第57話 歪曲 愚かさの果てに 上
この世界がこうも歪んでしまったのは、5つの国の人間の王が闇の魔法書を手に取り、闇の鎖によって多くの者を死に至らしめた事が原因だった。
ユリウスは闇の鎖によって、神の領域に踏み込んだ魔法使いだった。
この世界は、かつては5つの国であった。
最果ての森の大陸に、人間が住む2つの国があったのだ。
3つの国がそれぞれ弓、剣、槍を掲げるように、2つの国もまた斧、盾を掲げていた。
5つの国は戦争をしていた。
暗く悲惨で多くの血が流れるだけの無意味な戦争を…。
王は世界の頂点に君臨する自らの姿を思い描き、その妄執にとらわれていた。
戦地に赴く事もなく城の玉座にぬくぬくと座っている王は、騎士や兵士はいくらでもおり、国が滅亡の危機に瀕しているなど想像もしなかった。
多くの騎士と兵士が死んでいき、戦場となった近くの村や町も被害を受けて国民も死に、領土には火が放たれて焼き尽くされ緑の大地が焦土と化していると報告を受けても…戦争を止めなかった。
王達はいずれも他国が先に白旗をあげるものと楽観視していた。
どれほど騎士が悲鳴を上げて戦場で倒れようが、優秀な隊長が死んで何度も同じ戦闘方法を繰り返して敗北を繰り返そうが、次こそは勝利の報告を聞けると王は信じて疑わなかった。
騎士を含め国民の生命など、何の価値もなかった。
ここまで続いたからこそ「勝利で終わる」事しか考えなかった。勝利で終わらせ、他国の領土を併合し多額の賠償金を得て失った全てを他国から奪い尽くす。
だからこそ、王は自らの願望を揺るがすような意見は徹底的に排除した。
まさに、暴君であった。
反戦思想を持ち出した側近を強く糾弾し、敵国のスパイとして首を刎ねた。忠臣の首は胴体から次々と離れていき、残ったのは王にイエスという側近だけとなった。
狂い出した王を恐れ、残された者達は自分以外の誰かが何とかするだろうと思い、口を閉ざした。
やがて、村の少年ですら兵士として動員されるようになった。
人を殺す武器を初めて持つ少年が、ガタガタと震えながら戦地に連行されて行った。
国は荒れ、食べ物はなくなり、少ない食料を求めて争い奪い合うようになり、餓死する者もあらわれた。
不衛生な状態となり病気が蔓延するようになった。
国民は心の余裕を無くし、互いに憎み合い傷つけ合うようになり、5つの国はどの国も崩壊寸前であった。
そこで先立って休戦協定を締結して戦争を停止し、平和条約を結ぶべきだと述べたのが魔法使いだった。
5つの国の魔法使い達は当初より戦争に異を唱えて力を貸さなかったが、あまりにも悲惨な光景を見て、騎士達と共に戦場に赴いたのだった。
攻撃魔法は唱えずに癒しの魔法だけを唱え、無意味な戦争によって傷ついていく騎士達と被害を受けた国民を癒し、戦争を続ける王の愚かさを嘆き悲しんだ。
「王よ
5つの国はお互いに尊重し合い、手を取り合い、助け合いながら生きなければなりません。
互いに愛し合い慈しみ合うのが、神が望まれた美しき姿でございます。
私共は戦地に出て、悲惨な戦場を目の当たりにしてきました。
沢山の大切な国民が死んでいます。
これ以上戦争を続けて一体何になりましょう。
戦争は、ただちに止めるべきです。騎士達も疲弊しきっております。この戦には勝利という栄光はありません。
今こそ、戦争を終結するという英断を下される時です。
長年続いた戦争に終止符を打てば、国民の心は穏やかになり国土も緑に戻り、王の名声も高まりましょう。
このままでは国を焼き尽くし、世界を滅ぼします。戦争を終結しましょう。
その為ならば、私達は喜んで協力します。
さもなければ、私達は国を去りましょう。」
5つの国の魔法使いの王達は、時を合わせて、人間の王達にただしき光の道を説いたのだった。
けれど人間の王達は激怒した。
既にいっさいの苦言を受け付けなかった為に、彼等は一様にこう思った。
(魔法使い共め!
力を貸さないばかりか、我に意見するとは許さぬぞ。
今までどれほど光の存在だというだけで優遇し、金貨をつぎ込んできたか分かっているのか!
なんと忌々しい者達だ、いや忌々しい土塊だ。
そもそも…お前達が力を貸さぬからこうなったのではないか。お前達が力を貸してさえいれば、お前達が大切というところの国民が生命を落とすことはなかったのだ。
お前達は我等を導くのが役割にもかかわらず、戦争の第一線に赴かずに役割を怠り、精一杯尽くそうとはしなかった。
それが原因で、こうも戦争は長引いたのではないか。
精一杯お前達が尽くさぬからこうなったのだ。
精一杯魔法使いとしての役割を果たさぬからこうなった。
精一杯…精一杯…精一杯…せぬからだ。
我等を導く為の土塊にも関わらず、それを今になって我の元から去るとは…!
…去って彼等はどうする気だ?
そうか……元々これが望みだったのか。
こうも戦争が長引いたのは、魔法使い達が原因だったのだ!
そうでなければ我の騎士団が、こうも弱いはずがない!
我の国を弱体化させ、我が作り出した国を手に入れようとする為に、奴等はここまで何もせず、今になって本性をあらわした。
美しい顔の裏に、こうも醜い素顔を隠していたとはな…。
人間を光の道に導くとは…騙されるところだったわい。
許さん、許さぬぞ!)
王はそう思うと、醜悪な形相で魔法使いの王を睨みつけた。
魔法使いの王は、ある期日を言い残して、王に背中を向けた。王にはその期日がこの世の終わりを告げる日のように聞こえた。
思い通りにならない現実に苛立って気が狂い、激しく渦巻いた憤怒の感情は、現実を歪曲し、正しい言葉を述べた魔法使いに向けられたのだった。
狂いだした歯車が、動き出した。
王は恐ろしいほどの力を持つ、人間とは違う魔法使いを内心では恐れていた。魔法使いの清らかな瞳が、濁りきった自らの魂を見透かしているような気がしてならなかった。
いつまで力を貸してくれるのか?
もし他国と秘密裏に手を結んでいたらどうなる?
腹の底では恐ろしい思いを抱いていた彼等は眩しい光を恐れ出した。さらに魔力を羨む気持ちもあり、醜悪な考えも密かに抱いていた。
5つの国の王達は、怒りと憎しみの感情に心も体も支配されていった。王の目は狂気で落ち窪み、ギラギラとした光を発し、肉体は恐ろしい考えに侵されて骨と皮だけになっていった。
終戦を宣言しなければ、魔法使いは光の力を使って戦争を強制的に終わらせるだろう。
そうなれば王の権威は地に落ち、王政は終わってしまう。
もう、この玉座にはいられない。
新しい統治体制が魔法使いによって敷かれ、王は裁判にかけられ、どこかの島に流されるか、斬首刑もありうるかもしれない。
戦争を反対していた聖職者を、この大陸に近づけぬようにしたばかりなのに…と王達の苛立ちは募っていった。
約束の日は、刻一刻と近づいてきた。
危機的状況に陥った王達は不可思議な行動に出た。
長い間同じテーブルにつくこともなかった彼等だったが、戦争を停止する為の休戦協定を締結した後、平和条約の内容を決めるのではなく、王に刃向かった魔法使いという共通の敵を罰する方法を話し始めた。
だが、人間の力ではどう足掻いても敵わないことは分かっていた。
オラリオンの王は深い溜息をついた。
高潔で美しく凄まじいほどの魔法を使い、はじめに神によってつくられたオラリオン国の魔法使いの王の顔を思い出した。
すると、あるモノが頭に浮かんだ。
「闇の魔法書…」
オラリオンの王はふと呟いた。
他の王達もその言葉を聞くとピクリと反応して、お互いの顔を見合わせた。
次第に、闇の魔法書の存在が、焦燥感に駆られた王達の頭によぎるようになった。
すると妖艶で美しい危険な若い女のように、四六時中、王を誘惑して、心を激しくかき乱されるような気持ちになった。
背後から白くて艶かしい女の細い手を首筋に絡めながら、甘美な声で男を誘う言葉を舐め上げるように耳元で囁き、早く私に触れてと求められているような幻想を作り出した。
激しく昂った欲望はその肢体に触れるまで満たされることはなく、5つの国の王は一目見るだけだと互いに言い合いながら、その日が来るのを待った。
人間を見下ろす神の目のような月から逃れられると思われる、新月の夜を待った。
月の光はなくても星の光で、聖なる泉のアクアマリンの水面は美しく輝いていた。
濁った瞳で見る泉は、より一層妖艶な輝きを放ち、まるで泉の底に沈められているモノの方が、この時を待ち望んでいたかのように思えた。
王達は邪な思いを胸に、泉の中に一歩足を踏み入れた
月の光はなく、何者の目からも逃れられるように思えた
心と身体を狂わせるような冷たい夜風が吹く
やがて7色に輝く光が聖なる泉の底からさした
淫らに揺れながら艶めく水面を輝かせ
その秘所を知らせ
王達の醜悪な欲望を満たす言葉を囁いた
1人の王が我慢できずに泉の中に飛び込むと、残り4人の王達も泉の中に飛び込んでいった。
そして泉の底深くの岩に鎖で繋がれていた闇の魔法書を見つけると、目を輝かせながら闇の魔法書に群がった。
鎖から外して闇の魔法書を手に取り泉から出ると、お互いに闇の魔法書を奪い合い罵り合いながら力尽くで引っ張り合った。
王達はオラリオンの城の一室に逃げ込むと、中から鍵をかけた。
盾と斧を掲げる国の王が、闇の魔法書の鍵を壊した。
王は震える手で闇の魔法書を開いた。
「いつの日か、必ず、全てを滅ぼす使者となるであろう。」
と、1ページ目に記されていた。
今すぐに闇の魔法書を閉じ、聖なる泉の底に沈めるようにとの警告であった。
けれど、正気を失った人間の王には神の言葉ですら届かなかった。
日が昇ると、ビロードのカーテンを閉めて読み耽った。
糸のように細い月が出てきても、水を飲むことも物を食うこともなく闇の魔法書を読み耽った。
また日が昇り、暮れた。
三日目の月の夜に最後のページを開いた。
「闇の鎖」
と、書かれていた。
彼等は闇の鎖について読むと、一斉に歓喜の声を上げたのだった。王達は狂人と化していた。
滴り落ちるような真っ赤な字で、こうも書かれていた。
「覚悟せよ
闇の魔法は神の意に背くもの
何者も神の許しなしに、この魔法を使ってはならぬ
力は絶大であり、尊き生命を奪うもの
この闇の鎖から逃れし者がいるならば、神の意に背き者達に罰を与える為、絶大な力を得る
神の命に忠実に従い、神の意に背き者達に天上の怒りを降り注がせよう
いつの日か、必ず、全てを滅ぼす使者となるであろう」
オラリオンの王が読み上げると、一同は声を上げて笑い始めた。
「逃れし者?絶大な力?天上の怒り?全てを滅ぼす?
何を馬鹿な事を!」
またもや警告は届かなかった。
何故その文字だけが血の滴るような赤で書かれているのかも、彼等は考えようとはしなかった。
王は尊大であり強欲で傲慢であった。
「完璧に成功させれば、何も恐れることはない!
ようやく人間でも使う事ができる闇の魔法書を手に入れたのだから!」
5つの国の王達は悍しいほどの形相で歯を剥きながら、手を叩いて笑い合ったのだった。
闇の魔法書に取り憑かれた彼等は神すらも恐れなくなっていた。
「これで魔法使いの力を手に入れることができるぞ!
欲しいモノは、持っているモノから奪い尽くせば良い!
そもそも奴等は人間とは見た目が違う。何を考えているのか分からない黒い瞳と黒い髪の毛をした真っ黒な心を持った異形の者達だ!
別の種族など人間に逆らった罰として、足元に跪かせておかねばならない。どちらが先に神の手によって作られた上位種であるのかを叩き込んでやる!奴等の力は我々が支配してこそ、本当の意味で人間の役に立つ!
奴等の全てを奪い尽くし、手に入れようぞ!」
王達は成功を確信して歓喜の声を上げたのだった。
*
王達は、闇の鎖を作り出す為の3つの儀式に取り掛かった。
平和条約の内容を決める為だと偽り、2つの国の大陸の斧を掲げる国に集まった。
一つ目に、緑生い茂る美しい森の3分の1の木々を斧によって伐採して焼き払った。そして地面を掘り起こして、巨大な穴を掘らせた。
穴が出来上がると、誰が闇の鎖の儀式を始めようとする者なのかを知らしめる為に、王達は腕の皮膚を斬り、穴に落ちるように血を滴らせた。
王の血が、ポトリと音を立てた。
王達が闇の魔法書の呪文を読み上げると、巨大な穴は血を吸って黒く色を変え底無しの闇のようになり、煙が立ち上り炎が燃え盛る闇の穴となった。
二つ目に、2万もの黒い色をした動物を殺し始めた。
王は側近と彼等にとって信頼のおける騎士に命じて、生きたまま動物を捕らえさせた。動物の動きを封じる為に体中を鎖で縛ってから檻に入れて、ガタガタと音を立てながら山の坂道を登って行った。揺れるたびに鎖は動物の体に食い込み、痛みの鳴き声を上げた。
闇の穴に辿り着くと、鎖に繋がれた動物達を引き摺り出し、生きたまま鎖を左右から力を込めて引っ張った。
動物は生きながら体を裂かれる痛みに悶え苦しみ、悲痛な叫び声を森中に響かせ事切れていった。
鎖には動物の肉と皮が絡みつき、辺りは様々な部位が飛び散っていたが、側近と騎士は黙々と闇の穴にそれらを放り込んでいった。
やがて、闇の穴からは腐臭が漂い、得体の知れない悍しい虫が発生して湧いていった。虫の体はイナゴのようであったが、顔は闇の穴の中に投げ込まれていった動物のようであった。
2万頭目は、素晴らしく立派な体躯をした黒馬であった。ゲベート国の馬の中の王であった。
5つの国の王達も集まり、興奮しながら黒馬を見つめると、鎖で繋がれた黒馬が空に向かって嘶いた。
すると、流れ行く雲によって月が隠れた。
王の足元には闇の穴から這い上がってきた虫が恨みのこもった目でまとわりつこうとしたが、王はムシケラを踏み潰した。
黒馬は鎖で繋がれていたのだが、騎士の男の力ですらも敵わないほどに暴れ続けた。怒りで歯をむき出しながら騎士を何人も蹴り上げ、闇の穴に突き落として殺していった。
困り果てた騎士が矢を放ち槍を刺し、ようやく黒馬は大人しくなった。
鎖で黒馬の体をバラバラに引き裂こうとしたのだが、何度力を入れて引っ張っても、黒馬の体を引き裂く事はできなかった。
斧を持つ騎士が馬に近寄ると、馬は憎しみの込もった目で騎士をジロリと睨んだ。騎士も怒りに任せて馬の頸に斧をつきたてた。
黒馬は一声大きく嘶いた。
他の斧を持つ騎士も群がり、騎士の男が数人がかりとなって、ようやく馬の頸を斬り落とすことができた。
だが、黒馬は頸を斬り落とされても、死ぬことはなかった。
斬り落とされた頭と頸は、胴を求めて嘶き暴れ続けた。
やがて雲に隠れていた月が姿をあらわすと、月の光が馬を照らした。
すると空がゴロゴロと鳴り響いた。
呪いの言葉を吐くように嘶くと、勢いよく吹いた風によって舞い上がった頸が胴と繋がり馬の体は元通りになった。
まるで月が雲によって隠されていた間に起こった惨事は、全てが幻であったかのようであった。
さらに黒馬は月の光を浴びて新たな力を得たかのように、体躯が一回り大きくなった。
黒馬ではなく、4本脚の化け物のようだった。
黒馬は耳を後ろに伏せ目を吊り上げた。鼻孔を大きく開きながら鼻を鳴らし、後ろ足で立って大きく嘶くと、大きく開けた口から見える歯が鋭利に輝いた。
人間を喰い殺せるほどに歯は研ぎ澄まされ、さらに口から煙と炎を放った。
黒馬は憎悪のこもった目で王達を見た後に、蹄の音を森中に轟かせながら疾風のごとく森の奥深くに駆けて行った。
王と騎士は目を大きく開いて口をポカンと開け、その様子を見ていたが、慌てて騎士の1人が黒馬に向かって矢を放った。矢は確かに黒馬の背に命中したはずなのだが、矢は刺さることもなく弾き飛ばされた。鋼鉄の鎧となったかのように、矢は意味を持たなかった。
騎士は慌てて馬に飛び乗って黒馬を追いかけたのだが、黒馬の行方は誰も知ることはできなかった。
ソニオの王は逃げて行く黒馬の後ろ姿を見ながら、ある不安に駆られた。
けれど、大丈夫だと自らに言い聞かせた。
他の4人の王の顔を見たが、彼等の表情には翳りがなかったので、口にするのを恐れ、忘れ去ることにした。
騎士は黒馬の代わりに、念のために捕らえていた黒い鷲を殺した。
こうして王は自らの欲望の為に、2万もの動物を殺し尽くしたのだった。
3つ目に、動物達を殺した武器を次々に闇の穴に投げ込んでいった。
その武器は、斧を掲げる国の人間が魔法使いから武器の作り方を教わり作り出した優れた武器だった。
魔法使いが人間の生活を豊かにする為に教えたものだったが、やがては戦争の為に利用されていった武器でもあった。
動物の死骸で満ちた闇の穴に投げ込まれた武器は、燃え盛る炎によって溶け出した。
溶けた武器は、渦を巻きながら徐々に形を変えていった。
闇の穴が悍しい音を出しながら動物の怨念を纏った黒い鎖を作り始めたのだ。
闇の鎖が出来上がると、王達は鎖を使って殺す者達が誰かを記した紙を闇の穴に投げ込んだ。
「魔法使い」と書き記された紙は、炎によって溶けていった。
そうして彼等の抵抗する力である魔法を封じ込めた。
闇の鎖が完成し、紙が投げ込まれた事で、炎は消えた。
王は、それぞれの国に戻って行った。
そして終戦を宣言するかわりに、魔法使い達を反逆罪で捕らえるように布令を出したのだった。
「戦争は、魔法使いにより引き起こされた。
人々が作り出した素晴らしい世界を奪い、魔法使いの世界とする為に、人心が魔法によって操作されていたのだ。
5つの国が互いに憎しみ合い、人間同士で殺し合いをするようにという呪いの魔法が施されていた。
魔法使いは戦争の混乱に乗じて、人々が得るはずであった金貨に財宝、食料を奪い尽くしている。
神を裏切った恐ろしい魔法使いを捕らえた者には、金貨10枚をとらす。」
布令を見た誰もが目を疑い、怪訝な顔をした。
生命を助けてくれた事もある魔法使いが、そのような事をするなどとは到底思えなかった。
しかし、群衆の中にいた白い服を着た男が突然布令に賛同する大声を上げて、根も歯もない事を声高らかに話し出した。
すると、白い服を着た男の周りにいた男達も両手を上げて力強い声と拳を上げた。
「俺達を騙し、戦争を引き越し、貧困におとしいれた魔法使いを捕らえよう!
俺の息子と娘が死んだのは魔法使いのせいだ!家族を返せ!家を返せ!仕事をかえせ!」
白い服を着た男は真っ赤な顔をしながら大声を上げた。
すると家族と家を失った者達の心の中に、ある感情がざわつき始めた。
真実を確かめる前に、怒りという感情によって同調したのだ。
(同じ思いを抱いている者がいる、それに王の御布令が出たのだから間違いないだろう…免罪符はある…)
と、行き場のない怒りを、魔法使いにぶつけてやろうと思ったのだった。
叫び声を出す男達の声に操られるように、魔法使いを非難する声が他の者達からも上がった。
(誰も否定の声を上げないのだから、間違いないのかもしれない…)
戦時下での飢えと苦しみで、冷静な判断が出来なくなりつつあった一部の国民の中には、怒りと憎しみの矛先を向けられる子羊を欲しがっていた者もいた。
「そうだ!
魔法使い達が俺達を助けたのも、俺達の目を欺く為だ!騙されるな!今に本性をあらわすぞ!」
と、別の男も叫んだ。
すると、徐々にその声は大きくなり始めた。
魔法使いはそんな事はしない!冷静になろう!と、誰かが叫べば変わっていただろう。
真相を突き止めて話し合おう!憎むべき戦争という行為自体を本当に終わらせ、平和を取り戻そう!と、叫べば未来は変わっていただろう。
けれど、誰もそうはしなかった。
攻撃的になり始めた声によって空気が一変し、国民も、その道を、歩み始めた。
叫び声を上げる者達以外は、誰かが声を上げる事を期待しながら、攻撃的な叫び声を上げている国民を見つめ、ただ傍観者となった。
魔法使いを擁護する声を出してはいけない空気が漂った。
少数派の意見が正しくても、興奮状態にある熱気に渦巻いた多数派の意見が正しくなる事がある。
そして、正義すらも変えてしまう事がある。
少数派の正しき者達は、自らが非難され攻撃されることを恐れて口を閉ざした。
やがて、総意となった。
荒んだ心に蝕まれた国民が苛立ちの吐口を求め、冷静さを欠いた行動に出たのは、それからすぐの事だった。
白い服を着た男は魔法使いを捕らえると暴行の限りをつくし、動けなくなった魔法使いを嬉々として引き摺りながら城に向かって行った。魔法使いの光の魔法は封じ込められていたので、力の弱い魔法使いは抵抗らしい抵抗はできなかったのだ。
「魔法使いが魔法を使って抵抗しないのは俺達が正しいからだ!神が俺達に味方をして、魔法使いから魔法を取り上げたぞ!何も恐れる事はない!」
白い服を着た男は勝ち誇ったかのように叫んだ。
その声を聞くと、国民は魔法使いに石を投げた。
白い服を着た男はまるで英雄のような喝采を浴び、その歓声を喜びながら自らの所行を声高らかに叫び、群衆の醜悪さを駆り立てた。
「正義の裁きを下した!」
と叫び声を上げながら、城に入り、金貨10枚の入った袋を持って国民の前に現れた。さらに城の食料庫に隠されていた肉と酒の入った包みを広げた。
「これは魔法使いが隠していたものだ!王の前で白状した!俺達から奪った食い物を隠してやがったぞ!」
白い服を着た男はそう叫びながら、国民の目の前で肉を食い酒を飲み始めた。
飢えに苦しむ国民は食料を見て、目の色を変えていった。
魔法使いを懲らしめれば、腹が満たされる
奪われた食料がかえってくる
奴等が悪事を働いた「らしい」のだから、仕方がない
どうして城の中に魔法使いが食料を隠していたのかは、どうでも良かった。今、腹が満たされる事が重要だった。
こうして真実が分からないままに、空気は魔法使いを捕らえなければならないという方向に動き、国民は望む者も望まない者も、一致団結して魔法使いを攻撃することになった。
操作された空気によって、魔法使いはついに悪となった。
魔法使いを擁護しようものなら、隣人という名の脅威によって攻撃され国を追い出されてしまう。
不可思議に思う気持ちを心に持っていた者もいた。
全ての者が、本気で魔法使いを憎んでいるわけではなかった。
しかしお互いを見張っているかのようなオカシナ気持ちにもなっていて、自分と家族を守る為にはそうせざるを得ない…と思った。
もう誰にも流れいく空気は変えられなかった。
全てが、賛同する国民と傍観者による国民によって、なされていったのだった。
白い服を着た男は狂気に染まった国民の目を見てほくそ笑んだ。そして夜の闇にまぎれながら、誰にも見つからないように城へと帰って行った。
白い服を着た男は、王の側近だった。
魔法使いは逃げ惑い、国民は束になって追いかけ捕らえられていく光景が日常と化していった。
こうして5つの国の魔法使い達は捕らえられ、闇の穴に連れて行かれ、全身を闇の鎖で順に巻き付けられてから、闇の穴の中に放り込まれた。
すると闇の鎖は生きているかのように動き出し、魔法使いの体をゆっくりと締め上げていった。
新月の夜
闇の鎖の魔法を施す予定だったのだが、オラリオンの魔法使いの王の行方が、どうしても分からなかった。
まるで誰かに呼ばれたかのように忽然と姿を消し、誰にも見つける事ができなかった。
二日月の夜
月が微かに見え始めると、オラリオンの魔法使いの王が彼等を救おうと姿を現した。魔法は封印したにも関わらずオラリオンの魔法使いの王は、月が出ている間は微かな魔力によって魔法を使う事ができた。
1人で騎士と戦ったが、月が雲に隠れてしまうと魔力が尽きてしまい捕縛されてしまった。
三日月の夜
王達は闇の鎖の魔法を施した。
「闇の鎖」
完璧に3つの儀式をやり遂げよ。
儀式によって作られた闇の鎖を使い、生きたまま体を引き裂く事で、引き裂かれた者達の力を手にする事ができる
引き裂いた体の形が残っている部位を繋ぎ合わせる事で、あらたな生き物となり、意のままにその者の力を操る事ができる
と、記されていたのだった。
王達は魔法使いの体を闇の鎖で拘束し、生きたまま肉体を引き裂き、形が残っている部位だけを拾い集めて繋ぎ合わせ、王の命令を忠実に聞くだけのマホウツカイをつくりだそうとした。
そして、マホウツカイ同士を争わせて、統べる国を決定しようとしたのだった。
人間が、神の力に触れようとした
愚かだった
人間ごときが麗しい母体以外から、新たな生命をつくりだすなど
生命を弄んでまで、何を為そうとするのか
神の真似事など、人間には傲慢だというのに
「私達の子供達は何処にいるのですか!」
魔法使いの王の1人が叫んだ。そこには魔法使いの子供達の姿はなかった。
「子供の魔法使いは死んだ。
闇の鎖は強力な力を持った者でなければ、意味がない。
大人の魔法使いでなければな。
できたマホウツカイの質が落ちる。粗悪品になるからな。
何人かは別の闇の魔法に役立て、残りは殺した。いずれ、お前達みたいに歯向かうか、親の仇を取ろうとするからな。
残りは、お前達だけだ。」
ゲベートの王がそう言うと、他の3人の人間の王達も残忍な目で笑い出した。
もともと王達は魔法使いの力を羨やみ、人間にも魔法が使えたらと思っていた。
子供の魔法使いを10人殺して、魔力の宿る血を集めた血水晶をつくり武器にはめ込む事で、その武器を持つ者が特定の魔法だけを使う事ができる闇の魔法も行っていた。
それが、かつての勇者が持つ武器であった。
さらに王達はその者が魔力に魅せられて、武器を持ってどこかに逃げる事を恐れて、武器のありかを示す羅針盤も魔法使いの子供達を殺して作っていた。
それが、アーロンの持つ羅針盤だった。
武器と羅針盤は魔法使いの子供達の生命を犠牲にして、闇の魔法から作り出した恐ろしいものだったのだ。
5人の魔法使いの王達は、小さな子供達の生命が犠牲になった事を聞くと怒りで体を震わせたが、人間の為に闇の鎖の魔法を止めるように諭した。
それでも王達は闇の鎖を握り続けたまま恐ろしい形相をしていた。
するとオラリオンの魔法使いの王は5つの国の王達を黒い瞳で見つめ、空の月にも聞こえるような声を出した。
「闇の魔法書は決して開いてはならぬという神との約束がございます。それを王自らが、これ以上犯すなどあってはなりません!
どうして、神がこれほどの力のある闇の魔法書を残されたのか、それについてお考え下さい。
何故、聖なる泉に沈めていたのかを!
神の怒りに触れることになりましょうぞ!
今ならまだ間に合います。
我等が祈りを捧げて、神の怒りを鎮めましょう。
まだ間に合います!我等が神に祈りましょう!
闇の魔法は、使った者を許しません。
その闇の魔法の力に応じて、恐ろしい天上の怒りを降り注がせます。闇の鎖は最上級の闇の魔法、これでは闇が光をかき消します!
全てを狂わせ、全てをハジマリノセカイにかえすでしょう。
選ばれたる者が力を手にし、その使命を果たすまで使者は生き続けます。
やがていつの日か、人間の世界を滅ぼすことになりますぞ!」
オラリオンの魔法使いの王は、人間を救う為に、王達の目を覚まさせようと叫んだ。
だが5つの国の王達はその言葉を嘲笑い、この魔法がどのようなマホウツカイをつくりだすのかを想像しながら体をゾクゾクと震わせた。
「逃れし者は、神の領域に踏み込みます。
王よ、我等魔法使いの為ではありません!
全ての国民の為におやめ下さい!
成功はしません!
もう既に失敗しております。完璧ではないはずです!
全ては神の怒りである、天上の怒りを降り注がせる為なのですから!」
オラリオンの魔法使いの王は叫んだ。
その瞬間、ソニオの王の鎖を持つ手が震え出し、鎖を持つ手を緩めた。逃げ去った黒馬の化け物の姿が頭をよぎったのだった。
だが、その言葉をかき消すかのように、斧を掲げる国の王が叫んだ。
「何をバカな事を…闇の鎖は成功する。それで命乞いをしているつもりか?
もう遅いわ!
土塊ごときが、人間に意見などするからだ!
お前達はもっと精一杯尽くさねばならなかったというのに!
もっと締め上げろ!闇の鎖を完成させようぞ!」
そう言うと、薄気味悪い笑みを浮かべながら、強く強く闇の鎖を握り締めた。
オラリオンの魔法使いの王は闇の鎖を握る王の側近と騎士の顔も見たが、彼等は一様に目を逸らした。
この恐ろしい所業に震える者もいたが、最初に手を離せば王の怒りに触れて、一族全てが処罰されることを恐れた。
(お願いだ…誰かが手を離せば、自らの震える手も離そう…。
そうだ誰かが…誰かが…先に王を止めてくれ…僕ではない誰かが…)
ずっとそう思いながら、イエスと言い続けたのだった。
もう何を言っても変わることのない姿を見ると、オラリオンの魔法使いの王はゆっくりと目を閉じた。
「最後の警告を行い、従わなければ裁きを下しなさい。」
との御言葉通りに、口をモゴモゴと動かした。
ある者の名を呟いた。
そしてオラリオンの魔法使いの王は目を開けて夜の闇のような瞳で空を見上げると、三日月が不気味なほどに大きくなり輝き出した。
オラリオンの魔法使いの王は、魔法使いの王の中で、最も若く、全ての魔法に優れた男の魔法使いの王を逃そうとした。
いや、逃さねばならなかった。
逃れられるのは、ただ1人だけだった。
神は自らの領域にくるものを、1人しか許さず、その男の名を告げていたからだ。
オラリオンの魔法使いの王の口の動きを見ると、他の3人の魔法使いの王達も詠唱を始めた。
そして異様な程に輝き出した月の光が彼等に再び力を与えた。まるで神の光のようだった。
その男の魔法使いの王の足元から微かに風が巻き起こった。
すると、他の魔法使い達もその様子を見て、一心に口の動きを読み取り詠唱を始めたのだった。
三日月が不気味に輝き、眩いほどの光となった。
人間は目を開けていられなくなり目を瞑った。
するとオラリオンの魔法使いの王は両手を縛っていた闇の鎖を引きちぎり、右手を上げた。
すると闇の穴に向かって、神の稲妻が落ちた。
その男の魔法使いの王に風の力を与えて竜巻を起こさせた。荒れ狂う風を纏い、その男の魔法使いの王は新たな使命を背負い逃れ去ったのであった。
一方、闇の鎖は残された魔法使いの体を締め上げながら喰い出した。
グチャリグチャリ
闇の鎖は魔法使いの体を引き裂きながら肉と骨を喰い、魔法使いの体をバラバラにした。竜巻のような風によって、体の部位は舞い上がり飛び散っていった。鎖が無惨に喰いちぎった首や腕や脚が、闇の穴を埋め尽くした。
バラバラになった首や脚、腕といった体の部位が漂う血の海と化していた。
全てが終わってから、王と周りの者達はようやく目を開けることができた。
闇の穴は、あまりにも酷たらしい惨状となっていた。
王の側近は血の海の中から、鎖でくくりつけた魔法使いの人数と死体の首の数が一致するかを数えようとしたが、形を残している顔は少なく数えることはできずに、彼等も途中で臭いと残骸を見ていられなくなり嘔吐をするだけであった。
盾を掲げる国の王は、オラリオンの魔法使いの王の頭部を見つけると、忌々しいモノでも見るかのように、グチャリと踏み潰した。
王達は魔法使い達の死体を埋めることなく闇の穴に放置した。屍に鳥達が群がり彼等の肉をついばんだ。
闇の魔法は失敗におわった。
成功はしなかった。
神は人間に罰を与える為に、闇の魔法書を作り出していたのだから。
全ては自らの犯した所業の全てを、その身に降り掛からせるものだった
神はその中でも闇の鎖の罰を与えることにした。
儀式の一つ一つは恐ろしく、人間本来の美しさがあれば、その途中で愚かしさに気付いて手を止めることができた。
だが、王達はそれをしなかった。
彼等の周りの者達も止めはしなかった。
彼等は一つずつ、自らを苦しめる為の儀式を行っていたとも知らずに、全ては為された。
最大の怒りを降り注がせるように、オラリオンの魔法使いの王に伝え、その男の魔法使いを選んだのだった。
神はこうして分けられていた光と闇を一つにされた
自らの御手にかわる裁きを行う存在として
その男を、神の領域に踏み込ませたのだった
5つの国の王達は震えながら城の中に閉じこもり、天上の怒りが降り注ぐのを恐れて、何日も何日も空を見上げた。
だが、何も起こらなかった。
すると、何も起こらないではないかと思い始めた。
新月の夜
魔法使いの体は土にはかえらず、骸を苗床にして黒い花を咲かせていた。
その様子を見にやって来た2つの国の王は黒い花を見ると、気味が悪くなって足で無惨にも踏み潰した。
黒い花は散っていた。
二日月の夜
散らされた黒い花は誰にも見られることもなく、空に舞い風に乗って、海の底へと消えていった。
三日月の夜
その男の魔法使いは魔法陣を描いた。
そして、その男の魔法使いは右手をあげた。
※大学での専行の社会心理学で学んだ、傍観者効果を参考にしました。同調効果も参考にしてます。
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