第91話 魔の森の手前で
俺とセレーネは、魔の森へ向かった。
「セレーネ! 【神速】で行く! 背中へ!」
「うん!」
セレーネが背中に飛び乗る。
俺はセレーネを背負ったまま【神速】で加速し、北にある魔の森へ駆ける。
マチルダが、無事でいて欲しい。
優秀な魔法使いを失いたくないと言う思いもあるけれど……。
何より昨日のマチルダの顔が忘れられない。
お姉さんのフランチェスカさんに……、嬉しそうに、誇らしそうに、自分の活躍を話すマチルダの顔が忘れられないんだ。
せっかくお姉さんと一緒に住んで、同じ冒険者になったんだ。
まだ死ぬには早いぞ!
魔の森の手前に到着すると『王者の魂』がいた。
「スコットさん!」
「おっ! ヒロト! 魔の森の中から煙が上がってるんだ。誰か入ってるみたいだが、何か聞いてるか?」
「ウチに新しく入った魔法使いが一人で……」
「なっ!? バカ! 一人で入ったのかよ! オマエ、リーダーだろ! 何やってんだ!」
「すいません!」
スコットさんが怒るのも当然だよな。
リーダーとして監督不行き届き。
けど、今は説教を食らっている場合じゃない。
「スコットさん! 魔の森に入ったのは、マチルダって女の子です。助け出すので、力を貸して下さい。」
「チッ! 女の子なのか……。仕方ねえな! 助けに行かなきゃレッスルの五聖――開祖エメラルド様の教えに背く事になるからな。手を貸そう!」
助かる!
エメラルドに感謝だ!
こんど入場テーマ曲のスパルタンを、ボーナムさんたちに教えておこう。
「今、ギルド長が王都に応援を呼びに行っています。俺の師匠、神速のダグとフランチェスカさんが来てくれます」
「『銀翼』か! しかし、王都からじゃな……。時間がかかるな」
「ええ。なので、先発で魔の森に入る組と、連絡役としてここに残る組と二手に分かれましょう」
「そうだな……。そうしよう! よし! 俺、ジョアン、レドルドで入るぞ。それと魔の森の中の案内は、マイルズ。ボーナムはここで待機だ」
トランペットのマイルズさんが、案内役を務めてくれるなら心強い。
マイルズさんは、囮役として魔の森に単独で入り魔物を森の外に引っ張り出す役割をこなしている。
煙の上がった場所、マチルダのいる所まで、迷わず行けるだろう。
大太鼓のボーナムさんが、残留組か……。
セレーネを残すか……。
「魔の森には、俺が入ります。セレーネは、ボーナムさんとここに残ってくれ」
セレーネがいれば、師匠とフランチェスカさんに状況報告するのにスムーズだろう。
それにボーナムさんはバッファー、つまり支援担当で戦闘は得意じゃない。
セレーネをつけておけば、魔の森から魔物が出て来たとしても弓矢の遠距離攻撃で対応出来る。
それに――。
「ヒロト! どうして!? 私も行く!」
セレーネが強い口調で主張するが、俺の結論は変わらない。
「セレーネ。これはマチルダの救出作戦だから」
「だったら戦力が多い方が良いでしょう!」
「ああ。けど、俺一人ならマチルダを背負って逃げられる。スコットさんたちも単独戦闘が可能だし、魔の森から脱出できるだろう」
「あっ……」
セレーネは気が付いてくれた。
魔の森の中でマチルダが負傷し動けなくなっていた場合は、俺が背負って【神速】で移動すれば良い。
しかし、セレーネと二人を背負う事はできない。
セレーネは、近接戦闘はそこまで強くない。
ゴブリンの相手をするのがせいぜいだ。
オークあたりにつかまったら、ひとたまりもないだろう。
魔の森の中で乱戦になった時、不安だ。
だから言ってスコットさんたちにセレーネの守りを頼むのも不安だ。
スコットさんたちの格闘術レッスルは、広い戦闘スペースが必要だ。木々が生い茂る魔の森の中で100パーのパフォーマンスを発揮できないだろう。
セレーネの安全確保は難しい。
そうして考えるとセレーネには、ここに残って貰う方が良い。
「わかった。サクラちゃんが、こっちに来るかもしれないし。ここに残るよ」
「頼む」
「ヒロト! 絶対帰って来てね!」
「あっ!」
油断していた。
セレーネは、スッと俺の首に腕を回すとキスをした。
いや……良いけど……。
人前でやるのは……。
元日本人としては、恥ずかしい。
ああ、これが異文化コミュニケーションか。
スコットさんたちの冷やかす声を聞きながら、俺は思った。
――ありがとう、異世界!
「よーし! ヒロト! 行くぞ!」
「はい! お願いします!」
俺、スコットさん、ジョアンさん、レドルドさんは、マイルズさんの案内で魔の森に入った。
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