木曜日「援交百合」
第1話「恋を隠し、愛を知らない」
「今日は、よろしくね、一美ちゃん」
指定された場所に行くと今日の顧客、たしか千尋といったか、がしどろもどろに話し出す。ぎこちないし、辺りをチラチラとうかがっている仕草を見るに、この人は自分の恋愛対象に引け目を感じているのだろう。そういう相手には、自己肯定感を与える。そう知っている。
「そんなに緊張しなくても、誰も千尋ちゃんを否定なんてしないよ。少なくとも私は、この交際が、本当だったらって、思うな」
そう言って私は、薄っぺらい笑みで媚びを売る。心にもない嘘偽りをペラペラと並べる事に、私はなんの躊躇いも感じなかった。私はそれだけでお金が貰えて、この人は幸せな時間を過ごせる。これをギブアンドテイクの上手な関係ではないか。
「そうだといいな。私、惚れっぽいから」
そう言って苦笑する千尋の顔は、寂しそうで、それでも頑張ってその寂しさを閉じ込めてるようで、見ていられなかった。
「じゃあ、今日だけじゃなくて、もっと会おうよ。安くしておくからさ」
まだ会って数分なのに、私は考え無しにそんな事を口走っていた。それも、いつもの感情のない冷ややかだといつも言われる声で。
「いつも、そうなの?」
驚いたように千尋は聞く。それは、こんなに早く稼ぎのためにリピート要求するのかという疑問か、あるいは普段の私の口調がこうなのかという疑問か。いまいち答えを出しかねる。
「演じなくていいのに」
私に慰めのつもりなのか、そんなことを千尋は言う。そんなこと、そんなことか。
「そうした方が、稼げるから」
正直に言い、私はその場を去ることを心に決める。こんなので、援助交際も何もできたものじゃない。失敗だ。
「待って。この交際が本当だったらってのも、嘘なの?」
今更何を聞くかと思えば、そんな事か。当然嘘だと言おうと思ったが、嘘でもないことに気付く。
「本当だよ。私は本当の恋愛が分からないから。本当の交際が知りたい」
そんな事を言って、この人に何が出来るのか、やけくそになったのか、試そうと思ったのか、私でも分からない。
しかし、彼女の対応は、私の予想を遥かに超えた。
「――じゃあ、本当に交際してみようよ」
唇が触れ合い、彼女の言葉が続いて私に届けられる。それが、同性に恋する事を恐れる人の言葉か、と思うが、恋を知らない人よりは、そういうことも出来るのかと、驚く。
「じゃあ、定期購入ってことで、よろしく」
あまりの驚きに、私はそう言って誤魔化すことしか出来なかった。
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