立てようが、王にとって守りたい世界を魔法を使いながら結局は守り続けるだろう…。

 俺達の言葉通りに導いてくれる。

 今まで通りに…全てが運んでいくだけだ…このまま魔物を詰め込んだダンジョンという都合の悪いものに蓋をしてくれる…きっと…そうだろう…)

 剣の勇者は、そう願いながら手に汗をかいていた。


 彼等はやはり勇者にはなりきれない、自らを守りたいだけの人間だったのだった。




 

「分かり…ません…」

 弓の勇者は長い時間をかけて、そう答えた。



 何もかもが静まり返った。



 突然、恐ろしい鎖を擦り合わせたかのような金属音が響き渡った。

 勇者達がその音に気付いて周りを見ると、音がより一層大きくなって広場中に響き渡った。恐ろしい黒馬の角で串刺しにされながら殺された者達の叫び声と泣き喚く声も混ざり合い、この世界の闇に立ち向かおうとしない勇者に裁きを下せと騒ぎ立て始めたのだった。


 怨みの声を鎮めようと、澄んだ声が一際大きく響き渡った。


「分かりました。 

 この場所が、何なのか教えましょう。  

 この場所は審判をくだす場

 闇は全てを覆い尽くし、3つの国に絶望をもたらしましょう。」

 ユリウスの声はダンジョンを貫き、天に向かって放たれたようだった。


「十分な時間と友を与えましたが、それは何の意味も持ちませんでした。

 私は失望しました。

 人間とは全く変わらない。

 いえ、あの頃よりもさらに醜くなったようです。

 勇者でありながら保身を選び権力に従い、本来あらねばならない姿から目を逸らしました。その醜さは、美しき者の輝きすらも飲み込みました。

 先程の言葉が、証明しました。

 その力を手にしていながらも、魔王の正体を暗に教えられ気付いていながらも、全ての国民を救おうという望みは抱きません。

 選ばれたる者でありながら、自らの幸せしか願わない。」

 ユリウスの瞳は厳しく鋭い光を放った。


 ユリウスは槍の勇者から槍を奪うと、槍の勇者の心臓を刺し貫いてから真っ二つに折った。

 鎧は簡単に貫かれ、ソニオ国の紋章が刻まれた兜はへし曲がった。

 その体は槍で貫かれただけなのに、まるで鎖で引き裂かれたかのような無残な死骸となっていた。

 ドラゴンは槍の勇者を守ろうとしたが、ユリウスの動きは目では見えない風のようで、身動き一つできなかった。


 ユリウスが、その手で、人間を殺した

 闇へと導く、審判が下された




 この時より、ユリウスはまとう光を闇に変えた。

 絶望をまとい、全てを恐怖へと飲み込む漆黒の存在へと姿を変えたのだった。

 恐ろしい瞳は今まで押さえ込んできた人間への憎しみで燃え上がり、彼の体からは抑えられない怒りのような黒い煙が立ち上った。広場中が激しい怒りと失意、そして落胆で溢れかえった。

 長い時間を与えられていながら勇者達は恐れの感情を振り払えず、彼が願った答えを口にすることはなかった。それが彼の怒りをより一層激しいものに変えた。

 

 剣の勇者と弓の勇者は立っていられずに這いつくばり、体中に戦慄が走っていた。

 ユリウスの激しい怒りは、勇者の立ち向かう心を喰らい尽くした。


 ユリウスは恐ろしくも美しい形相で目の前の2人の男とドラゴンを見据えながら、折れた槍から大切な魔法使いの子供達を救い出した。

 闇を統べる魔法使いの王の両手の中で、血水晶は優しく包まれた。すると包み込んだ手の隙間から、恐ろしい呪縛を解こうとする光が漏れ出した。

 しばらくすると、土となって王の指先から流れ落ち、床に着く前に消えていった。ようやく自由の身となったのだった。

 ユリウスは跪いて、子供達の魂が苦しみから解き放たれ、辛い思いを忘れて傷つけられる事がない空へと導かれるように、祈りを捧げた。黒い煙が蠢く薄暗い天井から、子供達を導く為の光が射した。



 ユリウスは立ち上がった。

 今まで以上に背が高くなったように見え、さらに恐ろしく、漆黒の瞳が残酷に光った。



「お前達は、いつまでそうしているつもりだ!

 そのまま無様に這いつくばり、人間の世界に終焉をもたらすか!」

 ユリウスの声は凄まじいほどに恐ろしく、今までのような優しさは残されていなかった。


「我が彼等を守る!

 我は言葉の誓い通りに、全てを賭して彼等を助けよう!

 勇者よ、今こそ立ち上がれ!今こそ真の勇者となるのだ!

 まだ希望は消えてはいない!絶望に立ち向かうのだ!」 

 ドラゴンは這いつくばったままの勇者を守るように、ユリウスと勇者の間に立ちはだかり、大声を上げた。目の前の絶望に勇気をもって立ち向かえと言わんばかりに金色の目を光らせながら、何も言おうとしない勇者を振り返った。


 しかし、勇者は立ち上がれなかった。


「ほぅ…キサマの役割を果たすか。

 だがな、口先ばかりの言葉では何の役にも立たぬぞ。

 私の前で嘘をつく事は出来ない。

 見るがよい!奴等を!

 ただ恐れを抱いたまま這いつくばり朽ち果てていくだけだ。

 キサマはどうやって、この愚か者共を守り抜くつもりだ?

 キサマが与えたあの程度の加護の力では、全く役に立たぬよ。

 慈悲にすがりつく気でいるのだろうが、偽の勇者では何も見出せぬぞ。」


「全てを賭して、勇者を、助けよう。

 それが我の役割、我の炎の意味

 我の誓いを果たそうぞ。」

 ドラゴンの金色の瞳はメラメラと燃え上がった。

 圧倒的な力を前にしても屈しない不屈の精神を、その身をもって勇者達に示そうとした。



「まだ…戦えます…」

 その姿を見た剣の勇者はヨロヨロと立ち上がり、転がっていた剣を掴んで柄を握りしめた。ドラゴンは勇者の武器の血水晶が赤く輝くと、びっくりして大きな叫び声を上げた。


「ならぬ!ユリウスに対して魔法は使ってはならぬ!

 お前が使っていいのは、我が力を与えた勇者が持つ武器だけだ!

 剣の勇者として挑まなければならない!

 統べる者に対して、魔法は使ってはならぬ!」


「統べる…者?」

 

「ユリウスは魔法使いの王だ。

 これはお前達人間の王とは意味することが全く違う。

 光と闇の全てを治めている。

 全ての魔法が、ユリウスの前に跪く。

 特にお前は攻撃魔法だ。ユリウスに攻撃魔法を放てば凄まじいほどの威力となって、我等に跳ね返ってくる。

 それに、お前は、魔法を使ってはならない!」

 ドラゴンはもう一度大きな声で叫んだ。


「そんな事はやってみなければ分かりません!

 彼を倒さねば!仲間である槍の勇者を殺したのですから!」

 

「待て!ならぬ!!」

 ドラゴンは声を限りに叫んだが、もう遅かった。


 剣の勇者は攻撃魔法を放った。

 その赤い閃光は、魔法使いの王に向かって飛んでいった。

 ドラゴンは足元の床が恐怖でガタガタと揺れ動いているように感じた。


 ユリウスは、ただ微笑んだ。


 赤い閃光は急に向きをかえた。

 統べる者を攻撃させようとした愚か者に対して、凄まじい音を発して燃えたぎる怒りをあらわにした。

 赤い閃光は高い天井まではね上り、恐ろしい死の光のような赤い焔に姿を化えて、罪人に襲いかかる地獄の業火のように降り注いだ。

 床は向かってくる焔にうめき声をあげて激しく揺れ動き出した。かつての陰惨な光景を、大地が思い出したのかもしれない。何処からともなく聞こえ始めたのは、絶望と恐怖に追いかけられながら逃げ惑った人々の叫び声であった。少し遅れて、黒馬の甲高い嘶きが混じり始めた。

 灰が染み渡った地中深くに作られたダンジョンを取り囲む土は、全てを覚えていたのだった。


 降り注ぐ焔の恐ろしさと引き裂くような悲鳴に耐えきれずに勇者達が地べたに体を投げ出して手を耳に押し当てていると、別の漆黒の闇が勇者達に向かってくる焔に立ちはだかった。


 漆黒のドラゴンは勇者達を守ろうと、立派な両翼を広げてから雄叫びを上げて、途切れのない炎を口から吐き出した。


 危険な焔と守ろうとする炎が混じり合い、ゾッとするような恐ろしい光景となった。勇者達は焔を体に浴びていなくても熱量によって大量の汗が噴き上がり、生きながら焼かれているかのような感覚におちいった。

 目の前で身を挺して自らを守る勇姿を、勇者達は瞬きをすることも忘れて見続けた。


 それを見ていたユリウスが止めを刺すかのように右手の人差し指を動かすと、小さな赤い閃光が放たれた。僅かな閃光なのだが、焔の勢いは数段増しドラゴンは焔に押されて、その場に崩れ落ちた。


 勇者は助かった。


 しかしドラゴンの両翼は焼け爛れ、聞くも恐ろしい声を出しながらのたうち回っていた。身を捩りながらもなんとかして立ち上がったが、翼は至る所に穴があいて骨は大部分が溶けていて、もう2度と空を飛ぶことは出来なかった。

 力の差は歴然だった。敵うはずなどなかった。



「馬鹿な事を…これで分かっただろう…統べる者に魔法はきかぬ…お前は勇者として、剣で立ち向かわねばならぬ!」

 ドラゴンは力を振り絞りながらフラフラと立ち上がると、剣の勇者に厳しく言い放った。


「すみません…まさか…こんな事になるとは…」

 剣の勇者は両翼を失ったドラゴンを見ながら震え上がった。


「よい

 我は、この為だけに、生を受けたのだから。

 何としてもお前達を守らねばならない。」

 ドラゴンは剣の勇者に向かって微笑んだ。

 

(もって1時間…いや、1時間も持つかどうか…。

 ユリウスは勇者に世界の真実を見せるだろう。

 真実を知らずに、剣を振るうのをユリウスは許さない。

 彼等の心が耐えられるかどうか…。

 ユリウスは剣を鞘には収めないだろう。

 ならば…大いなる力の希望にすがるしかない。

 それまで、この身を挺して何としても守らねば…)

 ドラゴンはそう思いながら、目の前に佇む穏やかな笑みを浮かべているユリウスを見つめた。


「仲間となったドラゴンの言葉ですら聞かぬとは、なんと愚かな。ドラゴンの知恵の方が、人間よりも勝っておるのだがな。

 これでは私がつくりだした魔物の言葉が届くはずがない。人間とは救いようのない生き物だ。」

 と、ユリウスは言った。



「ユリウス様…貴方が…魔物をつくったのですか…?

 何故、宮廷魔法使いでいらっしゃる貴方が…こんな事をされたのですか?

 どうして…どうしてなのですか?

 あの時見せて下さった幻は…僕達を操って…人間の国王を殺すつもりだったのですか?人間の世界を滅ぼすつもりなのですか?」

 弓の勇者が蒼白になりながら言った。


「私は、人間を必要もなしに滅ぼしはしない。

 けれど、今の世は、その必要がある。

 国王は簡単には殺さんよ。

 死の救いすら既に王を見放している。奴等には罪にふさわしい罰を受けさせる。

 私は人間の本質が愚かであるがゆえに、光へと導くか、闇へと導くかをはかりにかける導きし者だ。

 お前達を、この旅路ではかりにかけたのだ。

 私はお前達と何度も話し合った。

 私が無駄にお前達と話しをしてきたとでも思ったのか?

 だが、お前達は一度も真剣に考えようとはしなかった。

 私が語りかけた言葉の真意について、お前達は勇者として深く考えた事があったのか?

 何も考えず、ただ権力に利用されるだけの者では、英雄はおろか勇者にすらなりえない。

 お前が知りたい答えの全てを今見せてやろう。

 この世界は、愚かな王によって、恐ろしく歪曲させられている。

 それは遠き昔から、お前達のような者達が生み出し助長させたのだ。

 見るがよい、この世界の真実を。」

 ユリウスの恐ろしい声が響き渡った。


 右手を掲げ、この世界の真実を見せた。


 2人の勇者の顔には今まで見たこともない恐怖の色が浮かび上がり、体をガタガタと震わせながら膝をついて立ち上がれもしなかった。

 心の底では気付きながらも、その力のある者が何もしない事によって起きた愚かさの全てを見せた。今も続いている残酷な所業と、偽りで塗り固められた現実を突きつけた。


 真っ青になったまま立ち上がろうともしない勇者達を、ユリウスは厳しい目で見下ろした。


「立ちなさい!

 今のお前達は、この者達と同罪だ!

 どのような偉業を成し遂げようと思い、勇者という称号を背負ったのだ!王の言葉通りに振る舞えば、勇者だとでも思ったのか!

 勇者とは言葉ではない!何を為すかで決まる!

 私が与えた時間で一体何をしていたのか!何も考えずに無意味に歩いてきたのか!

 剣を携えた男よ、王の呪縛から解き放ったにも関わらず、勇者として世界を見ようと考えなかったのか!

 その身に剣を帯び、弓を携えていながら!

 こんな者が…勇者とはな…。

 私がせっかくドラゴンまで用意してやったのに、それすらも意味をなさぬとは。

 その愚かさの果てに、お前達は生命をおとすことになる。

 そして英雄が現れぬ故に、人間の世界は滅びることになる。」

 ユリウスの体が怒りで激しく震えた。



「剣と弓にはめこまれているのは、私の子供達の生命そのもの。

 それを作る為に、罪もない子供達が犠牲になった。

 王達は人間でも魔法が使える事を夢見て、魔法使いの子供達を殺したのだ。

 お前達は、何の疑問もなく魔法を使い続けた。

 聖職者もいない白の教会で、何故そのような力が賜われると思ったのだ?勇者となれば魔法が使えるという戯言を本当に信じたのか?

 魔法使いの血が流れていなければ、魔法を使えるはずがなかろうが!

 血水晶…私の大切な子供達の生命そのもの…それがお前達の武器にはめこまれている赤い宝石の正体だ。生命を握っていながら、恐ろしい暴力によって苦しめられて殺された子供達の悲鳴が聞こえなかったのか!」

 ユリウスは人間に対する激しい憎しみをあらわにした。

 

 2人の勇者は何もかもが恐ろしくなった。

 弓の勇者はひどい混乱状態に陥った。今まで得意げに魔法を使ってきたのを恥入りながら、弓を持つ手がブルブルと震え出した。顔は青ざめて、その瞳に絶望の色が浮かび上がった。


「嘘だ!そうだろう?ドラゴン

 全てが嘘なんだろう?騙そうとしているのだろう?」

 弓の勇者はドラゴンに必死になって問いかけた。

 嘘ではないと知りながらも、耐え難い現実が嘘になればいいと願うかのように、すがるような目でドラゴンを見た。


 しばらくの間、ドラゴンは黙っていたが重々しく口を開いた。


「嘘ではない。

 ユリウスの言葉に何一つとして嘘はない。彼の言葉は全て真実だ。」

 ドラゴンは残酷な真実を告げた。


 その瞬間、2人の勇者の目の前は真っ暗になった。


 何が悪なのか分からなくなった

 何を倒せばよいのか分からなくなった

 何に立ち向かえばいいのかも分からなくなった


 弓の勇者は握っていた弓を投げ捨てて頭を抱え込み、半狂乱しながら大声で何かを叫び出した。首を激しくかきながら暗い淀んだ表情で膝をついて、立ち上がることもなくガタガタと震え始めた。


 一方、剣の勇者は顔を上げて立ち上がった。

 その両手に剣を再び握り締めた。剣を持つ両腕が怒りで震えていた。

 一瞬だけ自嘲気味に笑った後に、弓の勇者である友を見ると、その瞳に光を宿した。

 目の前の絶望をまとった男を恐れる気持ちはあったが、剣の勇者は弓の勇者の前で立ち、友を守ろうと決心した。

 騎士の剣を鞘から抜くと、怖気付く気持ちを振り払おうと雄叫びを上げた。

 数年間もの間、目を逸らし続けていた剣の輝きを思い出し、自分が本当にしなければならなかった事、そうして出来なかった事、まだ出来る事を、握り直した剣が教えてくれたのだった。

 2本の剣を振りかざし続けた。

 その剣がユリウスに全く届かなくても、彼は振りかざし続けた。



「俺は、ゲベート国第1軍団騎士団隊長だ!

 剣を握れる限り、なんとしても友を守り抜く。

 もう、背を向けない。

 なんとしても死守してみせる!騎士の盾は越えさせはしない!」

 剣の勇者は雄叫びを上げながら、挑み続けた。

 それはまるで何かに立ち向かうことで、自分が騎士だったという矜持をもう一度取り戻そうとするかのようだった。


 伸ばした手では、もう何も掴めないとは分かってはいても、後ろにいる友を守る剣だけをかざし続けた。

 彼の瞳は、ようやくあるべき輝きを取り戻した。



 一方、弓の勇者は真実によって打ちのめされたまま、絶望と恐怖の中を彷徨っていた。自分の体が震えるのを感じながら、目の前が真っ暗となり何もできなくなっていた。

 遠くで、絶望に立ち向かい続ける炎と剣の金属音が聞こえたが、自分には関係のない事のように思えていた。


 ついに赤い閃光が立ち上がろうともしない自分に降り注がれるのを見たが、彼はもはや逃げる事も抵抗する事もしなかった。

 沈痛で苦しい表情を浮かべながら、垂れ込める運命に抗うことなく、裁きを受け入れようとした。腐り切ったオラリオンの王と城の者達の顔が浮かぶと、その方が正しいように思ったのだった。

 彼は首を垂れたまま、目を瞑った。



 しかしオラリオンの勇者とならなかった男に裁きを下す赤い閃光は、待てども待てども降り注がなかった。

 弓の勇者が目を開けると、剣の勇者が身を挺して友を守っていたのだ。

 一瞬、何が起こったのか分からなかったが、自らの頬に友が口から流す血がポトリと落ちると、弓の勇者は目を大きく見開いた。

 剣の勇者は自らの生命と引き換えに友を庇い、彼の背中は大きく引き裂かれていた。


「うわぁぁぁ」

 弓の勇者は叫んだが、剣の勇者は誇り高い微笑を浮かべた。


「どうして!どうして!僕を庇ったのですか?

 貴方は…あなたは…」



 剣の勇者は崩れ落ちていきながら、友に片手を差し伸ばして、迎えにきた死に抗おうと、もう片方の手で剣の柄を強く握り締め、長い眠りから覚めたような目で彼の望みを口にした。


「君が、俺の友だからだ。

 最期に騎士として友を守り抜けた。これ以上騎士として名誉なことはない。

 ありがとう。

 俺は、後悔などしていない。

 俺は騎士の隊長であり、戒律を最も守らねばならない立場でありながら、ある時から破り続けた。いかなる時も正義の味方となり、悪に立ち向かうという戒律を破った…俺は…神に背き者に服従していたんだよ。弱き者を守ろうともしなかった。

 全てはこうなる運命だったんだろう…地位に目が眩んで教会の教えに背き、騎士の剣を握ることを忘れてしまったのだから。

 死ぬ間際になって、ようやく取り戻せた。

 後悔している事があるとすれば、自分自身を見失っていたことだ。騎士である自分を今まで見失っていた。

 俺は…気付いていたんだよ…。

 本当は魔物の叫び声を聞いていたんだ。人々の叫び声も聞いていた。

 けれど…保身と恐れで口にはできなかった。

 最初に口に出して賛同を得られずに、異端者とされるのを恐れたのだ。

 それは俺だけではない、君なら気付いていただろう。

 真の魔王とは、国王だった。  

 国民を虐げているのは生命を喰い物にしているのは魔物ではない、人間の国王だ。

 魔物は俺達騎士にチャンスをくれたのに、俺はまたしても王の命令通りに捻じ曲げようとした。

 全て分かっていたんだ。分かっていたけれど、分からないふりをし続けた。

 今になって、口に出せるようになるとは…。

 死ぬ間際になって、ようやく決意ができるなんて…俺は愚か者だな…。

 でも俺は王女のことを真実に愛している。王の娘としてではなく、1人の女性として愛している。

 彼女をこの手で幸せにしたかった。

 だが、これで…生まれてくる子供も父のことを誇りに思ってくれるだろう。最期に騎士として目を覚ましたのだから。

 せめて王に剣を向けたかった…騎士団の目を覚まさせたかった…皆を率いたかった…国民と騎士を欺き続ける愚か者に…魔法使いの子供達を苦しめ続ける愚か者に…せめて一太刀でも…今更だがな…君は生きてくれ…全ての国民の希望を絶やさない為に…」

 剣の勇者はゆっくりと瞳を閉じた。

 その死に顔は、まごうことなき騎士であった。

 彼を迎えにきた死は、最期に騎士としての彼本来の高潔さを取り戻させた。

 



「いえ…僕も人間の王に弓を向けるべきでした…。

 あの時に、僕だって見ていたんです。

 真の魔王は、人間の国王です。

 僕も恐れたのです…真実を知る勇気が出なかった…いえ、それも言い訳です。全ては言い訳なんです。

 勇者という、英雄という言葉に憧れていただけなんです。

 英雄が背負うもの…それについては考えなかった。

 光の当たる部分だけしか見ずに、苦悩といった影の部分に目を逸らしたんです。

 きっと僕では背負いきれないと自分自身で分かっていたんでしょう。

 友を失ってから、勇者としての思いが通じるだなんて…時が戻せるのなら…やり直せるのなら…あの頃に戻れるのなら…僕は…僕は…貴方とちゃんと話をしたかった。苦しめられている者達を救いたかった…」

 弓の勇者はそう言うと、もう2度と動くことのない友の亡骸を抱き締めた。


「貴方と…別の道を歩みたかったです…」

 弓の勇者はハラハラと涙をこぼした。その涙は偽りではなく、光り輝いていた。

 

 3つの国に白の教会から鐘が鳴り響き、正義の旗を掲げた数多の騎士の馬が駆け回る。輝く太陽の光が燦々と降り注ぎ、沢山の白い花々が風に乗って汚れ切った大地を清めるかのように舞っている。

 偽りの王冠は砕かれて、新たな統治体制が敷かれる。

 国民が偽りの平和の上を歩くのではなく、真実を知り、乗り越えた上で新たな道を歩むのだ。古き時のように世界は光に満ち、美しさで溢れ、自由に夢を抱きながら。

 そして英雄が魔王を討ち滅ぼした武器は忘れ去れることもなく、輝きに満ちたまま平和を守る為にあり続ける。


 それは涙と共に今の世からは流れ去っていった。




 ユリウスは、その光景を見つめていた。

 彼の手は攻撃を躊躇し、唇を噛み締めた。

 自らの力を上回るたった一つの力を待っているかのようだった。彼もまたこの時、生命と引き換えに最期の輝きを放った希望の光を見てしまったのかもしれない。

 それだけでは世界を救えぬとは分かりながらも、騎士が見せた最期の光によって、次なる希望が生まれてくる事を願ったのかもしれない。

 けれど死に絶えた男の望みでは、彼は自身の見えざる剣を鞘に収めることはできなかった。


 

 ドラゴンはユリウスの表情の変化を感じると、不思議な力によってつくられた広場の高い天井を見上げた。

 立ち込めていた漆黒の絶望の隙間に、勇者の死の言葉によって現れた一条の光を見たのだった。その光は目も眩むほどに神々しく、闇の中の道を照らす月の光のようでもあった。


 ドラゴンはその光に導かれるように、狂人のようになりながら血みどろの床の上でのたうち回っている弓の勇者に向かって叫んだ。

 最後となる慈悲の光が消える前に、なんとしても目の前の男にもう一度弓を握らせなければならなかった。



「弓の勇者よ!彼等の為に戦うのだ!

 勇者となった責任を果たすのだ!

 神が、そのチャンスをくださった!

 人間だけではない、ユリウスの為にもだ!」

 と、ドラゴンは叫んだ。



 


 ユリウスは向かってくる青い閃光の光の矢を見ると、矢の内部に別の力が秘められている事に気付き、その矢を止める事なく受け入れた。

 そして、彼の心に語りかけた言葉通りに射抜かれた片目をおさえながら右手を動かした。


 彼の目を射ぬいた青い閃光の光の矢が砕けると、無数の明滅する光がユリウスを包み込んだ。アメジストやルビーにサファイア、トパーズといった7色の宝石のような輝きの光を発しながら、燃え上がる炎のように危険で美しいクリスタルとなったのだった。

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