第13話 薄型は高価

「いやぁ、まさか二人手を取り合って野外プレイなんて……。お母さんびっくりよ」

「誰のせいだよ」「誰のせいだと思ってるの?」

「息もピッタリね。これが同棲の成果か」


 ソファーにぐでっとだらしなく座る女性。

 切れ長の目が菘に似ている彼女は、葵さん。菘の母親だ。

 菘とは対照的にハツラツサバサバ、基本的にノリで生きている。そこら辺がうちの母親と気が合うのだろう。ただし外見はうちの母と同い年とは思えないほど若々しい。菘のことが好きな俺は、もちろん葵さんの容姿には惹かれるものが昔からあった。


「それで、お母さんがなんでうちにいるの?」

「あらあら、もう私は捨てて完全に涼ちゃんちの子になっちゃったか。いや、というか嫁入り?」

「お母さん!」


 と、珍しく菘が声を荒げた。菘は昔から実の母である葵さんにだけやたらとアタリがきつい。しかし、葵さんはずっとこんな風にふざけた人なので、菘の態度も仕方がないというものだ。


「そんなに怒んなくてもいいじゃない……。普通に様子を見に来ただけよ」

「鍵はどうしたんですか?」

「麻子が普段使ってる鍵、今私が預かってるのよ」

「なるほど」


 麻子とはうちの母親のことだ。

 結局のところ、空き巣騒ぎの真相は、空き巣ではなく葵さんだし、家に入った手口も至極真っ当なものだった。俺たちは意味もなく庭で時間を浪費していたのか……。


「私に連絡入れてくれてたらよかったのに」


 菘がまさにそれ、と言いたくなる不平を漏らした。


「いや、それじゃあサプライズ感がなくなるじゃない」

「今更葵さんの顔見たって驚きませんよ……」

「そうじゃなくて、情事に臨む二人に乱入したかったのよ。けど、残念ながら私の方が早く家に着いちゃって。そしたら、二人ともお外で絡み合って……」


 絡み合ってたのは手だけだが。なんて葵さんに言ったところで仕様がないので黙る。


「そんなことしてるわけないじゃない」

「え、いやでもあんたたち男子高校生と女子高生でしょ? 年頃の男女が二人屋根の下ですることと言えば、そらもうセックス以外には……、私には到底思いつかない」

「それはお母さんが田舎出身で、娯楽がそれ以外になかったからでしょ」


 違う菘。それは田舎に失礼だから。おかしいのはお宅のお母さんだから。


「えー。でも実際どうなの? なんか、涼ちゃん的に美味しいイベントあった?」

「……そう言われても」


 色々ありましたね……。とてもじゃないけど、口には出せないようなことが。

 しかし、表情には出ていたのか葵さんは得心したように頷いた。


「なるほどなるほど。そうしたら、そんな涼ちゃんに素敵なプレゼントをあげよう」

「なんです?」


 手渡されたのは、綺麗にラッピングされた長方形の箱。

 軽く振ってみる。軽いだけで、中身の検討はつかなかった。

 包装をほどくと、それは赤々としていて派手な見た目をしている。

 燦然と煌めくはオカ〇トの文字。それから0.01ミリと厚みを示す数字。

 俺は台所に行き、それをゴミ箱に突っ込んだ。


「ちょっと」

「はい?」

「いや、なに捨ててるのよ。せっかく高い薄型のやつ買って来たのに」

「ちょっと黙ってもらえますか?」

「ねえ、涼。なんだったの? 薄くて高いって言ったらテレビぐらいしか思いつかないのだけど」

「菘はそのまま綺麗に育ってくれ」

「私の血が流れてるからそれは無理だと思うな」

「……もう帰ってください」

「やだ、菘のご飯食べるまで帰らない」


 ああ、菘と結婚はしたいのに、この人が義母になるのは嫌だなあ……。

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