第4話 まほうをおそわるでしゅ

<夜明けまでまだあと少しある。幼子よ、もう少し眠るがいい>

「あい……ありあとでしゅ」


 黒虎に促されて目を瞑るとすぐに寝入ってしまった。


 そして完全に目が覚めるとおはようと挨拶をし、毛布やラグを片付けて鞄にしまった。


<ずっと幼子というのもな……。名前を教えてくれるか?>

「ステラでしゅ。トラしゃんのお名前はなんでしゅか?」

<トラという動物ではない、ティーガーという魔物だ。我の名はバトラー。バステト様の一部を取り、バステト様につけていただいた名だ>

「しゅてき! あの、わたちといっちょなの。わたちもばしゅてとしゃまのおなまえから、いちぶをいたらいたの」

<そうか。我と一緒だな>


 穏やかで渋い声。耳に心地いい声だ。ずっと聞いていたくなる、私好みの声。

 しかも執事バトラーと来たもんだ。とてもよく似合っていると思う。

 って、そうじゃなくて。和んでしまったけれど、魔物なのか。しかも、言葉を話す魔物で、トラはまた別にいる、と。

 バステト様を知っているということは、きっと神様の使いとかなんだろう。さっき自分で神様の使いって言っていたし。

 そういう存在って一般的には神獣と呼ばれるが……この世界ではどういう呼び方をするかわからないから、知らん顔をしておこう。

 魔物かどうかなんて重要じゃないと思うし。……きっと重要だろうけど、私には関係ない。

 自己紹介が終わったところで、朝ご飯。バトラーさんはお腹はすいていないとのことなので、昨日同様にパンを一個出し、牛乳を飲む。うまー。


「あ、しょうだ。バトラーしゃんはまほうのちゅかいかたを、しっていましゅか?」

<ああ、わかるが……>

「わたちにおちえてほしいでしゅ」

<それは構わんが、この姿ではステラに教えるのは難しいな>


 そんなことを言ったかと思うといきなりバトラーさんの体が光り、横長から縦長になっていく。光が消えると、そこには金色の目に長い黒髪を首のあたりで結わいた、めっちゃ渋い素敵なおじ様がいた。

 好みです……めっちゃ私の好みです! なので、思わずバトラーさんに抱きついてしまった!

 海外の俳優さんに例えるのであれば、ゲイリー・シニーズさんとかヴィン・ディーゼルさん。彼らの雰囲気にとても良く似ている。

 服装はファンタジー世界らしく、魔法使いのようなローブ姿だった。ローブ自体もいい布を使っているらしく、光沢があった。

 萌黄色のローブで、襟ぐりと袖、裾とフードのふちは濃い緑色で刺繍がされていて、とても豪華になっている。

 執事服じゃないのか……残念。


「おやおや。ステラは甘えん坊だな。で、話の続きだ。どうしてこの森にいた?」

「えっとね……」


 舌足らずながらも、バステト様によって別の世界からこの世界に転生したことを伝えると、凄く驚いた顔をしながらもどこか納得した顔をしていた。

 ここ千年ほどは見かけないが、昔はそういう人がちらほらいたんだって。おおう……先駆者がいましたか。つか、千年? バトラーさんはいったいおいくつなんだと遠い目になる。

 とりあえず、武器か魔法を使えないとこの森を脱出するのは難しい、と話すバトラーさん。武器は幼すぎて無理だから、魔法を習うことにした。

 まず、私がどの魔法が使えるのか聞く前に、魔力を感じることから始める。おお、お約束ですな!

 両手を握って、私のほうに魔力を流すバトラーさん。じきに何か温かいものが流れて来た。


「感じるか?」

「んと……あたたかいものが、ながれてきましゅ」

「ああ。それが魔力だ。我の魔力を切るから、それと同じものを探してごらん」

「あい」


 手が離されると、ポカポカとした温かいものがなくなった。その感覚を思い出しながらなんとなく体の中を探してみると、ちょうど鳩尾のあたりに温かい塊を見つけた。

 バトラーさんにそう話すと、それを循環させてと言われる。循環……血液みたいな感じでいいのかな。そんなことを考えると、魔力と思われるものがゆっくりと動きはじめる。


「動いたか?」

「あい」

「なら、今度はそれを手のひらに集めるようにしてみて」


 動いて体中を巡っていくものを、右の手のひらに集めるイメージをすると、しっかりと集まった。不思議ー。


「できまちたー」

「よし。次は【生活魔法】の火を熾してみようか。そうだな……想像としては、ロウソクの火の大きさだ」

「あい。……おお、できたー」

「さすが、バステト様に見込まれただけのことはある」


 ロウソクの炎の大きさを思い浮かべたら、そのサイズの火が出た。今は手のひらを使っているが、これは指先に点すこともできるという。

 さっそくやってみるとできた。しかも、熱さを感じない。だけど、火を熾すことも魔物を燃やすこともできるんだとか。

 どうなっているんだろう? 魔法って不思議。

 それから【生活魔法】を順番に教えてくれるバトラーさん。火と風を使えば、温かい空気で乾燥させることができた。

 おお、これは凄い!

 攻撃魔法に関しては、森で火や雷と使うと火事になる可能性があるので、まずは風だけを練習した。これも想像力――イメージが大切だとバトラーさんに教わった。

 イメージなら任せろ。伊達にアニメや漫画、ゲームやラノベが溢れている日本に生まれ育っていない。風刃……所謂ウィンドカッターだってお手の物だった。

 それを感心したように目を細め、微笑みを浮かべるバトラーさん。おお、素敵な微笑みだー!

 ここまでやればとりあえずは大丈夫とのことなので、樹洞から出て森を歩くことに。


「さすがにステラを歩かせるには、足場が悪い。我が抱き上げて移動するが……いいか?」

「あい。おねがいしましゅ」

「よし。もし魔物が出ても、ステラは戦わなくていい。我が全て屠るから」

「あい」


 魔物とはいえ、さすがに命を奪う覚悟はできていない。だからそれはとてもありがたいことだったので、バトラーさんにお願いした。

 そして歩きながら薬草を教えてくれたので立ち止まってから下ろしてもらい、鞄の中に入っていたナイフで丁寧に切り取っていく。手でちぎるよりもナイフで切ったほうが品質がよくなり、ギルドに持っていくとより高く買ってくれるんだそうだ。

 まあ、年齢的にギルドに登録できないと言われたが。


「ギルドってなんでしゅか?」

「ふむ……なんでも屋、とでもいうのかね。まあ、いろんな意味もあるようだが」


 あれかな、ラノベ的なギルドでいいのかな。ラノベ的な冒険者ギルドの説明をすると、驚きながらも「そうだ」と頷くバトラーさん。

 冒険者の他にも商人と薬師、職人(料理人含む)のためのギルドがあって、その三つを統括しているのが商業ギルドなんだそうだ。だから、どれかの職業に就いている人は商業ギルドのタグを持っていて、それが身分証になっているんだとか。

 もちろん、冒険者ギルドのタグも身分証になっている。


「わたち、みぶんしょうがないでしゅ……」

「幼子だからな、そこは仕方がない。ステラを一人にしないから、安心していい」

「え……? いっちょにきてくれるでしゅか?」

「ああ。昼間はこの姿、夜はティーガーの姿で一緒に眠るというのはどうだ?」

「おおお、みりょくてきでしゅ! しょれでおねがいちましゅ!」

「ははっ! ああ、わかった」


 森から出るまでだと思っていたのに、まさかずっと一緒にいてくれるとは思わなかった。確かに、二、三歳の幼児が一人でいたら、確実に誘拐されるよね。

 バトラーさんのようないい人ばかりとは限らないわけだし。むしろ、人間怖い。

 いい人に巡り合ったなあ。これはバステト様のおかげだね!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る