第三十話
午後二時。
軍警本部のある中之島の庁舎には多くの情報屋事務所の面々が集まっていた。
今回呼ばれたのは、事務所の所長とその事務所の主要な執行人達。
雪那は今回は莉桜だけを連れて庁舎に赴いていた。
集会の行われる講堂に集まった執行人達は集まった順に講堂に並べられた椅子に腰を下ろして行く。
講堂の中が人で埋め尽くされた頃、講堂の一番奥にある教壇に軍警の隊長である斎藤一や副隊長の永倉新八などの面々が姿を見せた。
教壇の上に声を拡張するための術式を展開して斎藤は集まった執行人達に呼びかけた。
「諸君、ここに君達を集めたのは他でもない、今朝の新聞の事です」
単刀直入に切り出された斎藤の発言に誰もが納得していた。
「諸君も分かっているとは思いますが、案内人が辻斬りに遭うというのは本来はあり得ない事です。新聞ではそう書いてありましたが、被害者は執行人です」
やっぱりと、その場に集まった執行人の誰もが内心納得した。
以前から流れていた辻斬りの噂。
それが、ついに犠牲者を出したのである。
辻斬りの噂にしても、これまで軍警は否定も肯定もしてこなかった。
それを今回公言したという事は、この現状を軍警が重く見ている事の現れだった。
「そこで、諸君にこれよりお触れを出します。この逢坂を騒がす辻斬りを見つけ出し、捕獲、それが難しければ討ち果たしても構いません。必ず、首を持ち帰って下さい。今回の件は軍警からの直接の依頼です。報酬は勿論、辻斬りを捕えた者の事務所の功績に箔が付けます」
軍警からの直接の依頼。
その条件にその場に集う執行人達はざわめき歓喜した。
軍警のお墨付きがもらえれば事務所としては安定して名を売り出せる。
報奨金はもとより、名誉を得られるという点においてその報酬は大きかった。
「逢坂の名誉の為、諸君の働きに期待します」
斎藤の言葉が終った瞬間、その場の椅子に腰かけていた全員が立ち上がり、ほぼ同時の動いて敬礼をした。
「詳しい報酬の額や条件はこれから配る書類に記載してあります。各自確認するように。尚、今回は特例ですので事務所同士の共同戦線も視野に入れて下さい」
斎藤の話が終り、執行人達に二枚綴の書類が配られる。
それは漏れなく莉桜と雪那の元にも行き渡る。
「雪那...顔...」
書類に書かれた報奨金の額を見るなり、雪那の顔が色めきだす。
今にも涎を垂らしそうな緩んだ顔に莉桜は呆れた。
「は、ごめん、つい金額に目が...」
「あんた、仮にも公爵令嬢やろ...もう少し淑女らしくしたらどうなん?」
「今更淑女もないよ。それより、情報提供だけでも今回は報酬になるのか...よし、莉桜、一緒に頑張ろう」
「了解。どうせ私一人じゃ情報集めはしんどいし...ここは、古巣の力を借りますよ」
「うちとしては莉桜がいてくれた方が心強いし、このまま秋津川所属に戻る?」
「却下」
雪那の誘いを莉桜はきっぱり断る。
こればかりはどうにも譲れなかった。
「これから当面は夜の巡回私も出るよ。編成は追って連絡頂戴」
「分かった。二人一組の編成でいいよね?」
怪夷戦の基本人員は二人一組だから問題はない。ない筈なのだが、莉桜は頷くまでに少し間をおいた。
「...任せる」
自分から視線を逸らして応える莉桜の態度に雪那は、内心苦笑する。
「...人選、善処はするよ」
「そうして」
短く言い放つ莉桜の言外に拗ねたような気配を感じて雪那は困ったように笑った。
「まだ、気にしてるの?」
「違う、私の体質知ってるでしょ。もし交戦になった時困るから、なるべくなら補佐役が欲しいだけ」
小声で莉桜は自分の考えを雪那に話す。
それを聞いて雪那はなるほど、と呟いた。
「確かにそれは考慮しておこうかな」
雪那の配慮を取り付けた莉桜はホッと息を吐く。
「まあ、今回は秋津川事務所の一員として頑張るよ」
「ありがとう、期待してる」
願ってもない申し出に雪那は笑みを零す。それを横目に見て莉桜は、口許に笑みを浮かべた。
『あさか』へと戻り、莉桜は夜間の巡回に備えて仮眠を取った。
『莉桜、莉桜』
ペシペシと、莉桜の頬を小さな前脚が叩く。
その小刻みな振動と、脳に直接語り掛けてくる声に導かれ、莉桜は目を覚ました。
「ん...今何時...?」
ごろんと、ベッドの上で寝返りを打った莉桜は枕元にいる三日月に訊ねた。
『五時』
短い答えに莉桜はぼんやりと天井を見上げた。
三日月に礼を言って頭を撫でながら莉桜はベッドの縁に身体を起こした。
少しぼんやりとしている視線で窓の外を見る。
夏の日の夕暮れはいまだ斜陽は地平に至らず、蒸気都市を赤く染めていた。
もう何度も見て来た緋色の空。
この空の下で、何かが動こうとしているのは莉桜にも分かっていた。
「辻斬りか...」
一体、何を目的に犯人は人を、執行人を襲ったのか。
(その辺を調べれば、何か分かるかな...)
胸中で思考を巡らせた莉桜は、三日月を両手で掬い上げた。
「三日月、あの人に連絡とってくれる?」
『珍しいね、自分から莉桜が動くの』
鼻をヒクヒクと動かして三日月は莉桜の頼みに小首を傾げる。
「こんな大きな事件やからね。もしかしたら、見つかるかもしれないやろ?」
莉桜の不敵な視線に、三日月はその意図を察した。
『分かった...その前に、雪那から文書術式届いてるから確認した方がいいよ』
文書術式と聞いて莉桜は、先刻雪那が言っていた巡回の編成を送ってきたのだという事を理解した。
三日月が莉桜の前に術式の陣を展開する。
展開された陣に雪那から送られてきた書状が浮かび上がる。
そこに記された表を見て、莉桜は唇を噛み締めた。
「雪那の奴...」
眉間に皺を寄せて呻いた後、莉桜はがくりと項垂れた。
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