第48話:急転1

「――クソ。一体、何が起きてやがる……!」


 西田が張り詰めた声で唸った。

 シズも緊迫した表情で、強く口を結んでいる。

 二人とも、どう動くべきか判断しかねていた。

 だが、それもやむを得ない事だ。


 二重の防壁の内側、ゴブリンの国家の内地には、普通の街並みが広がっていた。

 畑があって、井戸があって、民家と思しき建物があって、家畜を飼育している家もあって――辺境の田舎町のような、普通の街並みが広がっていた。

 そして――そこにも亡者アンデッドは湧いていた。

 恐らくは非戦闘員であろうゴブリン達に、襲いかかっていた。


「分かりません……こんな……亡者達は、無影ファントムが操っているんじゃないんですか!?」

「俺だって分からねえよ! 分からねえが……クソ! どうする!?」

「どうするって……」


 亡者達は今もなお地中から湧き続けている。

 既に兵士階級の子鬼や緑鬼達が迎え撃っているものの――手が足りていない。

 当然だ。本来常設されているはずの即応部隊は前線に出てしまっている。

 今戦っているのは昨日やそれ以前の戦闘で消耗した緑鬼や、見習いに相当する個体ばかりだ。


 当然、戦況はゴブリン達が不利。

 亡者達の凶行を抑え込めていない。

 非戦闘員を庇いながら戦っていた緑鬼の戦士が、二体の亡者に突き殺された。亡者達はその死体から剣を引き抜くと、今度は子供を抱き締め、蹲る子鬼を見下ろし――


「や……やるぞッ! シズッ!!」


 西田が叫んだ。


「やるって……止めるんですね!? 亡者どもを!」

「ああ! 幾らなんでも、こんなの見過ごせるか!」


 そうして地を蹴り、疾風の如く亡者に接近。

 気配を察知した亡者達が振り返る。

 その時には既に、亡者の片割れに、稲妻の如き打ち下ろしが閃いていた。


 残る一体の亡者が振り返りざまに、西田を斬りつける。

 そして――直後に、その手首から先が宙を舞っていた。

 シズの手刀によって切り飛ばされたのだ。

 更に、嵐のように唸るシズの回し蹴り――強烈な打撃が亡者を砕き、四散させる。


「さっさと逃げろ!」


 頭から股までを一刀両断にした亡者を蹴倒し、西田は叫んだ。

 そして直後に背後から聞こえる、足音。

 背後を取られた。西田は歯噛みしつつ、振り返りざまに剣を薙ごうとして――


「――これは、一体どういう事です?」


 そこに、絶影シャドウリーパーがいた。

 亡者は頭部を手斧で叩き割られて、沈黙していた。


「てめえは……!」

「この亡者どもは、あなた方の魔術師達によって召喚されたものでしょう? それを何故、あなたが……」

「ああ!? 馬鹿言え……! こんなクソッタレな真似、誰がするかよ!」


 絶影は――金と銀の双眸で、西田を見上げていた。

 猟兵レンジャー技巧スキルには分身や隠密など、闘気の制御が重要とされるものが多々ある。猟兵として卓越した腕前を持つ絶影は当然、気功術に関しても並外れた技量があった。

 それこそ対手の闘気と仕草から、その心理を読み取れる程度には。


「……嘘を、言っていない? そんな馬鹿な。では、この襲撃は一体……」


 不意に、西田とシズと、絶影――三人の視界の外から、断末魔の悲鳴が聞こえた。

 亡者が緑鬼をまた一体殺したのだ。数の不利を背負っているのは未だ緑鬼達の方だった。緑鬼達の数に対して、亡者が余っている。つまり――


「ちっ……」


 この状況は展開次第で亡者と絶影、両方を相手取る事になる。場合によっては周囲の緑鬼もそこに加わる。西田は忌々しげに舌打ちをした。

 がむしゃらに斬り合うだけでは不味い。

 戦況が膠着するようなら、シズだけでも先に行かせる事も考えなくてはならない。


「――あちらの一角は、私が引き受けましょう。残りはそちらで」


 だが――絶影はマントの内側から短剣を二振り抜くと、手短にそう言った。


「……何企んでやがる、てめえ」


 思わず西田はそう問い返した。


「いえ、特に何も。あえて意図を述べるのなら、あの亡者どもを交えて運否天賦の殺し合いを興じるのは、つまらないでしょう?」


 絶影の言葉は、正論だった。

 亡者の横槍を受けながら戦っていては、絶影の動きを見誤る恐れがある。

 絶影からしても、亡者のせいで西田の剣を捉え損ねて死ぬのは、つまらない。

 確かに道理――だが、所詮は敵の言葉だ。合理性を盾に虚言を信じ込ませて、背中を刺す謀略である可能性は否定し切れない。


「では、失礼……ああ、私が先にアレを片付けてしまったら、あなた方の背中を刺すのも、悪くない」

「てめえ……!」


 そう言うや否や、絶影の姿が掻き消える。

 そうして次の瞬間には、亡者の群れに飛び込んでいた。


「乗るしか、ないみたいですね……!」

「……らしいな」


 こうなっては、西田とシズには選択肢がない。

 最もリスクが低く無難な選択は、絶影の提案に乗り、速やかに亡者を始末する事。

 いつの間にか、そのような結論に意識を誘導されてしまった。

 言葉を弄して対手の思考を縛る――猟兵の技術スキル、『人的諜報ヒュミント』である。

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