第31話 これが〝ミシマ〟の三男坊か……

6月16日 1155時 【〝扯旗山ちぇきさん〟宙賊館/首領執務室】


 ミシマ・ユウは屋敷のを最初に見たとき、軽い眩暈を覚えたことを覚えている──。

 上等な調度品で整えられた屋敷の中で唯一〝品〟がなかったのは、通された奥の間に座った主その人とその一党であった。


 さして広くない部屋の正面に置かれた桃花心木マホガニーの執務机の向こうに、座っていてさえなお大柄であると感じさせる長身蓬髪の男が座っていた。年齢としの頃は三十代半ばといったところだろうか。──まず〝男前〟と言える顔立ちではある、が……。

 その出で立ちが特徴的ユニークで──そう、古典として知る〝海賊〟のなりそのものだった──、はだけた胸元から覗く胸筋を一際誇示して見せるヽヽヽヽヽヽヽその神経を疑う。〝匂い立つ〟という言葉があるが、確かにクラクラとさせられるものがあった。


「いったい何の冗談なのだろうな?」

「黙っていてくれ……」

 かたわらでさすがに眉を顰めたガブリロ・ブラムを、ミシマは黙らせた。


 室内に居並んだ〝お仲間宙賊一行幹部〟の出で立ちも大同小異の有様で、前装式の小マスケット銃の代わりに軍用散弾銃ショットガンを抱えている輩もいた。

 事情を知らなければ、それは仮装パーティーの一幕であった。

 が、事情を理解してこの場にいるオーサ・エクステットには、そんな感慨はない。ただ入室する前に銃と短剣ダガー──隠し切ることはできなかった──を取り上げられたことを痛恨に思うだけだった。客人の武器を取り上げている以上、自らも武器の携行はしないという暗黙の礼儀は、ここの宙賊には通用しないらしい。


 背後で分厚い扉が閉じられると『宙賊館』の主──〝不死の百頭竜ラドゥーン〟の綽名で知られる扯旗山の私掠組合の首領──ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィは、先ずアマハ・シホの方を向いて口を開いた。

「しばらく顔を見なかったな──」

 言うやララ=ゴドィは、その引き締まった体躯を躍らせると、桃花心木マホガニーの執務机を一跳びにしてみせた。

 相当の距離──元々広い執務机の意味はそこにある──を一気に詰めて(──実際には広い卓上を一度蹴ってはいる……。)アマハの前に立ったララ=ゴドィは、彼女のおとがいに手をやると、顔を上げさせた。

「ふむ……少しはいい女になって戻ってくるかと思ったが……」 言って長身のアマハを見下ろして続ける。「──身長の割に相変らず胸はないな」

 その如何にも粗野な言葉に、周囲からの下卑た嗤いが重なる。

 言われた方のアマハはただ硬い表情で、眉一つ動かさなかった。

 オーサが眉を顰め、ガブリロがララ=ゴドィに向き直ろうと一歩を踏み出した時には、もうミシマは〝不死の百頭竜ラドゥーン〟の腕を掴んでいた。


「なるほど……」 男から腕を掴まれ、宙賊館の主は興の湧かない目でミシマを向いた。「これが〝ミシマ〟の三男坊か……」

 見下ろされたミシマは顎を上げて真っ直ぐに見返す。その表情にララ=ゴドィは目を細める。

「──二男の方からは捨てられたと聞いたが? それで消えたか?」

「…………」

 ララ=ゴドィは、アマハ、ミシマ、ガブリロ、そしてオーサの四人の視線を平然と受け流し、アマハに答えを促すよう目を向ける。

 小首を振って顎先をララ=ゴドィの手から逃がすと、アマハはファッショグラスを外して、あらためて宙賊館の主に向き直った。「──二年ほど〝泣き濡れて〟ました」

 その語尾に全く感情の乱れがないのに敬服したミシマは、同時に彼女に対して〝ミシマ〟の名を〝後ろめたく〟感じてしまっている。

 ララ=ゴドィの方はアマハに見上げられ、鼻を鳴らして返した。

「(ふん)──それで士官学校の宿舎には、傷心を慰めてくれる若いのが〝引く手数多あまた〟だったわけだ」 言ってミシマを見、ニヤっと嗤う。「──なあ? 御曹司」


 なるほど……〝その後〟のアマハの来歴──士官学校へ入ったこと──もちゃんと調査済みというわけだ。しかし何なんだ! この〝下品〟な言い様は……っ

 ミシマは男の右腕を掴んだ手に力を込めると、強引に自分の方に引き寄せた。──となれば、自然二人の目線が正面からぶつかることになる。

 二人を中心に緊張が走り〝これから起こりそうな事態こと〟への無責任な期待が、宙賊の一党の間に膨らんでいった……。──と、そんな〝場〟の流れを、アマハは艶やかに収めてみせた。

「──ええ、そう……」 彼女はそれまでの硬い表情から一変した、羞じらいすら漂わせたになってミシマの腕に取り縋り、二人の男の間に割って入ってみせる。「──お兄さまと違って優しいの、彼……」


 いささか芝居がかったその言い様に、ミシマもまたドギマギとさせられるのが面に出ないよう、仏頂面を維持するのが精一杯といった態だった。

 一方のララ=ゴドィの方は、そんなアマハを嗤うと〝興が醒めた〟とばかりに顔から毒気を消して手下どもに命じた。

昼食めしの前に商談にしよう──」 くるりと背を向けると執務机の脇を戻っていき、めんどくさそうに手下に手を振る。「──〝座興〟は終わりだ。皆下がれ」

 首領のその散会の指示に、宙賊一党の面々が期待が外れたとばかりにばらばらと退出していく。

「早く行け! ほれ!」 退出する一党の一人にララ=ゴドィは声を掛けた。「それからヨウニ── そのショットガン、実包たまぁ入ってねぇだろうな!」

 ヨウニと呼ばれた大男が黙って軍用散弾銃ショットガンのハンドグリップを往復させるスライドアクションと、その薬室から実包シェルは排出されてこなかった──。


 *


 人払いの後に部屋に残ったのは〈カシハラ〉側の五人に対し〝扯旗山ちぇきさん〟の側は首領のララ=ゴドィとその二人の側近、双方合わせて八名であった。

 ミシマは単刀直入に航宙艦向けの補給物資の提供を求めた。

 このときミシマは、〈カシハラ〉とエリン皇女殿下の置かれた状況を包み隠さず明かしている。

 提供される物資は〈オオヤシマ〉──『ミシマ商会』との関係を微塵も匂わせてはならず、その痕跡が完全に〝消された〟ものでなければならない。それが絶対条件だった。だから『商会』の協力は期待してはいけない。

 見返りは〝白地の小切手〟──振出し主は〈ベイアトリス王室〉。


 この話にララ=ゴドィと二人の側近は困惑した。〈カシハラ〉側の話は確証に乏しい。

 既に〝自由回廊〟内の各処は六月六日の時点で帝国ミュローンによって封鎖されていた。その日以降、星域内の情報の流通は帝国の管理統制下にある。〝分断し各個に対処せよこれにあたれ〟──ミュローンはこれを実施した。

 それは『宙賊航路』のあるマレア星系も例外ではなく、〝扯旗山ちぇきさん〟の宙賊と言えども『宙賊航路』ごと星系内に封じ込められ、情報的に〝孤立〟していた。

 現状で傍証らしきものと言えば、隣接するカルタヒヤ星系で航宙軍の巡航艦が帝国ミュローンの装甲艦と〝交戦したやりあった〟らしい、という一報が届いていたが、その程度のものしかない。


 クレークは星域に展開する『国軍』への各星系の対応を説明しただけで、話の行方はミシマに委ねていた。〝政治屋〟としての自分の持ち味は、相手の出方次第というわけらしい。


 本題に入った時点でアマハ・シホは一言も口を利いていない。〝渡りを付ける〟までが自分の仕事で〝交渉〟はミシマの役目。──自分は〝一切関知しないノータッチ〟というのが今回の彼女の姿勢スタンスらしかった……。


 結局、ララ=ゴドィは即答を避けた。話は聞いたが裏付けは取らせてもらいたい、と。

 顔に似合わず慎重な男だとガブリロなどは思ったが、ミシマやクレークにとってそれヽヽは既定のことだったらしく、回答を保留したララ=ゴドィからの昼食の招きに応じて場を移した。

 居心地の良い食堂で饗された昼食は決して豪勢ではなかったが〝本物〟の味だった。ただ一人饒舌なララ=ゴドィに、クレークだけが場を保たせるよう追従ついしょうの話術を駆使していたとき、『宙賊館』の主は〈カシハラ〉への来訪の意思を告げた。──振出し先スポンサーの顔は見ておきたい ──先の話は、そのうえで、最終的に〝扯旗山ちぇきさん〟の『私掠組合ギルド』の合議で決したい、と言う。


 そのララ=ゴドィの言に、ミシマとクレークはわざヽヽと目線を交わしてみせる。それからミシマがおもむろにナプキンで口元を拭うと、ゆっくりと宙賊の首領を向いて応えた。


「いいでしょう。ただしあなたの他随員は6名以内。艦内に入るのはあなたともう1名として頂きます。──フネはそちらで用意されますか? カシハラには我々の接舷艇フネが先導します」

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