8ー7 イフリスの顕現

 俺は、ハワベル砂漠で待っていた。

 やがて俺の脳内センサーで、東南東の空にエベステリオスを捉えた。


 そのまま上空を通過されると困るので、最初の迎撃に入った。

 第一弾は、上空からの空気圧縮弾と重力魔法である。


 脳内センサーによる位置決めでの同時発動で、狙い違わずエベステリオスに命中した。

 一瞬、エベステリオスの抵抗があって力が均衡したかに見えたが、すぐに均衡が崩れ、すごい勢いでエベステリオスは地面に激突した。


 ハワベル砂漠は、砂漠とは言いながら砂の砂漠ではなく、どちらかと言うとアルゼンチンのパタゴニアに似た雨の少ない不毛の荒野の大地であり、瓦礫が目立つ場所だ。

 そこに上空200mぐらいから凄い勢いで叩きつけられたのだから、普通の人間ならひとたまりもないはずなのだが、・・・・。


 生憎と奴は人を辞めていたようだ。

 固い地面にマンガのように人型の穴を残しながら起き上がり、50尋ほど離れている俺を睨みつけている。


 相手がどんな能力を持っているかわからないから先手必勝とばかりに、アセチレンガスと酸素で青い業火を奴の周囲30mに放った。

 ついでに逃げられないよう結界を張って奴を閉じ込めた。


 10分ほど経過して炎が消えた。

 これ以上やっても奴の火炎耐性が高ければ意味がない。


 で、案の定というか奴は無事だった。

 それまで法衣というか神聖王国の侍祭の服装を着ていたのだが、一旦は地面にたたきつけられて泥だらけになり、あちらこちら衣装が破れていたが、青い業火の所為で衣類は焼き尽くされて今は素っ裸だ。


 何故か男のシンボルをおったてて、心身ともにいきり立っている。

 身体は焼けてはいないが、温度の高い業火で焙られて灼熱の鉄のように真っ赤だ。


 次いで俺からの怒涛の三発目。

 今度は液体窒素を大量に浴びせかける。


 周りは一瞬のうちに凍てついてゆく。

 霧が晴れると凍り付いた奴が立っていたが、ピシピシと表面にひびが入り、奴が姿を現した。


 結構ふさふさとしていた髪がバリバリと折れて根元から落ちたし、皮膚もまるで身体についた垢のように崩れ落ちる。

 その肉体さえも本来ならば凍てつき破壊されるのではと思っていたのだが、生憎と予想と違った。


 奴は人とも思えないような咆哮をあげると両手を天に突き上げた。

 途端に青黒い妖気が奴を包み、身体が膨張し始めたのだ。


 瞬時のうちに、目の前には神話に出てきそうな巨大な青黒い皮膚の魔人が立っていた。

 明らかにエベステリオスとは異なっており、精悍な表情を見せる異種族だ。


 何せ頭には二本の曲がった禍々しい角が生えている。

 こいつは最後の手段を使うしかないかなと俺は覚悟していた。


 一応確認のために尋ねてみた。


「お前は何者だ?」


 目の前の巨大な異種族は尊大な口ぶりで言った。


「お前の今生の別れに教えてやろう。

 我が名は、邪神イフリス。

 我の欠片を持つ身が滅びた故に分身を顕現させた。

 ようもようも、したい放題のことを我にしてのけたな。

 見たことも聞いたこともない魔法であったが・・・。

 さすればお前がジェスタの大魔法師と呼ばれるファンデンダルク伯爵なのか?」


「さて、その二つ名は知らないが、・・・。

 いかにも私がリューマ・ヴィン・アグティ・ファンデンダルクだ。」


 にやりとイフリスが笑い、傲然と言った。


「なるほど、出迎えご苦労。

 お前を殺しに行く手間が省けた。

 お前を殺した後でジェスタ王国を焼け野原にしてやろう。

 何か言い残すことは無いか?」


「一つ聞きたいのだが、先ほど欠片と言っていたが、エベステリオスがお前さんの欠片の保持者だったことはわかったが、もしやほかにもいるのか?」


「そのようなことをお前に教える義理もないが、まぁ、死出の餞しでのはなむけに教えてやろう。

 我の欠片は五つに割れて、五大陸に散らばっておる。

 この大陸を席巻したならば、別の大陸に出向いて合流するつもりだったが、あるいはこのような予期せぬことが起きるならば事は早めねばならないかもな。」


「なるほど、有益な情報をありがとう。

 ところで、お前さんはその欠片の一つが顕現したみたいだけれど、そいつが失われれば、邪神の完全再生はできなくなるのかな?」


「フッ、できもせぬことを。

 確かに欠片がこの世からなくなれば我の完全再生はできぬな。

 じゃが、この欠片は不滅のもの。

 如何なる攻撃であっても失われることは無い。

 それよりも自分の命の心配をしろ。

 今度はこちらから行くぞ。

 一発で消し飛ぶなよ。」


 そう言ってイフリスは魔法を放った。

 何せ身長が10mを超える巨人だ。


 放つ魔法もでっかい。

 最初にぶっ放してきたのは火と風の合成魔法だったが、規模がでかい。


 一瞬で俺の立っている地点を中心に百メートルほどの範囲で火炎旋風が巻き上がった。

 俺はといえば、多数の属性魔法の合成による多重結界を張って防いでいる。


 おそらくはかなり熱いのだろうけれど、多重結界のお陰で俺は何も熱さを感じていない。

 一分ほど続いた火炎旋風が収まって、明らかにイフリスが驚いていた。


「なるほど、先ほど青い火炎を魔法で放ってきただけのことはある。

 どうやら、お前も火炎に強いらしいな。

 では第二弾と行こうか。」


 奴が魔法の呪文を唱え始めた瞬間、俺は奥の手を発動した。

 正直なところ、これが通用しなければ手の打ちようがないんだ。


 奴を滅ぼすためにまさかこの大陸や星ごと吹きとばすわけにも行かないだろう。

 俺が使ったのは極小のブラックホールと亜空間だ。


 奴を多重結界で覆われた俺の亜空間にアポートし、その中に特異点であるブラックホールを発生させた。

 性質上、ブラックホールはその特異点に何もかも飲み込んでしまう。


 光とて逃れられないブラックホールから奴が逃れる術はないはずだ。

 ブラックホールの重力が奴に効くかどうかを確かめるためにも、一旦は、飛行中の奴を重力魔法を使って地面に叩きつけたんだ。


 その後も重力魔法をかけ続けることは不可能ではなかったが、重力魔法だけで奴を抑えられるとは思えなかったので、次の攻撃である「青い業火」に移っただけだ。

 今回は奴の体内にブラックホールを出現させている。


 だから奴が仮に亜空間の外に転移ができたとしても、ブラックホールは常に奴の中心に付きまとう。

 イフリスは慌てふためきながらも様々な魔法を発動して抵抗していたが、亜空間の牢獄からは逃れられないし、徐々にその身体は収縮を始めていた。


 10分後、奴は極小の特異点に吸い込まれ、多分この世から消えた。

 問題はブラックホールの扱いなんだが、このまま亜空間から出すと、いずれこの世界もブラックホールに飲み込まれてしまうかもしれない。


 従って、やむを得ないから俺が亜空間内に多重結界を抱えたままで、ブラックホールを保管しておくしかない。

 なにも無い俺の亜空間の中では、ブラックホールもそれ以上成長しない・・・と思うんだが、どうなんだろうね?


 万が一、状況が悪い方に変化するようであれば、飛空艇を改造して宇宙船を作り、他のブラックホールを探しに行ってそこに放り込むしかないかもね。

 そうして、残りの邪神の欠片なんだが、別の四大陸に分散しているらしい。


 イフリスがいつから動き始めたのかは不明だが、少なくともエベステリオスが動き始めたのは50年前以後のことだろう。

 奴の年齢は記録で見る限り56歳、6歳の時期に特殊能力を見いだされて神聖王国のカルデナ教団に引き取られたようだ。


 残された記録から見る限り、侍祭として動き始めたのは40年ほど前からで、これ以後教団に大きな力を及ぼしていたように思える。

 邪神の欠片と言うぐらいだから、そもそも邪神本体があったのだろう。


 それがいつしか討伐されたか何かして、邪神の中核を成す魔石が五つに割れてこの世界に散らばった可能性があるのだが、この件は幼女神様に一度尋ねてみるしかない。

 少なくともここ七千年以内に起きた事柄ならば教えてくれるだろう。


 後は別大陸の邪神の欠片を探しに行くかどうかだが・・・。

 ウィルマリティモでいずれ交易を始めるので、それから徐々に調査を進めるつもりでいる。


 やみくもに動き回っても隠匿されているやつは中々見つからない可能性が高いからな。

 少なくとも、俺は当初エベステリオスの異常な魔力量に気づかなかった。


 俺の監視ゴーレムが、法王や枢機卿やらにくっついていたおかげで、間近に来たエベステリオスの魔力の異常性に初めて気づいたのだ。

 おそらく隠ぺいをかけている能力者については、通り一遍の索敵では発見が難しいんだろう。


 先に成すべきは、ウィルマリティモでの軍用船と交易船の建造であり、その上でできる限り早く大陸間の交易を手掛けることだろう。

 それにより情報も集まり、目途も付けられるかもしれない。


 あ、俺の陞爵なんだが、一月後に辺境伯に任ぜられることになった。

 デュホール・ユリ戦役での功績、シタデレンスタッド及びウィルマリティモ両都市の建設、塩の精製、海上交易路の開発を手掛けていることなどが総合的に評価されたものだ。


 国王や宰相の意向としては一挙に侯爵への陞爵も案としてあったようだが、それについては今後交易の開始に伴う貿易量の推移を見つつ、功績を見直すことで関係者間の合意が得られているらしい。

 そもそも俺は伯爵になって三年余りしか経っておらず、辺境伯にだって陞爵するのが速すぎるくらいなのだ。


 コレットを娶ったことで、王家の末端を担っているとはいえ、早すぎる陞爵は周囲から妬まれるだけでメリットは少ない。

 それよりは、誰しもが認める状況で陞爵した方が望ましいだろう。


 ところで、今回のハワベル砂漠での戦いは、遠目ながらも、とある商隊に目撃されていたらしい。

 遠すぎて誰が居たのかまではわかっていなかったようだが、俺の第一撃でエベステリオスを地面に落とした時、この地方では起きないはずの地震が起き、商隊の者を驚かせたらしい。


 次いで第二撃の青い業火もしっかりと目撃された上に、第三撃の液体窒素の攻撃も目撃されたようだ。

 盛大な火炎の後に、凍てつく氷原が一瞬にして生じれば異常を感じ取るのは当たり前だ。


 それからすぐに10mもの身長を持つ魔神像が荒野に忽然と現れれば、誰でもおかしなことが起きていると気づく。

 更に火炎旋風が起きて、その後一瞬の間に魔神像が消えたところまでしっかり見られていたようだ。


 俺はその後すぐに転移で俺の屋敷に戻ったから、俺の姿を見分けられる近くで確認した者は居ない。

 おそらくは点状の人影を見ただけだろう。


 それでもその後、ハワベル砂漠の魔神出現が暫く市井の噂となり、尾ヒレ端ヒレがついて、ジェスタ王国にまで伝わってきたのは別の話だ。


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