第67話:後日談3
翌日、アミュレの冒険者免許はすぐに取れた。彼女は西田と同い年だったようで、問われたのは実力だけだった。達人級の魔術に、二年半、エスメラルダの森で戦い続けた経験。不適格とされる訳がなかった。
貰った銀の鑑札を見せると、西田は「良かったじゃねえか」と言ってくれた。シズは素っ気なくだが「あなたの腕前であれば、当然でしょうね」と。
アミュレは照れ臭そうに笑って――それからすぐ、出発の準備をするからと、二人と別れた。
「とは言え……特に持っていくような物もないんだよね」
寮の自室で私物の整理をしながら、アミュレが呟く。そもそも彼女の私物と言ったら本と遊技盤くらいだった。本は、お気に入りの物を何冊か持っていこうと思ったが――その殆どが、ヴィクトルに薦められた物だった。アミュレは暫し迷って、それらを本棚に戻した。
遊技盤は、友人とよく遊んでいた物だった。机の上で、その友人に宛てて「あげるよ」と手紙を書いて、盤を重石代わりに置いた。
「……鞄のスペース、余っちゃったな。まぁ……いいか」
結局、
次に自分の名を呼ぶ声が。友人達の声――研究院をやめるのは本当か、どうして、などと、そんな事を言っていた。
「……っ」
アミュレは返事をしようか、ドアを開けようか、一瞬迷った。
そして――旅行鞄に魔術をかけた。鞄が浮いて、持ち主の傍らに浮遊する。
壁に立てかけておいた長杖を手に取る。窓を開ける。そして――飛び降りた。
風の魔術がその体を包んで、緩やかに着地させる。
アミュレは一度だけ寮を振り返って――しかしすぐに前を向いて、歩き出した。
そうして寮の敷地を出ると、西田が門前で待っていた。
「――もう終わったのか?」
「あんまり、持っていきたい物がなくてさ。鞄、もっと小さいのにしとけばよかった」
アミュレが笑う。空元気である事は明白だったが、西田は何も言わない。気遣わしげな態度を取られて、彼女が喜ぶはずはない。
「そうだ。街を出る前に、お菓子を沢山買って、詰め込んどこうか。ねえシズ?」
「……なんで私に聞くんですか」
「だって昨日、あれこれ夢中になってたじゃない。子犬族って言うより、鼠人みたいだったよ」
シズが突き刺すような目つきでアミュレを睨む。だが、アミュレはまるで動じない。むしろ、からかうような笑みを浮かべた。
「いらないなら、やめとくけど?」
「…………いります」
シズは長い葛藤の末に、渋々、そう答えた。
「素直でよろしい」
アミュレがシズの頭を撫でた。
シズは明らかに不満げな表情をしていたが――尻尾は正直だった。
それはぶんぶんと、嬉しげに左右に揺れていた。
それから暫しの買い物を経て――日が西に傾き始めた頃には、いよいよ西田達は、エスメラルダの街に留まる理由がなくなった。協会を通して馬車の手配は既に済ませてあるから、明日には街を発つ事が出来る。
「……明日は、早朝にはもう出発するんだよね?」
「ああ、その予定だぜ。……それがどうかしたか?」
「いや……別に、なんでもないよ」
そうして日が完全に暮れると、夕食を取って、三人は宿に戻った。特別案件が解消されて冒険者達が街を去った為、程々の値段の宿で、一人一部屋ずつ取る事が出来ていた。アミュレも宿を取っているのは寮に戻りたくなかったからだ。西田もシズも深くは詮索しなかった。
「じゃ、また明日な。俺が起きらんなかったら、悪いけど起こしに来てくれ」
「ドアの修繕費をあなたが持ってくれるなら、起こしてあげますよ」
「やめときなよ。私が精霊に頼んであげるから。……で、火と水と風と土、どれがいい?」
「ざけんな。やっぱ自分で起きるから間違っても起こしに来るんじゃね―ぞ」
そう言って三人は各々の部屋に別れて――しかし日付が変わる前に、アミュレは一人で宿を出た。街を東門から出て、右手に長杖を持って、地を這うように飛ぶ。エスメラルダの森の奥を目指して。
そして、かつて前哨基地だった場所に着いた時だった。
「――何の御用でしょうか」
絶影が、そこにいた。その傍には風の精霊が一体。アミュレが、絶影を呼んできてくれるよう頼んだのだ。
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