第66話:後日談2

「よう、わざわざそんな事聞きに、ここに来たのか? 免許なら無事だぜ。特に罰を受ける事もなかったしな」

「あら、残念。没収されてたなら、嬉しかったんだけど」


 アミュレは平然と言った。冗談には聞こえない声色だった。


「おい、お前それ本気で言ってねえか?」

「そうだけど? だって没収されていれば、私もあんたらと一緒に試験が受けられるでしょ?」

「……なんだって? 試験? 冒険者の試験か? お前が?」


 西田はアミュレが何を言っているのか、よく分からなかった。

 彼女はまだ学生で、戦争が終わった今、研究院に戻る事が出来たはずなのだ。


「……あんたら、もうここを出ていくの?」

「いや……ちょっと街を見て回るつもりだったけどよ……」

「なら、丁度よかった。色々、案内させてよ。いいでしょ?」

「……おう」


 アミュレは「やっと見つけた」と言っていた。大分前から西田達を探していたのだ。何か事情があるのだろうと察して、西田は彼女の誘いに応じた。

 エスメラルダの中央通りの人通りはまだ少ない。だが露店再開の準備をする商人達で、多少は賑わって見えた。


「――さっきも言ったけどさ。私、冒険者になろうと思ってるんだ。だから……もし良かったらだけど、ここを離れる前に色々、教えて欲しくてさ」

「……そりゃ、また、なんで。だってお前……学生なんだろ?」

「うん。それは、まぁ……研究院は、やめる事になるね」


 アミュレが寂しげに笑った。


「それは……それで、良かったんですか……?」


 基本的に優しく、冗談も言える彼女の事だ。親しい人は少なくないはず。

 シズは拳法家になりたいという夢の為に、故郷では誰とも馴染めなかった。それでも――友達だとか友情だとか、そういうものが、尊く捨てがたいものだという事くらいは、分かる。


「……あの、爺さんの為か?」


 西田が尋ねる。協会の支部長から、ヴィクトルがどうなるのかは聞かされていた。つまり――極刑であると知っていた。

 この世界における極刑とは、死罪を意味しない。魔術による人の隷属が可能なこの世界での極刑とは文字通り、その者の人生を「める」刑だ。軍の囚人部隊に配属され、強大な魔物の発生する、危険地域への駐屯を命じられるのだ。

 アミュレは困ったように笑った。


「……先生は、こう言ってたんだ。私なら、いつか誰にも負けない、最強の魔術師になれるって。もし私が本当に最強それになれたら、きっと先生だけじゃない。魔術師みんなが、救われる……」


 だが――その笑みは、ほんの一瞬。すぐに牙を剥くような、不敵な笑みに変わる。


「……なんて、言うと思った? 私はただ、最強それになってみたくなっただけさ。あんたらが、あの冒険者達が、命を懸けてでもなりたがる、それがどんなものなのか……気になっただけ。とりあえずは……そういう事に、しといてよ」


 それはつまり詮索されたくないという意味だった。

 師の言葉を現実のものにしたい。魔術師という存在が誰にも軽んじられる事のないようにしたい。辛い思い出のある場所から離れたい。自分がどこまで行けるのか――試してみたい。胸の内には、様々な思いがある。それらを全部切り開いて、言葉にするのは――痛みを伴う行為だった。


「……はっ、いいんじゃねえの? 俺も、世界で二番目に強い魔術師になら、なれると思うぜ」

「そうですね。世界で、私の次に強い魔術師になら、なれるでしょう」

「おっと、ホント隙あらば舐めた口利きやがるな、オメーは」

「ふふっ、また手合わせをしてみますか? 言っておきますが、昨日の戦いで、私はまた強くなりましたよ?」

「アホめ。そんなの俺だって同じだっつーの」


 故に西田もシズも、すぐに軽口に話を切り替えた。アミュレがくすりと笑った。


「……まぁ、お前なら試験は簡単に受かるだろうよ」

「ですね……という事は、これからは三人旅になるんですか。楽しみですね、ニシダ」


 シズが西田を振り返って、無邪気に笑った。


「……は?」


 西田とアミュレが同時に呆けた声を零した。アミュレは単に冒険者としてのノウハウが聞ければそれでいいと思っていたし、西田もそうなのだろうと思っていた。


「……どうかしましたか?」


 シズだけが、全く違う結論に辿り着いていた。

 かも、まるで自分の考えを疑う様子が見えない。


「えっと……あんたは、それでいいの?」


 暫しの沈黙の後、アミュレが辛うじて、そう尋ねた。西田とシズは男と女で、今まで二人で行動していた。何か特別な関係にあったのではと考えたが故の問いだった。


「え? 何がですか?」

「……まぁ、お前がいてくれれば対魔術師の勉強には困らないよな」


 西田が諦めたように呟いた。シズの自尊心を傷つけないよう誤解を解くのと、このまま雰囲気に流されるの、どちらが気が楽かを考えた結果だった。


「ああ、確かにそれも助かりますね。では……これから、よろしくお願いします、アミュレさん」

「……ああ、うん、よろしくね」


 そうしてアミュレもすぐに気づいた。この雰囲気に今更逆らうのは、不可能だと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る