第34話 ロマンチストだからねぇ、弟は……
6月17日 1905時 【格納庫内
皇女殿下との謁見から戻った〝
そんな〝
「……どうだった?」
ララ=ゴドィは目線だけ動かしてギジェルモを見遣り応えた。
「どうもこうも…… ありゃ確かに〝ミュローン〟だ ……
その言葉にギジェルモが軽く目を見開いて返すと、ララ=ゴドィは謁見の内容を
こちらからの『私掠免許状』の要求を
ギジェルモは黙って聞いていた。
一通り話し終えたララ=ゴドィは、今度はギジェルモに訊き返す。
「そっちは?」
ギジェルモは両の肩を大きく竦めてみせた。それで侵入の不首尾を伝える。
「ダメだった…… あの
「…………」
そんな答えを責めるでなく、ララ=ゴドィはもうそれ以上何も言わない。
「ところで──」 ギジェルモが
「アイツは置いてきた」
ギジェルモの視線の動きに、ララ=ゴドィそう答えた。アイツとはララ=ゴドィの従卒の少女──ベッテ・ウルリーカ・セーデルブラードのことだ。
「……?」 ギジェルモはララ=ゴドィに向くと、その顔を覗き込んだ。「──〝人質〟、かね?」
──らしくないことを……、という表情を浮かべて向いたギジェルモの顔にララ=ゴドィは面倒そうに言った。
「ま、そんなところだ」 それから言い訳がましく付け加える。「──それに、ここらで〝戻した〟方がアイツのためだろう……?」
「それは……」 それに何か言いかけたが、結局ギジェルモは空の酒杯に視線を移して薄く笑みを浮かべた。「──ま、そうだな……」
そんなギジェルモにもう構うでなく、ララ=ゴドィは席を立った。
「ともかく〝
「それはオレがいこう」 ギジェルモがニヤリと応じた。「──大丈夫。酒はちゃんと抜いてくよ」
「さて……」 ララ=ゴドィは舌なめずりするように目を細めた。
それから独り言る。
「──面白くなってきやがった……」
6月17日 1930時 【H.M.S.カシハラ/指令公室】
これから夕食とのことだが、ララ=ゴドィは夕食の誘いを辞して
舷窓に
少女はそれを〝見下ろす〟ように目線で追っていたが、背後に皇女の気配を感じると振り返り、わずかに躊躇った末に
「心細いでしょうか?」 そんな少女に、
「…………」 少女は恐縮したのかそれとも様子を覗っているのか、黙って返している。
エリンはそんな少女にお道化る様に笑って見せた。
「──わたしも、
しばしの沈黙があったが、結局ベッテは口を開いた。「──構わなくていいです。慣れてますから」
ちょっと〝はすっぱ〟に言い、
「──貴女も〝ミュローン〟と聞きました」
言ってエリンはテーブルに着くとベッテにも席を勧めた。
主のララ=ゴドィが今後の〝連絡役〟に彼女を残していくと言ったのは去り際だった。その際、こう付け加えた。
「──じつはコイツも貴種なのです。世が世なれば、やんごとなきミュローン貴族の〝姫君〟であらせられる…──」 と……。
ベッテは皇女の顔を見返すと、流れる様に粗相なく着席してみせた。
表情のないベッテのその様子に、エリンはそっと言う。
「意地が悪かったでしょうか?」
ベッテはあからさまに不機嫌な
「そう思うんなら、初めからやらなけりゃいい」
突き放すようにそう言って目線を上げられないところに、この娘の真摯さと幼い自己保身との〝せめぎ合い〟を見て取れるようで、エリンならずとも彼女の〝不快さ〟を追体験させられた気になる。
「そうですね。ごめんなさい」 エリンは素直に謝った。
その上でエリンは切り出した。
「──お友だちには、なれませんか?」 と……。
ベッテはその言葉に反射的に激昂してみせた。
「はぁっ⁉ ──あ、あのさ……っ‼」 勢いよく席を蹴って身を乗り出す。「わたし、宙賊だよ!」
「はい……」 エリンはその言葉を正面から受けて頷いた。
「──泣く子も黙る〝
エリンは動ずることなく、視線を真っ直ぐに返して言った。
「貴女の〝
「え⁉ あぁぅ……」
逆にそう訊かれて言葉に詰まることになったベッテは、アワアワと胸元で両の手動かしてエリンと同じように赤らめた顔になると、ストンと腰を下ろした。
ベッテにしても、自分が女として未だ成熟しておらず、ララ=ゴドィの眼中に入っていないということを理解はしている。当然、幼女趣味のないララ=ゴドィとの間に、そういう関係はない。
仕方なく白状するような表情になって、ベッテ・ウルリーカはエリンに向いた。
「──でも……だって、ずっと手元に置いてるってことは……〝そうしたい〟って、そう思ってるからだよね……」
だから〝嘘は言ってない〟、そう言いたげな勝気な瞳が、いまは切なげに揺れている。
「…………」
そんな瞳を見たエリンは何と応えてよいかわからず、それでも何とか言葉を紡ぎ出して言った。
「あの、それは……貴女のことが、とても大事なんだと思います」
「うん……」 それでどうにか納得したふうなベッテは、おずおずとエリンに言った。「あ、あのさ…… あんたがララ=ゴドィの友達なら……、わたしにとっても友達、だから……」
そう言うベッテに、エリンは笑顔になって思った。
──かわいい……妹ってこういう感じなのかしら。
丁度夕食が運ばれてきたところで、配膳のワゴンを押して入ってきたアマハに、エリンはたった今友人となった少女を改めて紹介した。
6月19日 1000時 【〝
「──例の〝
〝
ここ暫く
〝安楽椅子探偵〟よろしく後方に構えている余裕がなくなる前に、ミシマ・キョウは側近のアヅマだけを伴い、物語の核心となりつつある〝航宙軍からの離脱艦〟と〝帝国皇位継承権を保有する娘〟の今後を見定めるため『宙賊航路』の〝
キョウは、店先に吊るされた編み込み紐の玉のペンダントを、幾つか手に取って見比べている。
「……お土産ですか?」 アヅマは遠慮がちに訊いた。
「ああ……二人の娘にね…── これと、これを貰おうか」 キョウは真剣な面持ちでペンダントを二つ選ぶと店の主を向いて訊いた。「──…これは、口に入れても大丈夫かな?」
店主が頷いて返すとキョウは満足げに顔を綻ばせ、懐から現金を引っ張り出した。
「もっと〝落ち着いた店〟で選ばれたらよいでしょうに」
露店から離れてからアヅマがそう言うと、キョウはニコニコとした
「
アズマはとりあえず肯く。自分がこの十年で育てたこのミシマ家の次兄の〝こういった感性〟はどうにも理解し難く、これは彼
キョウはそんな
その後二人は車──
「それで──どんな条件を示してみせた? ……
上司である副社長のその問いに、ミシマ商会の〝外事課〟という非公式部署を掌握するアヅマ・ハルキ副社長室長は、
聞き終えたミシマ・キョウは、握った拳を
「ふぅん…… 『宙賊航路』の使用料の徴収権と〝
──正直、そこまで踏み込んだ〝取引〟は想定していなかった。
「ユウ様も中々の〝
そうアヅマが感心したふうに言うのが聴こえた。──
そのアヅマの言に、キョウは
「いや、ユウはこれを〝
キョウの記憶の中の弟が、理不尽さに憤るよう顔を上げ、その真っ直ぐな目でこちらを向いたように思った。何故だか、口元が綻んでしまった。
「若君らしい、ですか……」
アヅマがそう言うと、キョウは韜晦するような横顔になって応えた。
「ロマンチストだからねぇ、
それから表情を消し、低く呟くよう静かに訊いた。
「──アヅマ…… 〝ミュローン二十一家〟のうち、ベイアトリス── エストリスセンの側に、いったいどれほど付くとみている?」
問われたアヅマは、彼本来の冷徹な表情になって所見を述べた。
──恐らく、3分の2弱……というところではないか。4割程度のミュローン貴族がフォルカー卿を支持するはずだ、と……。
キョウは、その見解を黙って聞いていて、語り終えたアヅマに一言、「──そうか」と言うと、後は何も言わずに車外の喧噪を目で追うのであった。
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