第40話 空き教室

 昼休みも終わり、とっくに五限目を迎えたというのに、俺と菘は依然として生徒会準備室――ようは空き教室にいた。

 一度は教室に戻ろうと立ちあがったのに、どういうわけか俺は椅子に座っていた。

 しかも、膝に菘を乗せて。

 視界には菘の長く黒い髪に隠れた背中だけ。サラサラと毛先が顔にあたってむずがゆい。


「帰んなくていいのか、これ」

「いいんじゃない? 先生が探してる様子もなし、校内放送で呼び出されるわけでもなし」

「熱心に探されても困るけどさ……」

「小学生じゃあるまいし……ねっ」


 声と共に菘は俺の膝から降りた。

 ようやく教室に戻る気になったのかと思ったけれど、違ったようで向きを変えてまた膝に座ってくる。

 次は向かい合う形になった。

 

「よし」

「なにがよしだ。なんもよくないからな」

「涼の顔がちゃんと見えるわよ?」

「俺は真っ正面見たら乳しかない」

「触る?」

「さわ……らないよ」


 危ない。一瞬意識が浮いていた。おっぱいの吸引力すごい。


「誰も見てないわよ?」

「ここ学校。今、授業中」

「背徳的で逆にいいと思わない? 私は思う」

「自己完結しないでくれるか」

「……もしかして、涼って意外と普通?」

「性欲の面で言うなら、お前よりは遥かに」


 というか、菘がおかしいだけだ。

 

「……彼氏に変態ってなじられた」

「是非もなしだな」


 言うや否や、菘が俺の手を取って無理やり胸に押し当てた。

 制服の上からでもハッキリとわかる重量感。


「これで涼も変態の仲間入りよ」

「むしろ菘の変態性が増しただけだろ」

「曲がりなりにも彼女の胸触ってるんだから、もうちょっと嬉しそうにしてほしい……」


 と、わりと本気でしょんぼりとされる。

 一線を越えてからというものの、菘の様子――というか情緒はおかしい。明らかに不安定というか、俺に依存してきているような気がする。

 昨日にしたって、俺が菘とできないと知りあっさりとした反応を見せたら、もう飽きたのかと心配そうにしていた。以前までなら、『涼は私のこと好きだものね』とドヤ顔してそうなもんなのに。

 

「あんまり本気で触ると、自制が効かなくなるだろ」

「ああ、涼が我慢できな――」

「菘が」

「……」


 頭をはたかれた。どうしてだろう。

 菘はスカートのポケットをなにやらまさぐっている。出てきたのは財布。さらにそこからある物を取り出した。


「……これ、あるから大丈夫」


 手渡された正方形のパッケージ。やたらにギラギラと光沢のある包装だ。

 所謂、コンドームというやつ。


「どうしたんだ、これ」

「今日の早朝、涼が起きる前にコンビニで……」

「よく買えたな」


 俺なら恥ずかしくて無理だ。店員がオッサンなら考えなくもないけど。

 しかし、菘は花も恥じらう女子高生。きっと俺よりも羞恥はキツイはずだ。

 

「これないとできないから」

「それはそうなんだけど」


 初夜は勢い余って避妊もせずにしてしまった。けれど、今後はそうもいかない。猪突猛進で過ちを犯して許されるものではなくなった。


「ていうか、なんで持ち歩いてるんだよ。まさか、学校でする気満々だったのか?」


 同棲しているのだから、常に携帯している意味はない。

 俺の追求に菘は耳を赤くして俯いてしまった。どうやら、図星のようだ。

 

「だって、昨日してない……」

「せめて家に帰るまで耐えてみない? あと一限乗り越えたら学校終わるし」

「こんな顔で授業受けろって言うの?」


 菘は伏せていた顔を俺に見えるようにあげる。

 潤んだ瞳に蒸気した頬。口も少し開いて呼吸が荒い。

 何も知らない人が見れば、発情よりも発熱を心配してしまいそうなほどに紅潮している。

 しかし、体調不良のそれとは違う点。それは、全く苦しそうではないこと。むしろ恍惚としている。


「うぅ……」


 しかし、そう言われると答えに窮する。

 俺だって、菘のこんな表情他人に見せたくはない。

 というか、菘は俺の独占欲を煽っているのだろう。


「……声、我慢できるか?」

「努力はする」

「せめてそこは約束してくれ」

「……勝手に出るんだから、約束のしようがないわ」

「そうだけど。隣は授業してる普通の教室だぞ」

「じゃあ我慢する。我慢するから」


 我慢すると言いながら別のことが我慢できなくなっている。

 もはや菘の言葉に信憑性はないのだけど、黙って受け入れることにした。

 ……バレませんように。 

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