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 高梨の歓迎会を兼ねた飲み会当日。


 目の前におかれた刺身の盛り合わせに箸を伸ばしながら、遥香は先ほどから、テーブルをはさんで目の前のいる弘貴が気になって仕方がなかった。


 もともとの席は違ったはずなのに、いつの間にか弘貴の隣に座った高梨が、微笑みながら弘貴のグラスにビールを注いでいる。


(……やだな、焼きもちなんて……)


 遥香はサーモンの刺身を口に入れながら、こっそりとため息をつく。


「秋月さん飲んでるー?」


 隣に座っている坂上が、日本酒のお猪口ちょこを傾けながらふわふわと笑った。顔がほんのり赤くなっている。


 坂上に日本酒を飲むかと訊かれて、普段なら絶対に手をつけない遥香だが、もやもやする嫌な気持ちを何とかしたくて、目の前におかれているお猪口を手に取った。


 ちらりと視界に入った弘貴が、驚いた顔をしていたが、気にせずに坂上にお猪口を差し出す。とくとくと冷酒がガラスのお猪口に注がれると、遥香は半分ほど一気に口に含んだ。途端、強いアルコールと日本酒の香りが体を駆け抜けていき、全身がカァッと熱くなる。


 それでも、どうせ明日は休みだからと気にせずに日本酒を口に入れ続けていると、頭の中がふわふわしてきた。


「は……秋月さん、飲みすぎだよ」


 心配になった弘貴が、顔が赤くなっているからそろそろやめた方がいいと止めに入るが、遥香は炉れるが回らない口で「大丈夫です」と告げると、同じく酔っている坂上とくすくす笑いながら飲み進める。


 そのせいで、店を出ることには足元もおぼつかないほど酔っていて、いつの間にか隣に来た弘貴に支えられていた。


 二次会に行こうと言う声が上がる中、弘貴が「秋月さん送って、俺は帰るから」と言っている声をぼんやりと聞く。


「八城係長、行きましょうよー」


 不満そうな高梨の声も聞こえてきた。


 弘貴はそれにやんわりと断りを入れ、これ以上絡まれないうちにと早々にタクシーを捕まえる。


 タクシーに乗り込み、二人きりになると、弘貴に頭を引き寄せられた。


「まったく、酒弱いのに、どうしてこんなに飲んだんだ?」


 酩酊してぼんやりしている意識の中、弘貴の怒っているのと心配しているのの中間のような声音を聞いて、どうしてか遥香は嬉しくなった。


 不安で仕方がなかったから、弘貴が心配してくれるのが嬉しい。こうしてタクシーで送ってくれるのが嬉しく、やっと二人きりになれて幸せだった。


「俺のマンションでいいだろ?」


 当然のように訊かれるのも、嬉しい。


 無防備な笑顔を浮かべて頷けば、弘貴にコツンとおでこを小突かれた。


「そんな安心しきった顔して、あとで覚えてろよ」


 弘貴がとどうして嘆息しているのかがわからなくて、遥香は何も考えずに笑顔のまま頷いた。

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