第3部 艦を取巻く人々、その思惑
第37話 ミュローンとして生きるということ
6月13日 1530時 【
物語の始まりの地、シング=ポラス星系テルマセク──。
つい1週間ほど前まで
街の中心機能を担う
その
現在、唯一その機能を開放している1番
進駐軍の指令として
この時点において未確認艦の動向など、この際どうでもよいことであった。留守を預けた次席指揮官のガブリエル・キールストラ大佐が上手くやるのは疑うまでもない。むしろ問題は
イェールオースは未確認艦の件で
1番
イェールオースが答礼を終えるや、キールストラはその横に歩調を合わせて訊いた。
「聞いたか?」 その声音は硬い。
「──聞いた」 イェールオースは短く答える。
「〝
「いや── もはや正気ではないのだろうな」 同じく不愉快そうな
──彼らがいま語っていること…──テルマセクでのエリン・エストリスセンの行動を知った『第一人者』フォルカー卿が次に目論んだことは、ベイアトリスの皇位継承権を五世まで遡り『
トシュテン・エイナルは、〈ミュローン連合〉中興の祖、
今年十六歳でエリン皇女とは
そんな出自の、しかも自らは何らの〝実績〟を示していない少年を〝皇子〟として担ぎ
エストリスセン家に
二人の
「──
「動揺はない──」 キールストラは言下に応える。「ミュローン筆頭星系ベイアトリスの〝筆頭家門〟たる〈イェールオース〉が率いる艦隊だ ──
さすがにそれは言い過ぎだ──と内心で苦笑しつつも、イェールオースは腹心の友の横顔を見て自らの顔を引き締める。
自分の
「星系辺縁に現れた航宙艦は?」
「友軍だった。
──ほう、とイェールオースはわずかに目を見開いた。
装甲艦〈アスグラム〉の指揮はアーディ・アルセ大佐が執っていたはずだ。よもや航宙軍の練習巡航艦相手に後れを取ることになろうとは。そんなことは露とも思わなかったが、どうやら
キールストラは続けた。
「既に〈ヴァリェン〉と〈デルフィネン〉を曳航に向かわせた」
麾下の4隻の大型フリゲートのうちの2隻を救援に差し向けた旨を告げる。イェールオースは一つ頷いて追認した。そして確認する──。
「──気になることは?」
「二つ」 キールストラは簡潔に応じる。
イェールオースが目線で促がすと、キールストラは続けた。
「一つは、その〈アスグラム〉から……」 声を潜めるような
「秘匿回線でか……?」
イェールオースは怪訝な
「卿と俺とを〝御指名〟だ」
そう言ったキールストラに、イェールオースは肯いて返した。何にせよ、
「二つ目だが……」 今度のキールストラは目を伏せるようにして言った。「──スノデル伯のことだ」
これにはイェールオースも舌打ちで応じるしかなかった。
スノデル伯クリストフェルはエリン・エストリスセンの実父である。元は大学で教鞭を執っていた
エリン皇女の人格形成には、やはりこの学者肌の父親の影響が大きい。
今回の政変とそれに続くエリン殿下の行動にも伯は一切関知していないだろう。自身の信条を過剰に主張するようなことのない人物である。彼にとっての行動とは、あくまで他者との〝対話〟なのであり、良くも悪くも〝それ以上でもそれ以下でもない〟ということを実践することのできる、そういう人物であった。
そのスノデル伯が、フォルカー卿の命でその身柄を当局に拘束されたらしい。
情報本部付きのエアハルト・モンドリアン大尉からの情報である。二日前のことであった。
先の〝五世の孫〟──トシュテン・エイナルの立太子絡みの件と併せると、もはやフォルカー卿はエリン皇女の排除で腹を括ったとみてよい。
ベイアトリスの一門衆にとって帝国政府の『
「一門の長老衆は何と言うだろうな?」
「トシュテン・エイナルの擁立には反対するしかないな」 イェールオースの問い掛けに、キールストラは肩を竦めて言う。「──やはり〝慎重〟にではあるだろうが……」
「〝ミュローン二十一家〟は割れるな……」
イェールオースはそう独り言ち、ふと湧いた思いを口にした。
「伯は助からんか」
「おそらく……」
イェールオースの慎重な物言いにキールストラは肯いて言った。「──
ミュローンの二人にとって、スノデル伯が〝死ななければならない〟という現実については単にエストリスセンの家の置かれた状況を示す〝符牒〟の一つでしかない。
──度し難い〝傲慢さ〟だな……
そう自らを嗤ったイェールオースが、次に顔を上げたタイミングで
〝ギガンティシュ〟の愛称で
イェールオースは〝
「ミュローンが割れるにしても、ベイアトリスが割れることはない…… それぞれがそれぞれの役を演じるだけだ」
その時にはもう、イェールオースはミュローンの
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