第10話 Eランク昇格の条件

「どうしてダメなんですか?」


「だから、ギルドマスターのハゲールさんに言われてるのよ。ヒロト君はFランクから昇格させちゃダメって」


「それヒドイじゃないですか! ほら、今日も沢山魔石を持ってきましたよ」


「ごめんね。私じゃどうにもならないのよ」


 俺と師匠はギルドに戻って来た。

 受付カウンターのジュリさんに、ランク昇格の手続きをお願いしたらダメだと言われ、押し問答になっている。


 今日の俺の戦果は、スライム74匹。

 モンスターハウスで、まとめて赤いスライムを倒したので、かなりの数になった。

 パワーも0.74にアップした。


 冒険者ランクがF(木のギルドカード)からE(鉄のギルドカード)に昇格する魔物10体討伐の条件は、余裕でクリアしている。

 だが、ジュリさんは、ダメだと言う。


 原因は、またギルドマスターのハゲールらしい。

 師匠は腕を組んでジッと聞いていたが、静かに話し出した。


「なあ、ジュリちゃん。ギルドマスター呼んで来てくれないか? 俺がハゲールと話すよ」


 ジュリさんは、奥にハゲールを呼びに行った。

 師匠は俺に生温かい視線を浴びせて来た。


「なあ、ヒロト。オマエ、ハゲールに何かやったのか?」


「いえ、何もしてませんよ」


「ホントか~?」


「ホントですよ。何もしてません」


 ハゲールには、バカにされて来た。

 だが、俺から何かちょっかいを出した事はない。

 規則重視の人だから、昇格のルールも守ると思うんだけどな~。


「ダグ先輩。何か御用ですか?」


 奥からハゲールがやって来た。

 落ち着いた口調だが、目には敵意がある。


「ハゲール。ヒロトは今日スライムを10体以上倒した。冒険者ランクをFからEにしてくれ」


「ダメです!」


「何でだ?」


「コイツは特別な許可でダンジョンに入ったんです。普通ならダンジョンに入れない人間なんですよ。だから昇格は認めません」


 師匠がため息交じりに、ハゲールに話した。


「ハゲール、なんで新人にそんな意地悪するんだ。良くないぞ」


「意地悪しているのは、先輩の方じゃないですか!」


「……え!? 俺は意地悪なんてしてないぞ!?」


「今日だって、コイツの肩を持って。しまいには弟子にするとか無理矢理な理屈をつけて、私に意地悪したじゃないですか!」


 何か雲行きが怪しくなって来たぞ。

 というか。原因は俺じゃなくて、師匠とハゲールの関係なのか?


「いや、それは違うぞ。お前に意地悪したわけじゃない」


「いいえ! いつもいつも先輩は私に意地悪するんですよ! エリーゼの時だってそうだったじゃないですか?」


 師匠は茫然としている。

 エリーゼさんに心当たりがないのか、何か思い出そうとしているが、思い出せないようだ。


「何? エリーゼ? 誰だ?」


「私の初恋の女性ですよ! 角の定食屋の子です!」


「ああ! あのエリーゼか!」


「先輩は私の気持ちを知っていて、エリーゼにちょっかいを出したじゃないですか!」


「いや……」


 俺は生温かい目で師匠を見つめた。


「師匠……、何やってるんですか……」


「いや、違うぞヒロト! 俺は恋も魔物も全力投球なだけだ!」


「エリーゼさんとの事、認めてるじゃないですか……」


 ハゲールがエキサイトし出した。

 ちょと涙ぐんでる。


「先輩はヒドイです!!! ヒドイ!!!」


「そんな昔の事、今さら持ち出すなよ!」


「初恋の傷は深いんですよ!!」


「だったら、俺が別れた後、オマエがエリーゼと付き合えば良かったじゃないか?」


「……」


 ハゲールは黙ってしまった。


「師匠、それでエリーゼさんは、師匠と別れた後どうしたんですか?」


「……しばらくして、商人の息子と結婚した」


 ハゲールが、ワッと泣き出した。

 カウンターに顔を伏せて、うーうー言っている。


 おっさんの女々しい態度に、周りの冒険者はあきれるやら、笑いを堪えるやら。

 ああ、ジュリさんも、腹と口を押させて笑いをかみ殺している。


「まあ、でも、師匠が悪い訳じゃないですよね。結局、ハゲールさんの片思いだった訳で、師匠もエリーゼさんも自由に恋愛しただけですよね」


「そうそう! ヒロトは良くわかっている! さすが俺の弟子だ!」


 ハゲールがキッと顔を上げた。

 恐ろしい目付きで俺を睨んでいる。

 ああ、悪気はなかった。

 しかし、俺はハゲールにトドメを刺してしまった……。


「貴様! ガキが生意気を言うな!! 恋も愛も知らんくせに!!!」


「いえ、でも、俺は幼馴染に、お嫁さんになってあげる、ってこの前言ってもらいましたから。もちろん、可愛い子ですよ」


「さっすがヒロト! 俺の弟子だけあるな!」


「貴様ら揃って地獄に落ちろ!!!!!!!!!!!!」


 ハゲールは腕を組んで、プイッと横を向いてしまった。


 でも、俺は悪くないよね?

 どう考えてもハゲールの私怨と言うか。

 八つ当たりで俺の昇格が邪魔されている気がする……。


 師匠が真面目な顔でハゲールに呼びかけた。


「ハゲール。Sランク冒険者の神速のダグとして意見するぞ」


 ハゲールは、しばらく師匠をジッと見てから姿勢を正した。

 Sランク冒険者として、と言われたらギルドマスターとしては、真面目に聞かざるを得ない。


「伺いましょう」


「FランクからEランクに昇格する条件は、魔物討伐10匹。これはギルド共通のルールだ。これは良いな?」


「そうですね」


「一方ヒロトのダンジョン入場を阻んでいたルール。これはルドルのローカルルールだ。そうだな?」


「それは……、そうですね……」


「共通ルールより、ローカルルールが優先されるのはおかしいだろう?」


「いや、それは……。ソイツのステータスが低いのが原因であって……」


「ヒロトは魔物10匹以上を討伐した。それなら、共通ルールにのっとって、昇格させるのが筋だろ。違うか?」


「グ……、ム……」


 これは師匠が正しいよな。

 それにローカルルールにしたって、ハゲールが付けた条件『Cランク以上の冒険者の同行』を、俺は満たして行動している。


 ハゲールは師匠に完全にやり込められてしまった。

 師匠が詰めに行った。


「ハゲール、ギルドマスターとして答えてくれ。ヒロトを昇格させるのか? させないのか?」


「グ……、わかりました……。では条件付きで昇格を認めましょう」


「また、条件か」


 いや、ホント、またか。

 いつになったら俺は普通の冒険者として扱ってもらえるのか。


「仕方ないでしょう? 今日の戦果だって先輩が手伝ったのかもしれませんし、それならコイツの実力とは言えません」


「手伝ってないって!」


「今さら確認のしようがないですよ。だから改めて昇格条件を付けて、それを満たせばEランクへの昇格を認めます。これはダグ先輩の弟子だから、特別の配慮ですよ」


「うーん、それで条件は?」


「明日から3日以内に100匹の討伐」


 無理だ!

 ダンジョンの中で、バンバン魔物に遭遇する訳じゃない。


 今日はたまたまモンスターハウスに当たったから、70匹以上の討伐が出来たんだ。

 それまでは2時間強で3匹のペースだった。

 3日で100匹なんて無理ゲー過ぎる。


 ハゲールは、更に条件を付けて来た。


「1階層はダメです。スライムでは弱すぎです。2階層以下の魔物を3日で100匹、コイツが自力で討伐する。ダグ先輩は手伝ったらダメですよ」


 さらに2階層以下かよ。

 2階層に降りるのに地味に時間がかかる。


 師匠は目を閉じてジッと黙って聞いている。

 神速のダグでもさすがにお手上げだろう。

 それを見てハゲールの機嫌は直ったみたいだ。

 嬉しそうにニヤニヤしながら、俺に話し出した。


「オイ! 貴様! 2階層の魔物は、タミーマウスだ。討伐確認は尻尾を切り落として持って来い。3日で100匹分な」


「……」


「ああ! お前は今日一日で70匹以上討伐したのだったな。いや~大したものだ。この位の条件は余裕だな! ジュリ~、魔石の買取手続きをしてやれ~」


「……」


 ハゲールめ!

 絶対無理だとわかってて言ってやがる。


 師匠が目を開けてハゲールを真っ直ぐ見た。


「ハゲール、俺はそいつの師匠だ。討伐の手伝いはしないが、同行して色々教えるぞ」


「まあ、ダグ先輩が同行するのは、構いませんが……。アドバイスするくらいは認めましょう」


「わかった。その条件で良い」


 ハゲールは、ニヤリと笑った。


「ほう、神速のダグは自信がおありですか?」


「さあな、やってみないとわからんよ」


「では、魔法契約書を作りますがよろしいですね?」


「ああ、そうしてくれ」


 ハゲールは、その場で契約を書き出した。



 ~ヒロトEランク昇格の条件~


 1 明日より3日間で100匹の魔物を討伐する。

 2 ルドルのダンジョン2階層以下の魔物とする。

 3 ヒロト本人が討伐を行う。他者の手伝いは禁止する。

 4 師匠のダグの同行、アドバイスを認める。



「では、ダグ先輩、内容の確認をお願いします」


「ああ、これでやってみよう」


「貴様も確認しろ」


「……これで良いです」


「では、サインとこの針で血を一滴契約書に垂らしてください」


 俺と師匠とハゲールは契約書にサインして血を一滴たらした。

 ハゲールが魔法を唱え、魔法契約が成立した。

 違反した場合は、右手に契約違反の紋章が浮かび上がる。


「ククク、ダグ先輩。契約成立です。今度は先輩が恥をかく番ですよ!」


「……」

「……」


 俺と師匠は無言でギルドを出た。

 明日から3日間で100匹の魔物討伐、どう考えても無理だ。

 出来なければ師匠が恥をかく、いやハゲールは師匠に恥をかかせたいんだ。


「すいません、師匠。俺の為にめんどくさい事になっちゃて」


「気にするな。これはハゲールと俺の問題だ。ヒロトの昇格は単なる口実だよ」


「それにしても3日で100匹……。今日みたいにモンスターハウスが見つかれば良いのですが……」


「俺に考えがある。安心しろ。明日から忙しいからな、今日は帰って早く寝ろ。明日はダンジョン入り口で、8の鐘に集合だ」


 8の鐘は朝の8時だ。

 師匠は何か策があるらしい。


 今日は師匠のお陰で、【マッピング】と【剣術】のスキルが付いた。

 明日も大丈夫なんだろう。師匠を信じよう。


「わかりました! 師匠、今日はありがとうございました!」


「おう! おやすみ! ルーキー!」

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