第2話 カルアミルク

私は、もう大人だから彼のことを許そうと

思う。

大好きな12個入りのチョコレートを一日で

食べ切らなくなった。

もう立派な大人に成長したなとひかりは、

思った。

彼とはデートしたし、一夜も共にした。

その数日後に

「実は、ひかりとこっちの女の子どっちも気になってて、でもさっきこっちにいる子を大事にしようと決めたところ。」

と神戸在住の彼は、東京(と言っても彼にはそう違いがない埼玉)にいる私にそう告げた。

その文字を読み終えるまでに私はもう二度とインスタグラムのDMでLINEは交換しないと決めた。

彼とは、インスタグラムで知り合いお互い

好きなドラマの話しで、盛り上がり連絡を

取り合うようになった。

彼はとても雰囲気が素敵で顔も好みで優しかった。

彼が、私に会いに東京に遊びに来るという

ので、開催されていた展覧会や美術館をまわった。

六本木ヒルズのスカイデッキにも登った。

もう、これから先こんな素敵なデートを他の誰とも重ねることはないとひかりは思った。

その時の夜景の寂しさは、今回の事を予感していたのかもしれない。 


私はまだ、彼のことを忘れられない。

忘れようと思えば思うほど彼は呑気に私の頭の中に出てきて。何もなかったかのように

素敵なデートを思い出させる。


それから彼のインスタグラムの投稿には、

いいねが押せない。

「よくない」が押せるならもう、ずっと押していたい。


それからしばらくして私は、仕事の出張で東京に来ていた関西在住の32歳の男性とバー

で知り合った。

彼のことを忘れるためにはこの上ない相手

だった。

彼よりも年上で落ち着きがある男性は関西へ招いてくれた。

どこに行きたい?と聞かれ真っ先に彼がいる

「神戸」と答えた。

会えるはずもないのに。

会いたくもないのに。

忘れようとしているのに。


神戸に居る様子をインスタグラムのストーリーで見た彼から電話が来た。

「夜何してる?」

私は男性の家にいるのでそのことは彼に伝えず「会えない」と一言だけ返して電話を切った。

本当は今すぐにでも会いに行こうとした。

でも最初にも言った通り私は大人だから、彼には会わない決断をした。

都合のいい女にはなりたくなかった。


その日の夜は、ただ静かに流れ否定も肯定もしてくれない夜だった。


彼から教えてもらった沢山の曲は、

彼との思い出を強大な魔力として昨日の

ことのように思いださせる。


耐えられなかった、連絡がしたかった。

意地なんて張らずに会いたかった。

あの思い出がダメになってしまっても。


そういえば昔、母に教えられたことがある、

「好きな男には、音楽と自分の匂いを覚えさせるのよ」と

彼の洋服の柔軟剤の匂いや、お気に入りの音楽を思い出すと、その時の会話や情景

全てをすぐに思い返すことができてしまう。

あの、スカイデッキで彼が片方のイヤホンを貸してくれた時に流れていた音楽もたった

一つの光だって。


私の完敗。


そもそも大人になろうとする行為自体が、

子供だったとひかりは気がついた。


「会いたいな」


だから大人になろうとする23歳の私は今度彼から連絡が来たら言ってやろう。


「電話なんかやめてさ六本木で会おうよ」

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