第2話 リベンジマッチ

「菘ちゃんうち来るの久しぶりよね~? あ、座って座って」

「ありがとうございます」


 勧められるがままに菘は俺の隣に腰かけた。

 ……こんなことある?

 俺さっき、こいつに振られたんだけど。その上情けをかけられて、惨めになって逃げだしたんだけど。

 それに、菘は菘でどんな気持ちでうちに来たんだ。なんだ、俺の告白なんて取るに足らないってことか。


「と、いうことで。私たちがいない間は菘ちゃんに住み込みで家のことやってもらうことになったから。まあ、菘ちゃんなら涼ちゃんも文句ないでしょ?」


 いや、文句しかないんですけど。

 しかし、母さんの中では、まだ俺と菘は仲が良い幼馴染なのだ。それも当然、その関係性が崩壊したのはつい数時間前のこと。流石にそれに気がつけとは言わないし、永遠に気が付かなくていい。


「でも、流石に悪いだろ。こいつにそこまでさせるのは」

「私もそうは思うのよ。だけど、他に候補もいないし……。それになにより、菘ちゃんが是非って」

「ええ?」


 隣に座る菘を見る。多少気まずそうではあるものの、俺とあんな一件があったにもかかわらず落ち着いた様子だ。


「おばさんにはお世話になってますから」


 などと世辞を言う余裕まであるようだ。

 というか、マジでこいつは何を考えている? 何の目的があって引き受けたんだ。

 確かに菘は、うちの家――今里家に対して恩義を感じてはいるだろう。菘の家はシングルマザーということもあり、菘母と友人だったうちの母さんが幼少期の菘の面倒を見ていた。俺と仲が良くなったのもこれがきっかけだ。

 しかしだ。だからといって何もこんな突拍子もない依頼を菘が受ける義理などないはずだ。母さんの頭は確かにおかしいが、恩を売るような人ではないから断ったところで、どうということはない。

 まあ、考えたってわからないし、こういうのは直接聞くに限る。


「……どういうつもりだよ」

 

 母さんたちに聞こえないよう小声で隣に問いかける。


「ごめんなさい、質問の意図がよくわからないんだけど」

「なんで引き受けたんだよ。適当にあしらっておけば、母さん引き下がるだろ」

「なんでって、別に断る理由がなかったからとしか」

「いや、あるだろ。お前、俺のこと」


 と言いかけたところで父さんと母さんが立ち上がった。


「それじゃ、俺たちは行ってくるから」

「菘ちゃん、涼ちゃんのことよろしくね。わかんないことがあったら、気軽に電話してくれていいから」

「はい、任せてください」

「え、ちょ、おい」


 ドタドタと嵐のように去っていく二人。 

 残されたのは、告白した男と、それを振った女。イン振られた男ハウス。

 何この罰ゲーム空間は。

 ……あれでも、これチャンスでは? 

 確かに俺はこいつに振られはした。したけれど、当然ながら嫌いになったわけはなく、未練たらたらに好きなままだ。

 だとすれば、これはもう一度やり直す機会を神が与えてくれたと見てもよいのではないか。幸か不幸か透葉は俺の告白のことをあまり重く受け止めていないと見受ける。菘の中では、いまだに俺は幼馴染のままの可能性が十分にある。というか、そうじゃなきゃ俺の世話役なんて引き受けないだろう。


「ねえ、さっきのことなんだけど」


 前言撤回、こいつ思いっきり掘り返してきやがった。

 あれか、あまりにも気持ち悪かったから追撃でもしにきたのか。想い人と同じ屋根の下だけど、既に脈無しを突き付けられている惨い状況と取れなくもないわな。


「なんだよ」

「いえ、その……。本気なのよね、あれ」

「冗談であんなこと言うかよ普通」

「そうよね……」

「というか、話を戻すがなんで断らなかったんだよ」

「だからそれは、断る理由はないからよ。それに、おばさんにはお世話になってるのも本当だから」

「お前さっき俺のこと振ったよな!? よくそれで断る理由はないって言えるな!」

「別に、私は構わないわよ。あなたのこと嫌いなわけがないし。もちろん、あなたが嫌だって言うなら私はもう来ないわ。おばさんには申し訳ないけど、やってる振りだけする」

「……嫌ではないよ。曲がりなりにもお前のこと、す、好きだし」


 なんでもう一回愛の言葉を言わされてるんだろうなあ。相変わらず言葉に詰まる俺も俺だが。


「なら、あなたにも不都合はないはずよね?」

「いやあるよ! 大ありだよ! 好きな女の子と一緒に暮らすのに、そいつは自分に気がないとか生き地獄にも程がある」

「ええと、それは性的な意味かしら?」


 菘は無駄に育まれた胸を隠すように腕を組む。が、むしろその豊満な乳は圧迫されて形がより露になっている。


「諸々含めてだよ!」

「否定しないのね……」


 そりゃあ、俺だって健康的な男子高校生ですし。本音を言えば、菘がいいなら同居していただいてワンチャン掴みにいきたいですし。


「で、でもまだそういうのは早いからダメよ」

「早いもなにも付き合おうとしたら断られたんだよなあ」

「……いじわるね」

「お前が言うな案件だわ」

「とにかく、私はこの家で暮らすってことでいいのかしら」

「お前がいいならそれでいいよ」

「そう、なら決まりね。これから、よろしく……ね?」

「ああ、よろしく」


 差し当たっては、こいつの目的も探らなければならない。何を思い、振った相手の家に住むことを許諾したのか。その理由さえわかれば、俺にも付け入る隙があるかもしれない。

 正攻法で振られたんだ、それぐらいの謀略は張っても怒られないだろう。

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