第六話:反撃③ ~嗜虐と、追撃と、爆発と~
「うわぁ、あのお兄さんすごいねえ! つよいつよい!」
双眼鏡を眺めながら、メリーが歓声を漏らす。表情はぼろきれのせいで定かではないが、声音だけならばヒーローショーに目を奪われている幼子そのものだ。
「姉さ……章さん! すごくない!? 魔法使わずにあんなに動ける人、ボク初めて見た! あ、ほら! 今も後ろ全然見てなかったのにギリギリで避けた! すごい、全部一回の攻撃であの人形を斃してる!」
後ろに控える女に声をかけるものの、女も双眼鏡を覗き込んだままメリーに答えなかった。返答がないことを気にした様子もなく、はしゃいだ様子でメリーは景色を眺めていた。
「魔法を使わずにこの国の帯刀警官と同等――いえ、これはそれ以上の実力ね。身体能力や状況把握含めて、確かに戦闘に関しては目を見張るものがある、けど……」
冷徹な視線はイセルの能力を過不足なく見定め、そして正確な評価を導き出している。しかしながら女は眉根を寄せて、思案に暮れるように口元へ手を寄せる。
「この程度?」
その言葉は、決して落胆や侮蔑が漏れ出たものではない。イセルの戦いぶりが、女が想定していたよりもはるかに下回る姿であったのだ。自身の予測と現実の光景の齟齬が大きすぎたため、女は怪訝な表情のまま言葉を続ける。
「先生がおっしゃっていた『対存在』なら、この程度の玩具にここまで手間取るわけがない。先生と同じくらいの魔法の使い手であるはず。
そもそもなんで魔法を使わないの? 実力を隠している……監視の目に気付いている? だとしても身体強化くらいは使ってもいいと思うけど……」
自身の考えを纏めるように小声で呟いていたが、胸ポケットからの振動がそれを遮る。少しばかり苛立った様子で、女は携帯端末を取り出した。
『
女の耳に、監視役の声が届く。敬語ですらなくなった声から、女は通信相手の青褪めた表情を容易く想像できた。
『なんだあの男は! 魔力がないっていうのにあの数相手になんで戦える!? どの国の特殊部隊探したって居るもんかあんな化物!』
今回の作戦は敵地の真っただ中、限られた人員で行われる特殊作戦だ。監視役の男も任務に選ばれるだけの実力者であり、それゆえにイセルの戦いぶりに恐慌を起こしたようだった。
けれどそれはあくまで、魔法を持たぬ者の尺度での驚愕だ。魔導士である女は辟易とした表情で、そんなどうでもいい報告を流そうとした。
「……待って。魔力がない? それは確かなの?」
報告に差し挟まれていた情報を、女は再度問いただす。
『ああそうだよ! あいつ、魔力なんか持っちゃいない! 燃料とは違う画像パターンだ間違いない! 魔力がないにしてもあの戦闘能力は充分脅威だ!
そこまでの報告を聞いて、女は盛大に溜息を吐いた。
「そういうことかー。先生も今現在は完全体でない以上、対存在と思われる彼も、なにかしらの欠陥があるってことね」
『ジ、章中士?』
言動の意味を図りかねたように、通信機越しの声は困惑に揺れている。けれど女は気にする様子もなく、
「最期の報告ありがと。その銀髪の男の子の件は、私が預かるわ。重要な情報かどうかを判断できず、今の今まで報告できないような愚図が、部隊内での情報共有だのなんだの、そんな大それた心配しなくていいわよ。あなたのキャパシティ超えるでしょ?」
晴れやかな笑顔と声音で、女が痛切に皮肉る。
『な……ふざけるなよこの売女ぁ……! 中校に股開いて取り入ってもらったようなあばずれが、調子に乗るなよ!? この作戦終わったら覚悟しろ! 今回のお前の立ち位置気に食わない奴は、魔導士含めてわんさか居るんだよ! そいつら全員でマワしてやるよクソ女! 魔導士だからって調子乗ってるんだろうが――!』
聞くに堪えない卑猥な罵倒をわめき続ける男。それを無視し、女は懐に手を伸ばす。そこから取り出したのは簡素なボタンが一つだけの、小型のスイッチだ。
「じゃあね」
女は躊躇う様子もなく、軽い調子でそれを押した。直後に携帯端末にノイズが走り、それからは男の声は途絶えた。
「あ、あの監視してた人。もう捨てたんだ。死体は片付けなくていいの?」
「ええ。どこで監視していたか知らないけど、さすがにすぐに見つかるような場所に居たわけでもないでしょうし、しばらくはこの国の人間は見つけられないでしょ。もし見つかっても、私たちには関係ないしね」
「それもそっか」
「さてと。いつまでもくだらないゴミの話しててもしょうがないし、そろそろあなたも準備なさい。追って連絡するからそれまでは待機だけど、すぐ動けるようにね」
「うん、分かった!」
女の指示を受けた影は無邪気な声をあげ、一瞬のうちに消える。そして残された女は、
「ウふ。うふフフフくっくっくっく……!」
喉から昏い笑い声を絞り出す。
「私も気をつけなきゃって思ってたけど、ああもうだめ。少しだけならいいわよね……?」
「ごめんなさいねぇ! 魔力ないなんて聞いたら、余計に苛めたくなっちゃった……!」
歪んだ愉悦に瞳を曇らせながら、女は別の隊員に指示を出すべく、通信端末を操作する――。
イセルや帯刀警官の尽力により、残数は三十を切った。異形は変わらずイセルを襲い続けているが、数々の攻撃を巧みに躱し、異形自身の刃を利用して同士討ちにさせていく。
「残りは俺が片付ける! 衛兵たちは被害状況の確認を!」
イセルが声を張る。実際に共に戦い、イセルの実力を目の当たりにした帯刀警官たちは、その言葉に従い加勢することはなかった。
「傷病者と犠牲者の確認! 建物内に退避させた市民の避難誘導を行う! 避難経路と避難場所の候補をリストアップ!
有馬は本部に再度連絡! 救援要請してからどれだけ経ってると思ってるんだあいつらは!」
高草木が周囲の警官に指示を飛ばすのを聞きながら、イセルは自身の顔面に迫る異形の刺突を避ける。そして避けざまに腕を掴み、別の個体の胸へと刃を誘導した。
――レヴナンテの魔法は、この世界で作られたものか?
戦いながら、イセルは思考を巡らせる。
――この世界と元居た世界の魔法の法則は似ている。ほぼ一緒と言っていい。この世界の人間があの魔法を新しく編み出したとしてもおかしくない。
――だけどもし、あの世界から持ち込まれたのだとしたら?
――俺以外の向こう側の存在が、この世界に召喚されていないと断言できない。そいつが今回関わっているのだとしたら、魔王に与する者の可能性が高いか……!?
イセルの表情が一層険しくなる。
魔王は元居た世界で、イセルが気も狂わんばかりに憎悪した相手だ。たとえ当の本人でないとしても、魔王に関わるのであればその者は、イセルの憎しみの対象となる。
――落ち着け、その可能性だってまだ確定したわけじゃない。何より情報が少なすぎる。さっさとをここを片付けて、術者を引き摺り出してやる……!
荒ぶりかけた怒りを鎮め、イセルが残りの異形を片付けようとしたときだった。
「た、高草木さん!」
迫る異形から目を逸らすことなく、有馬の切羽詰まった声にイセルは耳を傾ける。
「どうした? 本部からの返答は?」
部下の狼狽にただならぬ事情を感じ取ったのだろう。高草木が身構えて続きを促す。
「それが……現在市内各地でこいつらが出現していて、動員できる人員は各地で応戦中と連絡あり! 本部でもまだ全容を把握しきれていないとのことで……!」
――なに!?
有馬の報告に、イセルは目を見開く。
――これほどのレヴナンテを作り出しただけでも、どれだけ材料が必要になると思っている!?
――どれだけの人間が犠牲になっている!?
異形の生成方法を知るイセルだからこそ、有馬の情報が彼に与えた衝撃は甚大だった。
「本部へ通達しろ! こいつらの弱点は胸部の中心だ! それにこれだけの規模になるなら、国防隊の要請も必要に――いやいい、俺が直接連絡をとる! 残りの者はイセルに加勢して、残存している生物兵器を速やかに片付けろ! 急いで各地の応援に――!」
高草木の必死の声を掻き消すように、重苦しい走行音が地響きと共にもたらされる。タンクローリーが二台、イセル達に向けて猛進している。道路上の他の自動車に衝突しても勢いは止まらない。
「おい、まさか……!」
このときばかりは、イセルも思わず焦燥と驚愕を言葉に漏らした。
接近するタンクローリーに、帯刀警官たちの魔法が炸裂する。車体はそれぞれ横転し静止するが、続けざまに荷台を突き破るように、異形共が溢れ出した。
「嘘だろ……!?」
高草木も絶望を隠しきれずに呟く。帯刀警官もこれまでの戦闘や救助に身を酷使していたため、すでに疲労困憊だ。
――まずい、今の彼らには荷が重すぎる!
イセルは自身の周囲を確認する。異形はもう、残り十体も残っていない。
――もう一度俺に注意を引き付けないと……!
イセルは異形共を置いて大型車へと駆け出す。戦う前に異形共の注意を集めたあの咆哮は、できるだけ周囲に響かせる必要がある。そのために再度、大型車の上に飛び乗ろうとイセルは考えた。
そうして近場の大型車にイセルが肉薄した瞬間。
閃光が周囲を照らし、数舜遅れて轟音と爆風が場を震わせる。
車両から巻き起こった爆発に、イセルの身は吹き飛ばされた。
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