第四十四話
莉桜と猛が辻斬りと遭遇した一方は雪那や軍警の通信班を通して作戦に参加している執行人達に伝えられていた。
「A班、B班共に交戦に入りました。交戦相手の特徴は一人は浪人風、一人は白髪の少年」
「事前に報告が上がっていた奴の特徴と同一ですね。残り班はどうですか?」
作戦本部てして据えた大阪城二の丸で、斎藤は通信係へ問いかける。
「
「妙ですね...確かに結界を張っているとは言え、ランクEですら怪夷が出現していないのは不自然です」
伝えられた情報に斎藤は眉を顰めた。
「少しここを離れます。何かあれば直ぐに報せて下さい」
「了解しました」
その場を部下に任せてテントを出ると、雪那達呪術を得意とする者達で構成された結界班の下を訪れた。
「斎藤隊長、どうしました?」
やってきた斎藤を出迎えたのは、木製の車椅子に座った水原だった。
「秋津川さんは?」
「彼女なら他の術者達と結界を練るのに集中していますから、声を掛けない方がいいですよ」
水原が任されたのは結界を張る術者達の護衛班の指揮だった。
かつて、大災厄後の怪夷討伐戦で前線指揮を取っていた水原は怪夷戦の専門家でもある。
黒結病に侵されているとは言え、彼女の知識や経験は今尚執行人達の相談役として一目置かれる存在だった。
だからこそ、この作戦のもう一つの要である結界班を護る護衛班の指揮を任されたのである。
「では、水原さんに伝えておきます。現状、怪夷との遭遇報告がありません。これは、何かの前触れではないかと私は考えているのですが...」
「怪夷が?それは妙ですね...こんな暗い夜ならランクEの一匹や二匹いても可笑しくない...焔、誉は既に辻斬りの一人と交戦しているのよね?」
車椅子を押して後ろに控えている風祭兄弟の弟の方に水原は確認を取る。
「はい、さっき兄さんから連絡が。しかし、九頭竜さん護衛の際にも怪夷との遭遇はないようです」
淡々と告げる焔の報告に、水原は眉を顰めた。
「斎藤隊長、用心した方がいいかもしれません。万が一を想定していた方がいいかと」
「分かりました、手は打ちます」
水原の助言を受けて斎藤は踵を返す。
「こちらは任せます。よろしくお願いします」
「ええ、貴方も。また今度、飲みに行きましょう」
「そうですね。この作戦が終ったら」
去り際に言葉を交わした、斎藤はその場を後にした。
逞しくなったかつての青年の背中を水原は眩し気に見つめて見送った。
作戦本部を置いた大阪城の北側を雨は赤羽情報屋事務所のちびっこトリオと歩いていた。
「まさか俺達がこんな大役任されるなんてな」
外堀を流れる水のせせらぎを聴きながら、
「羊治、あんまりいきり立つといざという時に本気出せないぞ」
トリオの最年長である
「相手はあの辻斬りだし、幾らこっちに聖剣があると言っても、あの九頭竜が一度はやられてるんだ。気を引き締めろよ」
「そうだね。いつ出てきてもおかしくないよね」
『そうですわ。おチビはん達、しゃんとやりまっしょ』
「それにしても、雨がまさか聖剣持ちだとはなあ」
感心した様子で雨の肩に乗る弦月を虎之介は覗き込む。
「まあ、実感ないんだけどね」
『みんな最初はそういいますわ。いきなり聖剣使いなんて受け入れるのしんどいと思います』
大きな尻尾を揺らして
普段、事務所同士はライバル同士だが、雨と赤羽事務所のちびっこ達は歳も近い事もあって仲がいい。
今回の囮作戦に当たり、雨の護衛の人選は緊張をほぐす意味も込めてのものになった。
ただし、万が一の場合も考えて、見えない所に軍警の一部隊も控えている。
「でも、僕は嬉しいよ。お父さんとお母さんが残してくれたものが、この国を救えるかもしれないし。何より、莉桜さんと雪那さんの役に立てるのが嬉しい」
自身の背に背負った銃剣付きの長銃を肩越しに振り返り、雨は頬を引き締めた。
『雨はんは、莉桜はんと雪那はんに拾われたんでしたな』
「そうだよ。孤児だった僕を拾ってくれたのはあの二人」
「それ言ったら、僕達も似たようなものだよね。社長と東海林さんに拾ってもらったから今こうしていられる...」
かつて、孤児としてスラム街に埋もれる生活をしていた日々を思い出して貴兎は感傷に浸る。
同じような境遇の少年達は深く首を縦に振って頷いた。
ピクリと、それまで下に降ろして揺らしていた弦月の尻尾が、ピンと空を向く。
『おチビはん達、気いつけや...出るで』
弦月の忠告に、雨達は一斉に各々の武器を構える。
直後、四人の目の前、元々くらい影が更に濃さを増した。
地面がうねり、黒い革袋が幾つも浮かび上がった。
「怪夷⁉」
地面から突如発現した怪夷を前に、四人は頬を引き締める。
「辻斬りじゃなくて怪夷かよ」
「なんでもいいぜ、丁度退屈してたしさ」
薄い藤色の髪を揺らし、鎖鎌を構えて羊治は現れた怪夷に向かって行く。
「羊治!貴兎、結界展開」
「今やってるよ」
社長同様の切り込み姿勢の羊治が飛び出した瞬間、彼等の纏め役である虎之介は術式の得意な貴兎へ口早に告げる。
それに応じながら貴兎は懐から数枚の呪符を取り出し、呪文を唱えた。
自分達を覆うように淡い金の光が円状に広がっていく。
周りを囲う結界に、地面から湧きだした怪夷達の動きが先程よりも鈍くなった。
「雨、貴兎の傍で援護射撃任せた。俺は羊治と一緒に切り込む」
「分かった」
虎之介の指示に雨は背中に担いでいた長銃を構え、貴兎の傍に付く。
それを確認して虎之介は羊治に続いて自身も双剣を引き抜いて駈け出した。
黒い影の身体を揺らしながら、垂直に向かって来る怪夷を切り捨てて行く。
斬られた怪夷は霧に紛れるように霧散し、その場にはうっすらと影が残る。
(よし、僕も...)
先日覚醒したばかりの聖剣となった自身の愛銃を構え、雨は呼吸を整えた。
莉桜達には隠していたが、今朝から少し呼吸がしづらい。
薬は飲んでいるが、黒結病の症状が進行しているのかもしれない。
(でも、やらないと...)
決意を固め、結界を展開し、自身も銃を構えた貴兎の隣で雨もまた引き金を引いた。
銃口から噴き出したノズルファイア。
撃ちだされた銃弾が羊治と虎之介が取りこぼした怪夷の身体を貫き、霧散させる。
鎖鎌と双剣による近接攻撃と後方からの銃撃による援護射撃に、現れた怪夷は次々と倒されていく。
だが、結界を張ってなお、次々と現れる怪夷に、前方で直接怪夷と対峙する羊治と虎之介にも疲労の色が見えて来た。
「くそっ次から次へと...」
「羊治、無理すんなっ少しは自分の体力考え」
忠告しようとした虎之介の背後から、怪夷あが襲い掛かる。
それを間一髪のところで貴兎の銃弾が駆け抜け、怪夷を吹き飛ばした。
「油断するとやられるよ。それにしても...数が多い...」
弾倉を交換しながら普段大人しい貴兎にしては珍しく舌打ちした。
「雨、君も無理はしないように...雨?」
「はあ、はあ...うん」
隣で銃を構えていた筈の雨から、荒い呼吸音が聞こえてきたのに、貴兎は息を飲んだ。
「雨、君まさか」
「大丈夫、まだやれるから」
肩で息をしながら、自分を案じている貴兎に笑いかける。
けれど、笑みを浮かべた顔には既に冷や汗が滲み、蒼くなっていた。
具合が悪いのは明白だった。
「雨、君は下がって、それ以上術を使うとまずいよ」
「そんなこと言ってられない!僕だって、ようやく莉桜さんと雪那さんの役に立てるのに。こんな所で諦めたくない」
奥歯を食いしばり、雨は更に長銃を構える。
その様子を、雨の肩で見つめていた弦月が戦闘が開始してから初めて口を開いた。
『雨はん、あんさんの決意、しっかり見極めさせてもらいましたわ』
「え...弦月?」
唐突に脳内に響いてきた弦月の言葉に、雨は目を見張る。
『ほんま、そないなとこはお父はん譲りやな。最初は力貸そうか迷っとたんですが、わいも決意が固まりましたわ』
大きな尻尾をひょいっと揺らして跳びあがって狸の身体が、銀色に光り輝く。
『さあさあ、聖剣兄弟三男坊が弦月。主の為に人肌脱ぎまっせ』
銀色の光となった狸が雨が持つ長銃の栓単位ついて銃剣に吸い込まれていく。
直後、目映い銀色の光が辺りを照らし出した。
その光に照らされ、地面から湧き上がりかけの怪夷は一瞬にして消えて行く。
他の怪夷も目映い銀の光に動揺したようにその場で大きく身を揺らした。
銀色の光が長銃を包むと同時に、雨の中でも変化が起きた。
それまで息苦しく、呼吸をするのも辛かったのが、すっと楽になる。
黒結病を発症してから、ずっと気怠かった身体が、軽くなる。
それは、久し振りに感じる爽快感だった。
(ありがとう、弦月)
自分に力を貸してくれると決めた弦月に礼を言い、雨は再び銃を構えた。
銃口から放たれた銃弾は、銀色に輝き、怪夷の身体を撃ち抜いて行く。
その瞬間。怪夷は断末魔を上げてくっきりとした黒い影を地面に焼き付けて消え去った。
「雨...」
「すげえーそれが聖剣かよ!」
本領を発揮した雨の持つ聖剣の力に虎之介と羊治、貴兎は歓喜に沸いた。
「皆、一気に片付けるよ!」
雨の号令に三人の士気が上がる。
「おう、いくぞ羊治」
「オッケー」
それまでの疲労が嘘のように吹き飛び、虎之介と羊治は先程にもまして怪夷を切り捨てていく。
貴兎も二人の援護射撃を再開した。
四人の猛攻により、怪夷は数を減らしていく。
「こいつで、最後だ」
最後の一匹を前にした虎之介と羊治が、怪夷に向かって行く。
だが、二人の目の前に黒光る何かが飛来した。
「待って」
咄嗟の判断で雨がその黒い何かを銃で撃たな狩れば二人はそれに貫かれていただろう。
銃弾に弾かれ、カランと乾いた音を立てて地面に落ちたのは、黒い簪。
「...随分と派手に蹴散らしてくれましたなあ」
それは、おっとりとした女性の声。
だが、その声音には何所か寒気が宿っていた。
カラン、コロン、とぽっくりと呼ばれる高下駄を鳴らし、暗闇の中から現れたのはきらびやかな着物を纏う、女性。
その姿は花街で色を売る花魁と呼ばれる女性達が身に纏う着物だった。
「まだお子様やないの...まあ、警告くらいはしましょうかね」
鮮やかな紅を引いた唇に、不敵な笑みを浮かべ、花魁は大きな扇子を広げた。
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