サメぬい・パニック

「えっ、街にサメが?」


「ええ……厄介なサメが、この街のどこかに……」


 依頼人の言葉に、わたくしは思わず眉をしかめる。


 隣に座るお姉様は特に身じろぎせず、落ち着いた調子で効く。


「それで、なんでウチに来た? ウチらは害獣駆除業者ではねえんだが」


「それが……ただのサメではないんですよ」


「……というと?」


「そのサメ、私がひとりかくれんぼに使ったサメのぬいぐるみなんですよ」


「ひとりかくれんぼに使ったサメのぬいぐるみ…?」


 お姉様は訝しげに依頼者の男性を見つめる。これは仕方ない。


「ひとりかくれんぼでサメぬい使ったら面白いかなと」


「なんだその、ハッパキメた映画プロデューサーみたいな理由は……」


 今回の依頼者は鮫島普可雄さめじまふかお二十三歳。


 暇を持て余して家具チェーン店IKAOのサメぬいを使ってひとりかくれんぼをしていたら、なんとサメぬいが忽然と姿を消したらしい。そこから、サメパニックの定石を予感して、こうして佐倉さくら霊能事務所を訪ねたとのこと。


「金は?」


「あっはい……前金ですね……」


 鮫島が横の黒いリュックから封筒を取り出す。お姉様は中を覗いて、にやりと笑った。


「サメぬい相手にしては、悪くねえな」


「そりゃ、ひとりかくれんぼは危険な降霊術でしょう?」


「危険だと分かってて、どうしてそんなものやったんですか?」


「面白いと思ったので……」


 やはり、全く理解できなかった。




 そうして、次の日から調査が始まった。


 わたくしはお姉様からもらったあんパンを一度呑み込んでから訊く。


「お姉様、こんなチンケなお仕事をやるのですか?」


「一応、金は貰ったからな」


「金ならわたくしがいくらでも出しますのに」


「バカいえ、誰がお嬢のペットになるか」


 メガネ拭きで拭いたサングラスを掛け直し、お姉様は牛乳であんぱんを流し込む。


 わたくしたちはいま、街でサメぬいを探している。


 その流れで、わたくしはお姉様にノリノリであんぱんと牛乳を渡された。いつの時代の刑事だと思いながらもそれを受け取り、今に至る。


「こういう時にしかできないからな。前からやってみたかったんだよ」


 まあ、お姉様が楽しそうなのでいいのだが。


 サメぬいをよそに、目の前のショートボブの後頭部を視線で追う。


 わたくしがお姉様と呼んでいる、佐倉魔薙さくらまなというこのお方。


 一年ほど前に妖斬橋あやきりばし財閥ざいばつで極秘裏に発足した対霊プロジェクトにてご協力いただいている、弱冠十六の天才霊能者だ。そしてわたくしは、自らの意思で彼女の弟子兼助手を務めている。


 ふと、お姉様がこちらへぐるりと振り返って訊いた。


「なあおい、椿妃つばき


「なんです?」


「陸のサメって、どうやったら出るんだろうな?」


「手がかりもなく適当に歩いてたのですか?」


 驚きのあまり、けなしたような言い方になってしまった。思わず手で覆って口をつぐむ。


「ナイスツッコミ」


 お姉様はそれを特に気にすることなく、けらけらと笑う。


 安堵しつつ、そんな呑気な調子に呆れてから、こほんと咳払いして気を取り直す。


「普通のサメなら……微弱の電気や血の匂い、というところでしょうか?」


「ひとりかくれんぼで降霊したサメぬいは?」


「人生で一度もお目にかかったことがないので、分からないですね」


 お姉様はまたもふき出した。こんな調子で、大丈夫なのだろうか。




「ある映画で、サメが砂に潜っているという一例があります」


「お嬢のくせに、そんなスカムなパニック映画見るのかよ」


「お嬢関係ないですし……普通に、同級生に見せられただけですから」


 そんな言葉を交わしながら、公園の砂場を見ていく。特にこれといったものはなかった。




「普通に水のあるところとか」


「サメは海水でしか生きられねえはずだが?」


「サメ映画のサメに常識なんか通用しませんよ。しかも、サメぬいでしょう?」


 池や川などを見ていったが、またも特にこれといったものはなかった。まあ、中に米を入れたサメぬいが川を泳ぐわけがないか。


 お姉様が一緒じゃなかったら、ここで依頼を投げてたところだ。それでも、お姉様の助手である以上、ここでさじを投げるわけにもいかなかった。




「サメは水着の女性を襲う傾向がありますね」


「誰もいねーじゃん」


「そりゃ、五月ですし……」


「……脱いでみるか?」


「お姉様が脱いだら考えますよ」


 誰もいない海水浴場で、お互い服を脱がせようと必死に取っ組み合う。


 もちろんサメぬいはまるで出てこなかった。それに、わたくしたちは水着なんか着てきていない。もしここで脱げば、わたくしたちは公衆の面前で下着姿を晒すことになる。


 結局、お互い恥の方が勝ち、どちらも脱ぐことはなかった。




 結局、お姉様の友人を伝手に、トモコという霊に来てもらった。


『降霊したサメぬいの捕まえ方?』


 霊感補聴器越しに、幼い声が聞こえる。霊視ゴーグル越しに、黒ずくめのドレスの少女が見えた。


『バカじゃないの、その依頼者。あなたたちも、なんでそんなもん受けたのよ』


「……ごもっともです」


 同じく補聴器とゴーグルを着けて聞いていたお姉様は、少しムッとして続ける。


「とにかく、サメぬいをおびき寄せる方法はねえか? 一応、入ってきた仕事だからさ」


『……たしか、あなた対霊アイテム作ってるんだっけ?』


「ああ、まあ……」


『専用のレーダーとか、作れたりする…?』


「レーダー……?」


 そうして、わたくしたちはトモコの話を聞いていった。




 トモコの指示で、対霊探知アプリを数日かけて急遽きゅうきょ開発した。


 対霊プロジェクトは秘密裏のため、お姉様と私だけで必死にプログラミングした。たかがサメぬいひとつのために、だ。


「……時間の大切さがよく分かりますね」


「金はもらえるだろ」


「別にあんなはした金、わたくしならいくらでも出せますし……」


「クッソ、お嬢めっちゃ腹立つな……」


「お嬢でもなんでもいいですよ。いつだってお姉様を養える立場ですから……」


「……絶対養われんからな」


 お互い事務所の机に突っ伏しながら、互いの拳をコツンとぶつけ合う。


 対霊探知アプリ『サメぬい Ver.5.0』のレーダー機能を使い、街中で降霊したサメぬいを探す。そのうち、レーダー内にサメぬいの3Dモデルが表示される。


「いた! サメぬいだ!」


「サメぬいを倒しましょう! これでようやく、仕事も終わりですね!」


 わたくしたちは変なテンションで、画面のレーダーに従ってサメぬいを追っていく。


 そうして、目的の場所に着いた。


 のだが……


「……菊乃きくのの家じゃねえか」


「えっ、大丈夫なんですか……?」


「一応れいがいるから、まあ……」


 そうして、お姉様の友人である菊乃さんの家のチャイムを鳴らす。すぐに扉が開くと、長い髪を垂らした大人っぽい雰囲気の人が出てきた。


「はい……あっ、魔薙と——」


「助手の椿妃です」


「ああ、最近できた助手の! で、どしたの、いきなり? 遊びに来るなら言ってくれたら——」


「サメぬいを出せ」


「は……?」


 呆気に取られた菊乃さんに対し、わたくしが代わりに説明する。


 説明を終えると、思い出したようにぴんと指を立てた。


「ああ、そういえば拾ったよ。ダンボール箱に入ってて可哀想だったから……」


 サメぬいがダンボール箱に入ってて、突っ込まなかったのだろうか。捨て犬とは違うだろう。


 そんなツッコミを入れる間もなく、お姉様が俄然がぜんとして躍起やっきになる。


「あれは降霊したサメぬいだ! 今すぐに燃やすぞ!」


 何かを感じて、菊乃さんがすぐに手で遮る。


「えっ、そんないわく付きなの、あれ?」


「ひとりかくれんぼに使われたサメぬいだ」


「ひとりかくれんぼにサメぬいを?」


 よかった、そこはまだ普通の感覚だった。


 どうにか上がらせてもらい、二階の菊乃さんの部屋に入る。視線の先ではペンタブが勝手に動いていた。


「あっ、そこにいるのは同居人の令ね。私の親友で恋人の子」


 平然と紹介されたが、どうにか呑み込む。ここらへんは、お姉様から一応聞いたことがあったからだ。


「それで、サメぬいは……」


「あっ、これね、これ」


 菊乃さんが、ベッドの上に乗ったサメぬいを持ち上げて見せる。


「サメのくせに犬みたいに鳴くから、なんかおかしいとは思ってたけど……」


 改めて思うが、どうしてそんなもの拾ったのだろう。


 そう思っていると、お姉様が除霊小刀を取り出す。


「ちょっと! 魔薙!」


「ひとりかくれんぼのルールで処分する」「可哀想だよ! 元は普通のサメぬいなんだから!」


 菊乃さんが小刀からサメぬいを庇う。はたから見たら、とてもシュールな光景だ。


『魔薙さん! なにしてるんですか!』


 サメぬいVer.5.0を起動したスマホから声が聞こえる。ARモードに切り替えてカメラ越しに見回すと、肩口ほどの髪の制服を着た女の子が映った。


 あの人が、話に聞いていた令さんか。確か、2年くらい前に死んだとかなんとか……


 彼女は画面越しに、お姉様の身体を羽交い締めにする。サメぬいを狙うお姉様を中心として、なんとも混沌と化している。


「椿妃! お前も手伝え!」


「えっ……」


「こいつを生かしてはおけないだろ!」


「そ、そうです……かね……?」


 カメラ越しにサメぬいを見る。


『クゥーン……』


 犬の鳴き声のようなものが聞こえて、耳を疑う。


『クゥーン……』


 繰り返された声は、確かに犬の鳴き声だった。


「犬だ…」


 混乱しながら、わたくしは思わずそう呟いていた。




 二人でとぼとぼ、事務所へと帰る。


「結局、わたくしたちの努力はなんだったんでしょうね?」


「まあまあ、焼かなくて良かったじゃねえか」


「率先して焼こうとしてたのは誰ですか?」


 結局、あのサメぬいは菊乃さんが責任持って飼うことになった。いざという時にはお姉様を呼ぶ約束だけして、今に至る。


「サメパニックの定石、結局なんだったんですか」


「まあ、中身は犬だしな…ひとりかくれんぼの場所がフカヒレ工場だったら、また話は違ったかもしれなかったな」


「まあ被害者出てないのは良かったですけど……とりあえず、これで『処分した』という報告して終わりですかね?」


「おう、そんな感じ」


 徒労だったと、改めてため息をつく。


『サメぬい Ver.5.0』を開いてみる。結局これはなんだったんだろうと思いながらマップを確認すると、反応がいくつもあった。


「えっ……」


 気になって、ARモードを起動。画面に突然、ボロボロの身なりをしたゾンビのような男が映る。


 一瞬、声が出そうになる。どうにかそれを抑えて、そっとアプリを閉じる。


 わたくしはなんとなく、お姉様に訊いてみる。


「お姉様、霊能あるんですよね?」


「…まあな。部分的には、菊乃や母さんには劣るけどな」


「その…怖くないんですか?」


「怖いよ」


 即答されて、思わず反応に困ってしまう。それに構うことなく、お姉様はそのまま続ける。


「怖いと思うから、なおさらウチらみたいなのが動かなきゃなって思うんだ」


「……そうですか」


 その時のお姉様の笑顔は、夕陽のせいかとても眩しかった。


 初めてお姉様を見た時、わたくしはこの人だと思った。


 そうして、はじめのビジネス上の関係から純粋な憧れへと変わり、弟子兼助手を自ら志願して。


 やはり、今でもこの人についていきたいと思う。


 あと、大枚はたいてでもわたくしに養わせて、二度とこんな阿呆な依頼を受けさせないようにしたい。


 そっと腕を包むように、お姉様に腕を絡ませる。


「なんか企んでるなら、普通に無駄だかんな」


「別に、わたくしには普通の距離感ですし」


「……そうかよ」


 お姉様はそっぽ向いて嘆息し、こちらへと腕を預けてくれる。わたくしは少し驚きながら、それに甘えて身を寄せた。


〈了〉




またツイッターで書いたやつの加筆修正版です。


実はもう本編の方ができたのですが、先にこのエピソードを出しておきたかったなと。主に椿妃と魔薙の関係まわりの話なのですが。


今回はギャグ回みたいな感じですね。最初から最後まで馬鹿馬鹿しい会話しかしてないという…


どのみち、霊能者組は特にキャラ付けを二次元寄りにしてるので、たとえ普通にメインでやってもホラーにはならないなと。それはそれとして、優秀な弟子ができたことでチャラチャラした一面の見えるようになった魔薙と、苦労人になった椿妃のタッグは書いててとても楽しい。


次は本編を投稿予定ですが、実はまだあとひとつSSが残ってるので、それもそのうち投稿します。そっちはまた、令と菊乃の話になると思います。

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