ウエディング・ヘル(その10)

 結婚式。

 それは人生を供にする事を決めた新郎新婦が愛を誓い、親族を始め様々な者たちが祝福する実にめでたい祝い事である。

 居並ぶ誰もが笑顔で新たな門出を迎える二人を祝福するというのが通例だろう。

 だというのに……


 式へ参加予定の来賓が集まるこの部屋には、戦場のような緊迫感が張り詰めていた。

 新郎であるシャドウエルフの王、ミディールの喉元には大鎌の刃がヒタリと当てられており、その柄を握る死神を武装したエルフの兵がぐるりと囲んでいる。

 自分たちの守るべき王が、相手に生殺与奪の権を握られていて、次の瞬間にも命を失いかねないといった状況にあっては、この張り詰めた空気も無理はなかった。

 どこからどう見ても完全に修羅場だ。

 正に一触即発。

 歓談が行われているはずの結婚式の待合室は、今や国際紛争最前線な現場と成り果てていた。


「死神よ、もういい。鎌を下ろせ」


 誰もが次に何が起こるのか、固唾をのんで見守る中で魔王がゆっくりと歩み出て口を開く。


「………」


 依然変わらずミディールの喉元に大鎌の刃を押し当てている死神が、双眸に灯す赤い炎を揺らめかせて押し黙る。

 魔王国において唯一死神に命を下すことのできる存在、それが魔王だ。

 魔族の価値観は単純明快、弱肉強食だ。

 弱者は強者に従う。

 魔界最強と謳われていた先代魔王が死して尚、死神が客将として留まる理由は、単純に魔王が死神より強いからだ。

 少なくとも、かつて魔王の座をかけて現魔王と殺し合った時点では。


「この通りだ」


 そんな魔王が、死神に向かい深々と頭を下げた。


「……チッ」


 しばしの逡巡の後、死神が舌打ちをした。いったいどこに舌があるのか疑問ではあるが。


「わあったわあった。わかりましたよ」


 数少ない自身が力を認める存在から頭を下げられ、降参だ、とばかりに死神が大鎌の刃をミディールの首元から退ける。

 鎌を下ろした後も槍や杖をこちらへ向け続けているエルフの騎士たちを、死神が一瞥した。


「で、今度はお前らに鎌を向ければ良いのか?」


 愉快そうにケタケタと嗤いながら、死神がゆっくりと大鎌を担いだ。


「いいぜぇ、来いよ。遊んでやるよ。折角俺に殺されるんだ。スケルトンでもゾンビでもゴーストでも、死んだ後になりたいアンデッドをニッコリ笑ってリクエストしてみろや。この死神がお前らの将来の夢、叶える手伝いしてやんぜぇ~?」


 寒気のするような気迫に圧され、杖や槍を向けていたエルフの騎士たちが後ずさった。


「死神……」


 魔王が死神の肩に手を置く。


「はいはい、わかってますよ魔王様。ちょっとからかっただけですって。本気じゃないですよ」


 そう言うと、死神は向けられた槍や杖の事など何も構わずに後ろへ下がり、部屋に置いてあった彫刻をかじっているペケ子の下へと向かった。


「あー、嬢ちゃん! ケルベロスの頭全部食っちまったのか! それだと誤魔化し効かねーだろ! どーせ請求後でウチにくんだぞこれ!」


 元は三つ首の勇壮なケルベロス像だった残骸になおも噛り付くペケ子を、死神がたしなめる。


「ゲハッ、ゴホッ!」


 鎌を喉から外され、床にうずくまり荒い息をしているシャドウエルフの王が立ち上がる。


「薄汚い地上を這いまわるドブネズミ風情が、よくも無礼な真似をしてくれたな! 覚悟はできているんだろうな!?」


 怒りに顔を赤く染め、地底のエルフを束ねる王が怒鳴り散らす。

 エルフの王の怒りを受けた魔王は、特に反発することも無くひざまずいた。


「ウチの者が大変申し訳ない事をした。この償いは後で必ずさせてもらう」


 床にひざまずき、頭を垂れる魔王を見て、ミディール王がしばし押し黙る。


「式の終わりにでも、また詫びの品を送らせてもらう。あなたの心を鎮めるのにどれほどの黄金が必要かはわからないが、この魔王国を束ねる王の名に懸けて必ずや償いを果たそう。この度はめでたい祝宴に水を差してしまい、本当に申し訳ない。この通りだ」


 追って、義理の父であるザンフラバもまた魔王の隣で同じように膝をつき、頭を垂れた。


「ミディール王。心中お察ししますが、今日は我が娘のハレの日でもございます。どうか寛大なご判断を」


 頭を下げる魔王とダークエルフの王を見て、居並ぶエルフの騎士たちの間で感嘆の声が上がる。

 地上を束ねる王達が、地底のエルフを束ねる王にひざまずく。

 それはある種、象徴的な光景であった。

 魔族を束ねる魔王に膝をつかせてやや溜飲を下げたのか、ミディール王が槍や杖を構えるエルフの騎士たちを下がらせた。


「魔王よ。本来ならば万死に値する所だが、我が義理の父ザンフラバ殿の頼みでもある。この場はこらえよう。私の怒りが収まるかは、この先の貴様の詫びの品次第だ。せいぜい金をかき集めておくのだな」


 床に伏す魔王を見下し、ミディールが騎士たちを連れて退席する。

 その途上で口元を押さえて成り行きを見守っていた、ように参謀の手により操られていたラウレティアに微笑みかけた。


「おいで、わが愛しき妻よ。そろそろ式典が始まる」



ウエディング・ヘル(その10)……END

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