第49話:急転2

 亡者の群れは、三分とかからずに始末された。それなりの手練を元に召喚されていたのだろうが、それでも西田とシズには遠く及ばなかった。


「……そっちも片付いたか」

「ニシダ、言葉遣いが間違っていますよ。まずこちらが片付いて、それからそっちも、片付いたんです」

「そうか? そうかもな。だけど、こっちの方が数が多かったからな」


 二人は汗も掻いていなければ、呼吸も乱さず、軽口を叩き合う。

 しかし、その視線は鋭く――同様に亡者どもを掃討した絶影に向けられていた。


「……よう、俺達の背中を刺せなくて残念だったな」


 西田がシズとの距離をゆっくりと縮めつつ、絶影に突っかかった。

 周囲の緑鬼と亡者達の戦いは既に終わろうとしているが、緑鬼側の損耗は激しく、生き残った者も満身創痍の様相。


「邪魔さえしなけりゃ、わざわざ息の根止めて回るつもりはねえ」


 剣を左から右へ薙ぎ払い、脅しかける。


「ふむ、お優しい事で……しかし、困りましたね。あなた方二人を同時に相手取っては、分が悪い事は既に分かっていますし」

「そのわりには、随分と余裕そうじゃないですか」


 獣牙の構えを取り、凄むシズ。


「ええ、そうですね」


 絶影は事も無げに答え――口笛を吹いた。

 直後、西田達が今いる、ゴブリン達の農村地域――その外側、全方位から、数十体もの緑鬼が集結してきた。皆、身のこなしは鋭い。絶影ほどではないが、その全てが腕利きであると、西田とシズは瞬時に察した。


「二対一で戦うつもりなど、毛頭ございませんでしたので」

「……ちっ」


 西田が歯噛みした。

 周囲の緑鬼どもは確かに腕利きは腕利き――だが普通にやり合えば、一斉に飛びかかられようと西田とシズならば傷一つ負わずに倒せる連中。

 問題は――尋常ではない戦術を取られた場合だ。つまり、この腕利きの緑鬼全員を、まるでただのゴブリンのように使い捨てながら、絶影に襲われた場合。

 そうなれば――西田も、そしてシズも、無事でいられる自信はなかった。


「……やるしかありませんよ、ニシダ」

「分かってら」


 だとしても――シズの言う通りだ。やるしかない。

 西田とシズの表情に決死の覚悟が宿った。


「おや……我々の狙いがご理解頂けているようで。説明の手間が省けて、何よりですな……これだけの数がいれば、運が良ければ、私は死なずに済むかもしれませんね?」

「けっ……かもな」

「……ふふ、よしてください。あなた方が、気づいていない訳がない。結局のところ、あなた方に拮抗し得るのは私だけ……本命が私と分かっている以上、実際には、そう簡単にはいかないでしょう。ここにいる全員が命をなげうち、その上で私も命を懸けて……勝てるか、どうか」

「勝てるか、どうか? いいえ、違います。私達は、負けません。来るなら……さっさと来なさいッ!」


 シズが、吠えた。己を奮い立たせるような咆哮だった。

 対する絶影は――なおも、平静とした態度を保っていた。


「……いいえ、お断りします」


 そして両手に構えた短剣を懐に納める。

 空いた右手を、肘から先だけを上に掲げると、周囲の緑鬼達も、武装を解いた。


「……何のつもりだ」

「馬鹿らしいとは思いませんか。命を懸けて、殺すか、殺されるか……昨日、私は思い知ったのですよ――潮時だと」


 西田にもシズにも、絶影が何を言っているのか理解出来なかった。

 二人が、これは単なる、攪乱作戦の一部でしかないのではと思い始めた時だった。


「――協定を結びませんか」


 絶影が、今までにないくらい張り詰めた声で、そう言った。


「なん……だと……? 待て、そりゃ一体……どういう意味――」


 意図を測りかねた西田が、思わず問いを返そうとして――直後に吹いた旋風が、その言葉を中断させた。

 上空から降り注ぐ風の刃――アミュレによるものだ。亡者達を葬り追いついてきたアミュレが上空から、包囲された二人を見て援護射撃を放ったのだ。


 絶影が即座に、鋭く二振りの短剣を抜いた。

 一呼吸の間に十を超える斬撃が空を切り――閃きと化して、奔る。

 気刃だ。放たれた気刃が、風刃を迎え撃ち――その殆どを相殺した。


 僅かに残った風刃も、絶影の合図で集結した緑鬼達は手練揃い。

 躱し、或いは素早く武器を抜き、防いでのけた。


「あんたら! 何をぼさっとしてんのさ! 援護したげるから、すぐにそこを――」

「ま……待った! 待て、アミュレ!」


 西田は絶影からは視線を逸らさずにだが、咄嗟に叫んでいた。

 絶影は、敵だ。信用していいはずがない。そう、分かっていた。

 それでも「協定を結びませんか」――その言葉が嘘とは思えなかった。


「少しだけ、こいつらの話を聞いてみたいんだ!」


 単なる詐術にしては、提案が荒唐無稽でお粗末すぎるからか。

 それとも――その言葉を紡いだ絶影の声色が、真に迫っていたからか。


「わ……私も! 私からもお願いします!」

「……どうなってるのさ」


 アミュレが、呆然とした声を零した。

 しかし西田とシズが二人とも、待ってくれと言っているのだ。

 押し切って対地攻撃を続行するのは――はばかられた。


「……どういう事なのか、説明してくれるんでしょうね」


 アミュレは仕方なく地上へ降り立って、二人を軽くだが、睨みつけた。

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