第46話:出陣2

「……あはは。頼もしい事、言ってくれるじゃない」


 アミュレは西田に晴れやかな笑みを見せると、さっと身を翻して駆け出し、風の魔術で跳躍――指揮所へと飛び乗った。


「みんな!」


 そして、皆に呼びかける。

 アミュレが、自分を見上げる魔術師達を、冒険者達を見渡す。


「……誰も、死んじゃ駄目だからね!」


 告げる言葉は、一つだけだった。

 この戦場に身を投じた時からずっと抱いてきた、彼女の望み。冒険者だからと嫌悪していた西田達に突然、対魔術の手ほどきをしたのも、そうだ。彼女は誰にも死んで欲しくなかった。ずっとそう思って、戦ってきた。

 それを――初めて、相手に伝えた。力強い語気だった。

 呼応の咆哮が、基地に響いた。


「やってやろうぜ!」

「あんたらも、死ぬんじゃねえぞ!」

「さっさと終わらせて戻ってこいよ! あんまり遅えと、そっちの手柄も貰いに行っちまうぞ!」


 西田とシズの背を、肩を、冒険者達が手荒く叩く。

 西田はその冒険者流の祝福を甘んじて受け入れながら、アミュレを見上げた。

 アミュレはそちらを見返して、小さく首肯した。


 直後、基地に響く轟音――防壁の一部が吹き飛び、道が開かれている。

 アミュレが長杖を、そちらに向けて突き出していた。


「さあ、走って!!」


 言われるまでもないと、冒険者と魔術師達が、一斉に駆け出した。

 一方でアミュレは指揮所を飛び降りて、西田の傍に着地する。


「良かったんですか? 防壁、ぶち抜いてしまって」

「いいのさ。どうせ次に戻ってくる時には、戦争は終わってる――でしょ?」

「……ああ、そうだな。それじゃ、俺達も行こうぜ」

「待って。その前に――『霧雨の衣、我ら包め。静かに、そして密やかに』」


 アミュレが長杖を地面に突き立て呪文を唱えた。

 瞬間、羽衣のように揺らぐ霧が三人を包む。


「これで、ただの子鬼くらいなら私達には気づけない」

「……やっぱ便利だな、魔術って。そんじゃ……俺達も、行くか」


 西田が地を蹴り、駆け出す。シズがそれに続く。

 二人は弩に放たれた弓のように速く駆けた。

 魔術師であるアミュレは、しかし二人に劣らぬ速度で森を行く。

 彼女は風を身に纏い、低空を飛んでいた。


 そうして三人はすぐに、先行した者達を追い抜いた。更に森の奥へ、奥へと走る。異変を察知したゴブリンの守備隊が、前線へ飛び出していくのが見えた。だが、誰にも気づかれていない。そのまますれ違う。そして、辿り着いた。


 まず見えたのは、森に生える大樹と大樹を繋ぐように築かれた、長大な防壁。その先に、ゴブリンの国家がある事は明白だった。


 防壁は数十メートルほどの高さがあって、大量の切石を積み上げて作られていた。

 達人級の魔術師が単独で数十メートルの城壁を建てるよりも、並みの魔術師に切石を量産させて、手作業で城壁を建てた方が、労力的には効率がいいのだ。

 とにかく数が多いゴブリン達にとっては、特にそうだ。


 数十メートルの防壁は、身軽なゴブリン達ならばよじのぼれるが、人間達の登攀とうはんは困難であるように作られている。

 だが――その程度の事では、西田とシズの障害にはなり得ない。

 西田が地を蹴り、大樹の幹を蹴って更に跳び上がり――最後に空を蹴って、防壁の上に着地した。空を蹴り、跳び上がる――昨日の組手で、シズが魔術師相手に見せていた芸当だ。気刃や遠当て同様、あれも恐らく「気の持ちよう」でどうにかするスキルと見て、試したのだ。予想は当たっていた。


 防壁の上には、何匹かのゴブリンが見張りに立っていた。

 足首には縄が括り付けてあって、その縄は、防壁の裏に設置された鳴子に繋がっている。見張りが殺されて落下すると、複数の鳴子が一斉に鳴り響く仕組みだ。


「……殺されるのが前提かよ。こいつら、なんで平然としていられるんだ?」


 罠の構造を理解すると、思わず西田は呟いた。


「……さあね。こいつらの事なんか、知りたくもないよ。さあ、行こう」


 見張りのゴブリン達は、西田達にまるで気づいていない。

 あえて殺す理由もなし。三人は防壁の内側へと降りた。

 と――アミュレが何やら、防壁の傍に屈み込んで、手をかざす。


「何やってんだ?」

「おまじないさ」


 おまじい――その意味は西田には分からなかったが、ろくでもない事というのは理解出来た。実際、万が一の時に備えて念信式の爆破魔術を設置していたところなので、西田の勘は当たっていた。


《――アミュレ君。そちらの首尾はどうだね》


 ふと、念信器からヴィクトルの声が聞こえた。


「上々です。今、奴らの本陣に潜り込みました。そちらはどうですか?」

《皆、よく奮戦している……だが、気をつけたまえ。何か、くらい魔術の気配を感じる》

「……昏い、魔術? 私には何も……」

「――う、うおお! な、なんだこいつ!?」


 不意に、西田の上ずった叫び声が響いた。

 アミュレが咄嗟に振り返る。目に映ったのは、土から這い出し、西田へと歩み寄る――ゴブリンと、人間の死体。


「|アンデッド……!」


 この世界では弔われず、火葬される事もなかった死体は、時に亡者アンデッドと化す事がある。それはつまり死した雑兵や殺した相手を粗末に扱えば、意図的に亡者化させる事も出来るという事だ。


 ゴブリン達はこれまでにも、亡者を森に放つ戦法を取った事はあった。

 アミュレは、これもその応用かと考えた。確かに、理性のない亡者は前線に誘導するよりも――防壁を二重にして、その中間地点に罠として配備する方が効率的だ、と。


「いや、これは……!」


 だが、すぐにそうではないと悟った。

 亡者達はよく見れば、骨でも腐肉でもない、土によって構成された部分が殆どだった。単に死体が亡者化しているのではない。

 これは――魔術によって亡者が生産、召喚されているのだ。


「これは……死霊魔術ネクロマンス! なんて、なんて事を!」

《恐らくは無影ファントムの施術だろう……なんとも、惨い》


 亡者達は、姿を消しているはずの西田達へと歩み寄ってくる。視覚や聴覚による索敵ではない。命なき者どもであるが故に、生命の気配を探知しているのだ。


「頭下げろ!」


 西田が剣を大きく振りかぶりながら、目を閉じ、叫んだ。

 直後に弧を描く白刃――全方位への気刃が、亡者どもを薙ぎ払う。

 殆どの亡者は空を奔る斬撃に反応すら出来ず、地に転がった。


 しかし――何体かの亡者は西田の気刃を防ぎ、または避けていた。

 神気の加護を帯びた西田が放つ、瞬速、剛力の気刃を。

 恐らく、生前は一等級の冒険者だったであろう、人の亡者が三体。

 他にも体勢が低かったが故に、斬撃を受けなかった子鬼の亡者が何体か。


「……上等じゃねえか」


 西田が剣を担ぎ、シズが獣牙の構えを取る。


「――待って」


 しかしアミュレは――二人に対して、長杖を向けた。

 そして、西田の斬撃に巻き込まれ吹き飛んだ霧雨の隠れ蓑を、もう一度付与する。


「ここは私に任せて、先に行って」


 アミュレの提案は、もっとも・・・・なものだった。

 この本陣への潜入は、あくまでも敵の継戦能力の源――召喚魔法陣の破壊が目的。

 亡者などに構っている暇はない。


「……召喚魔法陣は恐らく、森から膨大な魔力を吸い上げてる。あんたらでも集中すれば、その魔力の流れを感じ取れるはずだ」

「待て、待て。勝手に話を進めんな。一緒にこいつらを仕留めてから――」

「――勘違い、しないでくれる?」


 アミュレが長杖を高く掲げた。

 瞬間、杖から強烈な魔力が溢れ、周囲に広がり――魔術が発動。

 溢れる炎が噴火のように宙へ昇り、地に降り注ぐ。

 斬撃によって地に転がった亡者、動きの鈍い子鬼の亡者達は、一瞬で焼き尽くされて、動かなくなった。

 残ったのは元一等級であろう、三体の亡者のみ。


「この程度なら、私一人で十分だって言ってるの。あんたらの耳飾りからの魔力反応があれば、終わり次第、後を追える」

「……分かった」


 西田も、そのような芸当を見せつけられては、首肯する他なかった。


「アミュレさん、ご武運を祈ります」

「よしてよ。別に、大した事じゃないんだから」

「……へっ、俺達が行って帰ってくるまでには、片付けとけよ」

「あんたらこそ、迷子になったりしないでよ?」

「ほざけ。お前が泣きべそ掻く前にゃ、戻ってきてやるよ」


 アミュレは、自分ならば出来ると確信している。ならば殊更に不安視するのも非礼に当たる――西田は軽口を叩いて、身を翻し、先を急いだ。

 一人残されたアミュレは、亡者達を見た――哀しみと、憐れみを湛えた眼差しで。


「誰だって……こんな森の奥で死にたかった訳、ないよね」


 双眸に宿る感情が、怒りへと移ろう。亡者達に対しての怒りではない。理不尽な死と、それをも踏み躙る死霊魔術への怒りだった。


「……今、楽にしてあげる」


 アミュレが長杖を両手で強く握り締めて、そう呟いた。


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