第23話:魔力の流れ1

 宿舎の中は壁沿いに二段ベッドが複数、中央に長机が一台置かれただけの、簡素な内装をしていた。

 西田は長机を顎で示すと、シズと二人で並んで席に着く。

 そうして本の目次を開き――あまりの字の細かさに、思わず手が止まった。


「……どこから読み始めりゃいいんだ、これ」

「あ、近代魔術の成り立ちって項目がありますよ。25頁からです」

「よし、いいぞ。ええと? ……近代魔術の飛躍的な発展は、皮肉な事に活法の開発を発端に始まった。近代において、魔術師の主戦場は平野ではなく農場に……おい、なんか農業の話が始まっちまったぞ」

「……他の本を借りてきますか?」

「そうすっか。もっと分かりやすい本がありゃいいんだがな……小難しい話なしで、魔法の使い方~みたいな……」

「――ねえ、さっきからヒソヒソうるさいんだけど」


 ふと、ひどく不愉快そうな声が西田の耳孔を刺した。

 振り向いた先には、アミュレがいた。

 長机の隅で、何やら分厚い本と、筆記帳ノートを広げていた。


「……あー、悪い」


 先ほどの件はともかく、今回は自分達に非がある。

 そう悟る事が出来ないほど、西田は傲慢でも間抜けではない。


「そもそも、魔法の使い方なんてものは存在しないよ。あんたら、魔術と魔法の違いも分からないのかい」

「……別に、詳しい定義はいいんだよ。ただ使い方が分からねーと、使われた時に困るってだけで」

「じゃあ、結局同じ事じゃないか。ただの準備不足、勉強不足だ」

「まぁ、そうだけどよ……仕方ねーだろ。今まで魔法の勉強なんてする機会、なかったんだからよ」

「……ふん。そんな奴らがいきなり学術書を読んだって、魔術が理解出来るもんか」


 言い捨てると同時、アミュレは長杖を手に席を立った。

 そして休憩所の出口まで歩いていって、西田とシズを振り返り――


「表に出なよ」


 そう言った。


「……さっきの話、まだ諦めていなかったんですか? 私は構いませんけど」


 西田よりも先に、シズが椅子から立ち上がった。


「待て待て、シズ。さっきは止めなかったが、今はもう不味い。あの爺さんに一度止められちまってるだろ」


 特別案件を受ける折、西田達は協会員に確かにこう言われている。

 協会及び研究院の方針に同意出来ない場合、案件への参加権を剥奪されると。

 その事を鑑みると、今から改めてアミュレからの喧嘩を買うのは、危険だった。


「いいから出てきな」


 アミュレは釘を刺すように二人を睨み付けると、そのまま外へ出ていった。

 西田とシズは、戸惑いの表情を浮かべた顔を見合わせた。


「……どうします?」

「喧嘩を買うのは不味い……けど無視して、もっと絡まれても困るんだよな」


 西田が不本意そうに立ち上がった。

 シズもそれに従って、二人は休憩所の外に出る。


「遅い。ほら、さっさとこっちに来な」

「なあ、勘弁してくれよ。幾らなんでも血の気が多すぎるだろ」

「はあ? 何言ってんのさ。こっちは突貫工事であんたらが魔力を読めるようにしなきゃいけないんだ。早くしてくれない?」

「……なんだって?」

「あー、もう、いいから。さっさと来る!」


 剣幕に負けて、西田がアミュレへと歩み寄る。

 アミュレは手間を取らせてくれると言わんばかりに鼻を鳴らして、口を開いた。


「いいかい。魔術の使い方ってのは、色々ある。秘文字ルーン魔法陣サーキットを書いたり」

「おい、一体どういう風の吹き回し……」

「うるさい。何の役にも立たずに死なれても、困るんだよ。黙って聞きな」


 言いながら、アミュレは左手の人差し指を立てて、空中に何やら図形を描いた。

 魔力の淡い光がその軌道をなぞる――瞬間、アミュレの手元に小さな炎が灯って、すぐに消えた。


「呪文を唱えたり。こんな風にね。『氷の鳥よ、我が手より、飛び立て』」


 今度は彼女の手元から、小鳥を模した氷像が飛び立つ。


「一口に呪文って言っても言霊トゥルーワードだったり、精霊や、或いは悪魔への呼びかけだったりもする」

「……言っとくけど、俺はそんなルーンだのなんだのを暗記出来るほど頭良くねーぞ」

「話は黙って、ちゃんと最後まで聞きなよ。とにかく、魔術ってのは色んな体系が存在する……詠唱や魔法陣だって、道具に刻んだり、頭の中だけで済ませる事も出来る。だけどね、どんな魔術にも共通して言える事があるのさ」

「……それが、魔力……ですか?」


 シズの問いかけに、アミュレは頷いた。

 一方で西田は――露骨に顔をしかめていた。


「そう、どんな魔術でも、発動には必ず魔力が必要になる」


 魔力――この世界において、魔力とは万能のエネルギーである。

 その万能性は、熱エネルギーや電気エネルギーなど比にならないほどだ。

 なにせ魔力は、あらゆるものを生み出せる。

 火や雷は当然、水や石のような物質も、極まれば――生命さえも。


「……そりゃ魔法なんだから、そうだろうけどよぉ。魔力なんて目に見えねえもん、どう読めってんだよ」

「感じ取るのさ」

「感じ取るって……」

「言ったろ。魔力は、エネルギーなんだ。何も難しい事じゃない。誰だって目を閉じていても、篝火の熱や、森に吹く風を感じられるように」


 そう言うとアミュレは、長杖を西田とシズに突きつける。

 二人は警戒して重心を落とし――不意に虚空から飛び出すように、その眼前に『石刃ストーン・エッジ』が現れた。

 西田は不意を突かれつつも、しかし咄嗟に手刀でそれを弾く。

 シズも危なげなく、石刃を指で掴み取っていた。


「――どう? 何か感じられた?」

「あっ……ぶねーな! 俺達が反応出来なかったらどうすんだよ!」

「目玉一つでこの森から帰れるなんて運が良かったね、とでも言っていたよ」

「……ふーん、ほー、なるほどね……今のはちょっとイラっと来たぜ」


 西田はアミュレを睨み付けると、見せつけるように右拳を握り締めた。急所狙いの不意打ち――応戦せざるを得なかったと弁明するには十分な根拠になる。


「奇遇ですね」


 シズもまた、獣牙の構えを取った。

 こちらは、単に挑発を受けて頭に血が上っただけだが。

 ともあれ以心伝心には程遠いが、二人の目的は一致した。

 対魔術師は望むところ――ついでに、一発ぶん殴る、と。

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