第34話 ロマンチストだからねぇ、弟は……

6月17日 1905時 【格納庫内 ウィキッド・ウェンチあばずれ娘号/乗員船室クルーキャビン


 皇女殿下との謁見から戻った〝不死の百頭竜ラドゥーン〟ビダル・ララ=ゴドィは、大股で船室キャビンに入ってくると派手に飾り立てた衣装を管制卓コンソールに放って手近な椅子に腰を落ち着かせた。顎に手をやり思案顔になる。

 そんな〝船長キャプテン〟ララ=ゴドィに、〝策士〟ギジェルモ・デル・オルモが酒杯グラスを片手に声を掛けた。

「……どうだった?」

 ララ=ゴドィは目線だけ動かしてギジェルモを見遣り応えた。

「どうもこうも…… ありゃ確かに〝ミュローン〟だ ……当りヽヽだよ」

 その言葉にギジェルモが軽く目を見開いて返すと、ララ=ゴドィは謁見の内容をつまんで語って聞かせる。


 こちらからの『私掠免許状』の要求をかわしたこと。ミュローンは宙賊行為を許さぬと宣言されたこと。『復仇免許状』と宙賊航路の『使用料徴収権』、〝扯旗山ちぇきさん〟の『租借権』──これは後援者パトロンである〝ミシマ家〟への秋波しゅうはか…──を逆提案してきたこと……。


 ギジェルモは黙って聞いていた。酒杯グラスは空になったがそのままだ。

 一通り話し終えたララ=ゴドィは、今度はギジェルモに訊き返す。

「そっちは?」

 ギジェルモは両の肩を大きく竦めてみせた。それで侵入の不首尾を伝える。

「ダメだった…… あのふね、ほんとに候補生がくせいだけで動かしてんのか? ──腕のいいのが手ぐすね引いてやがった」 そう正直に言って相好を崩す。

「…………」

 そんな答えを責めるでなく、ララ=ゴドィはもうそれ以上何も言わない。


「ところで──」 ギジェルモが船室キャビンを見回すようにして言った。「アイツの姿が見えないようだが?」

「アイツは置いてきた」

 ギジェルモの視線の動きに、ララ=ゴドィそう答えた。アイツとはララ=ゴドィの従卒の少女──ベッテ・ウルリーカ・セーデルブラードのことだ。

「……?」 ギジェルモはララ=ゴドィに向くと、その顔を覗き込んだ。「──〝人質〟、かね?」

 ──らしくないことを……、という表情を浮かべて向いたギジェルモの顔にララ=ゴドィは面倒そうに言った。

「ま、そんなところだ」 それから言い訳がましく付け加える。「──それに、ここらで〝戻した〟方がアイツのためだろう……?」

「それは……」 それに何か言いかけたが、結局ギジェルモは空の酒杯に視線を移して薄く笑みを浮かべた。「──ま、そうだな……」


 そんなギジェルモにもう構うでなく、ララ=ゴドィは席を立った。

「ともかく〝扯旗山ちぇきさん〟に戻るぞ」 〝不死の百頭竜ラドゥーン〟の表情になって言う。「戻ったら直ぐに『宙賊館やかた』に組合ギルドかしらどもを集めろ。『商会』には使者ひとれ」

「それはオレがいこう」 ギジェルモがニヤリと応じた。「──大丈夫。酒はちゃんと抜いてくよ」

「さて……」 ララ=ゴドィは舌なめずりするように目を細めた。

 それから独り言る。

「──面白くなってきやがった……」



6月17日 1930時 【H.M.S.カシハラ/指令公室】


 帝国ミュローンの皇女に充てがわれた部屋の中に、主人ララ=ゴドィに残された〝従卒〟、ベッテ・ウルリーカ・セーデルブラードは立っている。

 これから夕食とのことだが、ララ=ゴドィは夕食の誘いを辞してふねを去っていった。

 舷窓に不死の百頭竜ラドゥーン〟の接舷艇〈ウィキッド・ウェンチあばずれ娘〉号が離れていくのが見える。

 少女はそれを〝見下ろす〟ように目線で追っていたが、背後に皇女の気配を感じると振り返り、わずかに躊躇った末に膝を折ったカーテシー

「心細いでしょうか?」 そんな少女に、皇女エリンは優しく声を掛けた。「──しばらくはわたしの〝客人〟ということでふねにいてもらうことになりましたが、自由に動き回ってもらうというわけにはいきません…… ごめんなさい」

「…………」 少女は恐縮したのかそれとも様子を覗っているのか、黙って返している。

 エリンはそんな少女にお道化る様に笑って見せた。

「──わたしも、ふねの中では自由に歩ける立場ではないのです」

 しばしの沈黙があったが、結局ベッテは口を開いた。「──構わなくていいです。慣れてますから」

 ちょっと〝はすっぱ〟に言い、不貞ふてるように目線を横にする少女に、エリンは小さく小首を傾げる。

「──貴女も〝ミュローン〟と聞きました」

 言ってエリンはテーブルに着くとベッテにも席を勧めた。


 主のララ=ゴドィが今後の〝連絡役〟に彼女を残していくと言ったのは去り際だった。その際、こう付け加えた。

「──じつはコイツも貴種なのです。世が世なれば、やんごとなきミュローン貴族の〝姫君〟であらせられる…──」 と……。


 ベッテは皇女の顔を見返すと、流れる様に粗相なく着席してみせた。

 表情のないベッテのその様子に、エリンはそっと言う。

「意地が悪かったでしょうか?」

 ベッテはあからさまに不機嫌な表情かおをしてみせた。

「そう思うんなら、初めからやらなけりゃいい」

 突き放すようにそう言って目線を上げられないところに、この娘の真摯さと幼い自己保身との〝せめぎ合い〟を見て取れるようで、エリンならずとも彼女の〝不快さ〟を追体験させられた気になる。

「そうですね。ごめんなさい」 エリンは素直に謝った。

 その上でエリンは切り出した。

「──お友だちには、なれませんか?」 と……。


 ベッテはその言葉に反射的に激昂してみせた。

「はぁっ⁉ ──あ、あのさ……っ‼」 勢いよく席を蹴って身を乗り出す。「わたし、宙賊だよ!」

「はい……」 エリンはその言葉を正面から受けて頷いた。

「──泣く子も黙る〝不死の百頭竜ラドゥーン〟の『愛人』!」 ベッテは腕を振り回し、自らの立場を主張してエリンのげんに冷笑してみせる。「そんなわたしが、皇女殿下と〝お友だち〟⁉ さすがに笑っちゃうでしょ、それは」

 エリンは動ずることなく、視線を真っ直ぐに返して言った。

「貴女の〝船長キャプテン〟とは〝お友だち〟になると思いますよ」 それから赤らめた顔で目線を下に向けた皇女が訊く。「──あの……ベッテさんはその……〝船長キャプテン〟の『愛人』、なのですか?」

「え⁉ あぁぅ……」

 逆にそう訊かれて言葉に詰まることになったベッテは、アワアワと胸元で両の手動かしてエリンと同じように赤らめた顔になると、ストンと腰を下ろした。

 ベッテにしても、自分が女として未だ成熟しておらず、ララ=ゴドィの眼中に入っていないということを理解はしている。当然、幼女趣味のないララ=ゴドィとの間に、そういう関係はない。


 仕方なく白状するような表情になって、ベッテ・ウルリーカはエリンに向いた。

「──でも……だって、ずっと手元に置いてるってことは……〝そうしたい〟って、そう思ってるからだよね……」

 だから〝嘘は言ってない〟、そう言いたげな勝気な瞳が、いまは切なげに揺れている。

「…………」

 そんな瞳を見たエリンは何と応えてよいかわからず、それでも何とか言葉を紡ぎ出して言った。

「あの、それは……貴女のことが、とても大事なんだと思います」

「うん……」 それでどうにか納得したふうなベッテは、おずおずとエリンに言った。「あ、あのさ…… あんたがララ=ゴドィの友達なら……、わたしにとっても友達、だから……」


 そう言うベッテに、エリンは笑顔になって思った。

 ──かわいい……妹ってこういう感じなのかしら。

 丁度夕食が運ばれてきたところで、配膳のワゴンを押して入ってきたアマハに、エリンはたった今友人となった少女を改めて紹介した。



6月19日 1000時 【〝扯旗山ちぇきさん〟/渉外区画ダウンタウン


「──例の〝ふね〟ですが……〝不死の百頭竜ラドゥーン〟と条件を詰め始めたようです」

 〝扯旗山ちぇきさん〟の雑然としてはいるが活気の溢れる渉外区画ダウンタウンの端に、土産物を売る露店の一つで足を留め商品を物色していた学者風の男──ミシマ・キョウを見つけると、アヅマ・ハルキはそう言って近付いた。「──『宙賊館』が『外事課』を介して〝取引〟の追認を求めてきたそうです」


 ここ暫く帝国ミュローンの動向に注視していた星系同盟のオオヤシマであったが、結局、六月六日の政変に伴って回廊の要衝が『国軍』によって封鎖されると、星域内の経済活動は著しく制限を受けることとなった。ミシマ商会もまた例外なく影響を受け、定常業務にも裏側の業務にも差し障りが生じ始めている。

 〝安楽椅子探偵〟よろしく後方に構えている余裕がなくなる前に、ミシマ・キョウは側近のアヅマだけを伴い、物語の核心となりつつある〝航宙軍からの離脱艦〟と〝帝国皇位継承権を保有する娘〟の今後を見定めるため『宙賊航路』の〝扯旗山ちぇきさん〟まで出向いてきていた。


 キョウは、店先に吊るされた編み込み紐の玉のペンダントを、幾つか手に取って見比べている。

「……お土産ですか?」 アヅマは遠慮がちに訊いた。

「ああ……二人の娘にね…── これと、これを貰おうか」 キョウは真剣な面持ちでペンダントを二つ選ぶと店の主を向いて訊いた。「──…これは、口に入れても大丈夫かな?」

 店主が頷いて返すとキョウは満足げに顔を綻ばせ、懐から現金を引っ張り出した。

「もっと〝落ち着いた店〟で選ばれたらよいでしょうに」

 露店から離れてからアヅマがそう言うと、キョウはニコニコとした表情かおで応えた。

子供ヽヽへの土産だからね。品物だけでなく、どんなところで入手したのか、その店の人の為人ひととなりや雰囲気なんかも一緒に伝えてやりたい ──高級なブランドの店というのは、子供にとってワクワクする雰囲気ではないだろう?」

 アズマはとりあえず肯く。自分がこの十年で育てたこのミシマ家の次兄の〝こういった感性〟はどうにも理解し難く、これは彼生来ヽヽのものだと思うことでようやく納得していた。

 キョウはそんな副社長室長アヅマ・ハルキに、手近の露店の一つから買い求めた茶に似た飲料の容器の一つを手渡し、いま一つの容器を自らの口に運んだ。表情を見るに口には合わなかった様だが、一気に飲み干して店主に笑って見せていた。



 その後二人は車──タウンで乗り出したレンタカー──に乗り込むと、ようやく本題に入った。


「それで──どんな条件を示してみせた? ……航宙軍の巡航艦カシハラは」

 上司である副社長のその問いに、ミシマ商会の〝外事課〟という非公式部署を掌握するアヅマ・ハルキ副社長室長は、扯旗山ちぇきさんの私掠組合から伝えられてきた交渉の顛末と先方の出してきた〝報酬〟の内容とを伝えた。


 聞き終えたミシマ・キョウは、握った拳をあごにあてる動作を繰り返し、静かに独り言ちた。

「ふぅん…… 『宙賊航路』の使用料の徴収権と〝扯旗山ちぇきさん〟の租借権、か──」

 ──正直、そこまで踏み込んだ〝取引〟は想定していなかった。

「ユウ様も中々の〝山師ヽヽ〟ぶりですな」

 そうアヅマが感心したふうに言うのが聴こえた。──扯旗山ちぇきさんの宙賊の歓心を買うのに大きく〝空手形ブラフ〟を張ってみせたとアヅマは理解したのだ。

 そのアヅマの言に、キョウはかぶりを振ってみせた。

「いや、ユウはこれを〝本気ヽヽ〟で卓上テーブルに上げたのだと思う」 キョウの表情かおは、指導する学生のレポートが〝良い出来ながら評価対象外〟であるのに困っている若手講師、という感じになり続けた。「──扯旗山ちぇきさんを公式の〝存在〟に引き上げ、その上で旗色をハッキリさせたいのだろうね ……彼らしいヽヽヽヽと思う」


 キョウの記憶の中の弟が、理不尽さに憤るよう顔を上げ、その真っ直ぐな目でこちらを向いたように思った。何故だか、口元が綻んでしまった。

「若君らしい、ですか……」

 アヅマがそう言うと、キョウは韜晦するような横顔になって応えた。

「ロマンチストだからねぇ、ユウは…… 4人の兄妹の中では一番〝夢を語る〟存在だった」


 それから表情を消し、低く呟くよう静かに訊いた。

「──アヅマ…… 〝ミュローン二十一家〟のうち、ベイアトリス── エストリスセンの側に、いったいどれほど付くとみている?」


 問われたアヅマは、彼本来の冷徹な表情になって所見を述べた。

 ──恐らく、3分の2弱……というところではないか。4割程度のミュローン貴族がフォルカー卿を支持するはずだ、と……。

 キョウは、その見解を黙って聞いていて、語り終えたアヅマに一言、「──そうか」と言うと、後は何も言わずに車外の喧噪を目で追うのであった。

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