第30話:猟兵の技巧
いつ来るかも分からない襲撃を、警戒し続けるシズ。
不意に、その背後で小さな音が鳴った。
「ふっ……!」
瞬時に、シズが後方へと回し蹴りを放つ。
手応えは――ない。
シズの背後にはただ、小さな腕輪が落ちていた。恐らくは殺めた人間から奪い取った魔導具の一つ――絶影は、それを投げ捨てた。シズほどの身体能力の持ち主ならば、その僅かな音にさえ反応出来てしまうだろうと。
果たして、シズは予想通りに罠にかかった。
蹴りを空振り、慣性力によって重心の乱れた状態。
その背後に今度こそ、絶影が姿を現す。
そして身に纏う外套から、短剣を取り出し――
「させるかよ!」
しかし、西田がそこに斬りかかる。
絶影は咄嗟に身を躱す――剣風が土煙を吹き飛ばす。
追撃の切り返しを狙う西田。
対する絶影は――再び、対手へと右手をかざす。
狙いは西田にもすぐに読めた。
『
目を庇いながら正確な攻撃を仕掛け、反撃を捌く――分の悪い賭けになる。
西田は右腕で視界を覆いつつ、カウンターを貰わぬよう後ろへ飛び退く事しか出来なかった。
その間にシズが体勢を立て直し、西田も構えを取り直す。
その、ほんの一瞬の間に――二人はおよそ数十体の絶影に囲まれていた。
闘気を放出し、己の幻影を作り出す闘技――『
「これは……ちょっとヤバいかもな」
「……しくじらないで下さいよ」
西田とシズが、背中合わせの体勢を取った。
そして――絶影が、二人へと押し寄せる。
「シズ!頭下げてろッ!」
西田が叫ぶ。返事は待たない。
両目を閉ざし――直剣を右から左へ、体ごと円を描くように薙ぎ払った。
旋風と共に放たれた気刃が、迫る絶影をまとめて切り裂く。
回避行動を取った者はいなかった。全てが、分身だった。
絶影は分身をばら撒いた上で、本体は隠密で姿を消していたのだ。
剣を薙いだ勢いで、西田の右袖に染み込み、乾き切らずにいた血が飛び散る。
直後、絶影の姿が虚空から現れる――ただし、十体同時に。
その内、最低でも九体は分身。
或いは全て分身で、本体は未だに姿を隠している可能性もある。
「助太刀は?」
「いるかよ」
目を閉じて気刃を放つには距離が近すぎる。
故に西田は――ただ、鋭く剣を薙いだ。一振り目で一体、二振り目でもう一体――そのまま最後の一体まで、全て斬り伏せる。
しかし――手応えは、ない。切り裂いたのは全て分身だった。
一方で――シズもまた、絶影を迎え撃つ。
まずは最も間近の一体に遠当てを打ち込む。絶影は身を守る素振りこそ見せたが、濡れ紙のように容易く打ち破られて、掻き消えた。
続く二体目――短剣による刺突に対して、その右手を狙って前蹴りを返す。
そして――響く、軽快な金属音。辛うじて右手を止めた絶影の、短剣の刃が蹴り折られた音だ。
得物を手にしていた――つまり、分身ではあり得ない。
得物を失い後退する絶影に、追撃を仕掛けるべくシズが一歩前に出る。
そこに襲いかかる、残る三体の分身。
当然、シズは見向きもしない。偽者だと分かっている分身を構う理由などない。
そして――鮮血が飛び散る。
「なっ……!」
手傷を受けたのは、シズの方だった。
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