第42話 タピオカ

「もっと寄って……、ってそれは近づきすぎ!」


 スマホを横向けに持った菘が叫ぶ。

 俺は菘と埴輪ちゃんの三人で、都心部に足を伸ばしタピオカドリンクを飲みに来ていた。

 もう十八時。そろそろ夕飯のことを考えるべき時間帯にもかかわらず、ナウなヤングたちはタピオカを一心不乱に頬張って……いない。みんな写真ばっかり撮っている。

 しかし、それは俺たちも同じこと。


「そう、それで飛鳥はもっと上目遣いで……。あ、涼は飛鳥と目合わせちゃダメよ」

「注文が多い……」


 俺たちが店の前で恥も外聞もなく、こうして撮影会に興じている理由。

 それは、いかにもデート楽しんでます感溢れる写真を撮って香澄に送り付けてやろうという、菘の提案からだった。悪魔だろうか。

 ぬるくなる前に一口ぐらいと思い、購入したタピオカ入りロイヤルミルクティーをストローで吸った。あまり甘くないタイプのミルクティーのようで喉ごしがいい。初めてこうしたタピオカ専門店は利用したけれど、フォトジェニック抜きにしても美味しい。ちょっと高校生には値が張るけど。


「もっと、こうジェラシーを煽る感じで……」

「具体性にかける要求はやめてくれ」


 さっきから菘の要求は難易度が高い。

 俺と埴輪ちゃんの距離が近すぎると嫉妬から怒り出し、かと言って離れれば文句を言う。

 いやまあ、気持ちはわかる。俺だって菘が香澄とこんなことしていたら、怒り心頭で何をするかわからない。キレた陰キャは怖いんだぞ。ほんとだぞ。


「ちょっと、ネットでそれっぽい構図を調べるわ」


 言って、菘はスマホのカメラモードをやめてネットの世界へダイブしていった。


「涼くんのそれ、ミルクティーだっけ?」

「ん、ああ、そうだよ」

「一口ちょーだい」

「はい」


 容器は渡さずストローを埴輪ちゃんに差し向ける。

 餌に食いつく魚のように埴輪ちゃんはストローを咥えた。半透明なストローを、黒いタピオカが通っていく。


「ありがと、美味しいねえ。はい、お返し」


 埴輪ちゃんは俺がしたようにストローを差し出してくる。

 抹茶がどうたら、みたいな物を埴輪ちゃんは頼んでいたはずだ。

 ありがたく頂戴しようと、ストローに顔を近づける。そして、ストローに口をつけた瞬間パシャリとシャッター音。

 音のした方に顔を向けると、菘がスマホを構えていた。


「ベストショットね……。でも」


 ずんずんと菘が俺に向かって大股で近づいてくる。


「なに当たり前のように飛鳥の飲んでるのよ」

「え、いや……」

「……こっち来て」

「おーい、どこいくの」

「飛鳥はちょっとそこで待ってて。すぐ戻るから」


 埴輪ちゃんの返事も待たず、菘は俺の手を引いて、少し歩いた先にある路地裏に連れ込まれる。相手が菘じゃなかったら、真っ先にカツアゲを疑うシチュエーションだ。


「どうしたんだよ」


 菘は黙ったまま俺を壁に追いやる。菘は俺の顔の隣に手をついており、いわゆる壁ドン状態。

 菘はタピオカドリンクを口に含んで、その口のまま俺にキスをした。

 口移しで、キャラメル味の液体が俺の口内に流れ込んでくる。ついでと言わんばかりに、菘の舌も侵入してきた。

 ぼたぼたと飲み物が零れるのもお構いなしに菘は続ける。


「菘っ……、もう飲み物ないだろっ……」


 口の中はとっくに空なのに、菘は依然として唇を離さない。


「うるひゃい……、んちゅッ、じゅる」


 そのまましばらく、五分ほど口内を蹂躙した菘はやっとのことで口を離す。

 荒い呼吸、肩で息をしている。

 唾液でぬれた唇を開いて菘は言う。


「どうして、飛鳥のストローに口つけたの? あれじゃあ、間接キスじゃない」

「いや、ごめん。あんまり何も考えてなかった」

「相手が飛鳥だったからまだしも、他の子だったら血祭りにあげてたわよ」


 言いながら菘はその瞬間を収めた写真を見せてくる。

 ……うわぁ。なんだこのバカップル。俺も埴輪ちゃんも無意識で、自然にやっていたから余計に熟練カップル感が醸されている。

 菘はそのままスマホを操作してメッセージアプリを開く。そして香澄とのトーク画面にその写真を貼り付けた。

 すぐに既読がつく。


『は?????????』


 香澄から返ってきたメッセージ。絵文字もスタンプもないのが空恐ろしい。

 

「血祭りにあげられるのは涼かもしれないわね」

「怖い、怖いよぉ……」


 香澄とは体格もさして変わらないが、怒りで我を忘れた人間の方が強いのは明白。いやなにも喧嘩をしようってわけではないけれど、説明をする前に香澄に殴りかかられたらどうしよう。


「これで山科君は涼を成敗するため、明日学校に姿を見せるでしょ」

「だろうね……」


 いざという時は埴輪ちゃんに守ってもらおう。男らしさなんてこの際言ってられない。


「埴輪ちゃん待ってるし戻るか」

「あ、ちょっと待って」


 菘が俺の肩を掴む。振り向くと、また菘の顔が近づいてきた。

 だけど、今度は唇にではなく頬にキスをされる。

 そして、シャッター音がした。見れば、菘は腕を目一杯伸ばして自撮りをしている。


「えへへ……」


 撮影された写真を確認して、菘は頬を緩めていた。

 横からスマホを覗き見る。

 驚き間抜けな顔をしている俺に、菘がキスをしている写真。

 さっき埴輪ちゃんと撮ったものよりも、何倍も気恥ずかしい。

 だけど、まあ。恋人らしくていいかもしれない。なんて思ってしまうあたり、俺もだいぶ菘に毒されている。


「待ち受けにしようっと」


 菘が小声で言う。

 ……それはちょっとやめてほしい。

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