第47話 日常
一喜一憂することもない結果に終わった中間テストも乗り越え、いよいよ冬の足音がしていた。
沿道に植えられたイチョウはすっかり落ちて、おばあちゃんが踏みつぶされていない綺麗な銀杏を拾っているのを横目に俺たちは下校をしていた。
銀杏、拾うのは普通朝じゃないのかな。
「涼はテストどうだった?」
「普通。可もなく不可もなく」
「涼の普通って、まあまあ良いじゃない」
「それでもお前には勝てないけどな……」
菘の言う通り、俺の成績は悪くはない。学年順位で見れば上位三十パ―セントには食い込める。それなりの進学校でこれだから、少なくとも落ち込むようなものではない。
ただ、上には上がいる。
「ふふ、まあね」
菘は誇らしげに笑みを浮かべる。
我が幼馴染であり恋人である菘はそれはもう、成績優秀もいいところだ。
具体的には今回のテストは文系選択をしている生徒の中で五番目。本来なら、菘は理系を選ぶべき逸材だというのに、だ。
俺と同じクラスになりたいとかいう、それはもう邪な理由で文系に進み、それでもこの結果を残すのだから関心してしまう。
「今まではともかく、今回のテストは俺と同じ勉強量のはずなんだがなあ」
もちろん、勉強は積み重ねだから、一朝一夕ではないのはわかっている。
それでも、ここまでの差を見せつけられると悔しい前に不思議ですらある。
「あれでも、菘って中二ぐらいまでは結構アホだったよな」
「……思い出せないわね」
「目をそらしたって俺は忘れないけどな」
中学時代、正確には三年生になるまでの菘はそれはもうおバカだったはずだ。
本人は全く気にしていない素振りだったのだが、三年生になると態度が大きく変化した。
テストの度に俺の元へ勉強を教えてくれと泣きついてきたのだ。今となっては立場が入れ替わってしまっているが。栄枯盛衰だ。
「まあ、そうね。あの頃の私は何も考えてなかったから……」
「なんで急にやる気になったんだ?」
「そんなの、一つしかないじゃない」
「ほう?」
と、俺はとぼけてみせた。本当は、菘のやる気の原動力は知っているけれど。
俺の演技に騙されたのか、はたまた騙されたフリをしてくれているのか。
菘は少しだけ恥ずかしそうに言った。
「……涼と同じ学校に行きたかったからよ」
そうそれ! と思わず言いたくなる。ようは、これを言わせたかっただけだ。
半ば強制したようなものだけど、それでもやはりグッとくる。
きっと、菘も俺の思惑に気づいている。その証拠にちょっと呆れ顔だ。
気づいていながら、恥を殺して口にしてくれるのだからいい子だと思う。
「高校に入ってからも勉強頑張ってるのはその名残か」
「それもあるけど……」
「けど?」
「もし涼が東大に行くとか言い出した時に、ついていけないなんてことにならないように日頃から頑張ってたのよ」
……それで結局菘の方が成績が良いのはなんという皮肉だろうか。
というか、東大なんて夢のまた夢だし。
「なんか申し訳ないな」
「どうしても謝るのかわからないけど……。でも、そうね。たしかに無駄になるかもしれないわ」
「俺の成績が悪いばっかりに……」
「そうじゃなくて」
学校を出た時から握られた手に、キュッと少し力が込められる。
「大学に行かなくたって、もう涼とは一緒にいられるから……」
それは、つまり。
耳まで赤くなった菘の横顔を見るに、勘違いではないだろう。
菘の表情にあてられたか、俺の顔も熱くなっていくのを自覚する。
「……俺たちもハワイ、行った方がいいのかな」
「ふふ、両親と旅行先同じでいいの?」
「そう言われるとなんかやだな。グアムだ、グアム」
「だけど、おばさんとおじさんみたいに、ずっと仲が良いのはうらやましいわ」
「まあ……」
実の息子としては複雑なものがある。だけど、良いか悪いかで言えば間違いなく良いわけで。それに菘には父親がいない。深い理由は知らないけれど、うちの両親を羨むのも無理もないのかもしれない。
なんて、恥ずかしい話をしながら家に帰ってきた。
当然、誰もいないので鍵を解除する。その任は、専ら菘が率先して行っていた。嬉しそうに渡してある合鍵を回している。
「ただいま」
「はい、おかえり」
と、何故か菘は毎度のごとく迎える側に立つ。一緒に帰ってきてるのに。
こうして共同生活していて気付いたのだが、菘のカップル観――というよりは夫婦観は若干古めかしい。
家事の手伝いを申し入れれば顔を顰める。風呂は俺が先に入るように促す。
女が一歩引いて男を立てる。そんな昭和かよと言いたくなる価値観がちらほら見られる。
きっとそれも、父親がいないことに発端があるのだろう。目で見てない以上、どこか外部から情報を取り入れるしかないが、その情報が偏っている可能性が高い。
「涼は今からどうするの? 私はスーパーにお買い物に行くけど」
「ん、することはないな」
「そう。だったらゆっくりしておいてね」
「いや、買い物ついていくけど……」
「心配しなくても、お米とか重い物は買わないわよ?」
「そういうことじゃなくてな……。お前が働いてるのに、俺だけ家にいるのもあれだろ」
「と、言われても。私は気にしないから」
「俺は気にするの」
「むぅ……」
菘は困ったように眉をひそめる。
何がそんなに菘を追い立てるのかはわからない。
だけど、それなら。
菘が釣られそうなことを言ってやればいい。
「それに、一緒に買い物って新婚っぽいだろ」
「一緒に行きましょう」
俺の言葉に乗せられた菘が即答した。
ちょろい。囃し立てといてなんだがちょろすぎて心配になる。
「なら、着替えるから」
「制服のままでも良くない?」
「ま、それもそうか」
洗濯物を増やして洗濯をする菘の手を煩わせるのも申し訳ないしな。
俺たちは荷物だけ家に置いて、とんぼ返りするようにまた外に出た。
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