第41話 六月二十九日に起こったこと

 ──宇宙歴SE四七九年六月二十九日、一四一五時。

 スプラトイ星系の辺縁部において応急修理のための船外作業を実施中であった〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉は、帝国宇宙軍ミュローンの航宙艦が跳躍ワープアウトしてきたわずかな徴候を捉えた。

 自らが発見・捕捉されることを避けるため輻射ステルス管制が維持される中、『応急作業止め、応急修理用具収め』の号令の掛かったとき、その事故は発生した。


 作業者であったシンジョウ・コトミ宙尉とベッテ・セーデルブラードは、折しも活性化していた恒星スプラトイの恒星面爆発フレアの──比較的激しい──エネルギーと粒子の流れに襲われた。

 幾重もの保護系統シールドに護られた航宙艦の艦体と違い、船外活動ユニットEMUの脆弱な電子制御系は一瞬の誤作動を生じた。その一瞬の誤作動で、あわやベッテ・セーデルブラードの宇宙服EMUは宇宙に投げ出されるところであったが、相方バディのシンジョウ・コトミがそれを救った。

 彼女は誤作動で暴走したベッテ・セーデルブラードの宇宙服EMUを、自分のEMUの推進剤の噴射で減殺し、自らの命綱セイフティテザーで繋ぎ止めた。

 そして彼女コトミ自身は、その代償に宇宙へと飛ばされることになった。

 直後に生じた二度目の恒星面爆発フレアの奔流に起因する誤作動が、今度はシンジョウ宙尉の身に起きたのだ。


 事故発生直後の救難活動は、艦長の判断で見送られた。

 ひとたび帝国宇宙軍ミュローンの航宙艦の存在が確認された以上、輻射ステルス管制を解除するわけにはいかなかったからであった。

 4時間半の後、航宙艦は星系を離脱していった。

 誰よりも蒼白な表情で、それでも非情に徹していた艦長は、帝国宇宙軍ミュローン航宙艦の離脱ワープを確認後に救難活動の開始を指示したが、それでも予定された艦の加速計画を変更することを認めなかった。

 離脱ワープに際し、帝国宇宙軍ミュローン航宙艦はレーダー他の能動探査アクティブ・センシングを行っており、その時点で〈カシハラ〉は確実に発見・捕捉されたと判断、先日の帝国装甲艦アスグラムからの回避行の教訓に照らし、艦の巡航航路の保全が優先された。

 結果、予定通りカシハラは軌道変更加速に入り、その時点で船外活動ユニットEMUが回収されなかったシンジョウ・コトミ宙尉を『作戦行動中行方不明』── Missing In Action ──に認定し、救難活動を停止した。



 *


〝──以上これが、六月二十九日に起こったことの〈あらまし〉です。

 一夜明けた現在いま、〈カシハラ〉はスプラトイを離脱するはなれるため、次の星系へと繋がる跳躍点ワープポイントに向け、航行を続けています……〟

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