第20話 ただ〝期待〟はするだろう?
6月9日 0200時 【H.M.S.カシハラ/艦橋休憩室】
「〝ワッチでーす〟……」
艦橋付きの休憩室。簡易ベッドの中のジングウジ・タツカ(宙尉/航宙科)は、厚地のカーテンの外からのイセ・シオリ(宙尉/船務科)のどこか鼻にかかる甘えるような声で目を覚ました。この〝当直交代の呼掛け〟は
タツカは簡易ベッドの枕元のメガネに手を伸ばしつつ、まだシャンとしない声でシオリに訊いた。
「──…異常は……?」
「──ないよ ……全艦に
さすがに疲れた声が尻すぼみになるシオリに、折半直の短い休息を寝るだけだったタツカも、まだ疲れの残る頭の中で毒気を吐く。
──シャワー浴びてから寝れるんだから、まだいいよ…… ツナミのヤツを絞めるんなら、わたしを忘れんな……
さすがに声にまで出さなかった。そこはシオリとは違う。
観念し勢いよくてカーテンを引く。腰まで伸ばしてしまった髪を纏めた頭が重い。あぁ、失敗だった。髪切りたい……。お風呂入りたい……。髪はやっぱり切ろう。
そう固く決意して、ジングウジ・タツカ宙尉は〝
艦医のラシッド・シラの進言を受けて〝総員〟による第1配備が解除された〈カシハラ〉は、とりあえずは2400時からの
艦長のツナミを怨嗟の言葉と共に揶揄できる程度には、艦内の雰囲気も回復してきている。以降は第2配備の2直6交代のローテーションに入るはずで、
6月9日 0350時 【H.M.S.カシハラ/機関制御室】
航宙艦〈カシハラ〉の機関制御室は、航宙軍の最新鋭4等級艦のものだけあってさすがに洗練されていた。
その中央指示卓に着くオダ・ユキオ1級技官は、
実は
〈カシハラ〉はもともと不調を抱えていた
「──実際、この航宙、どうなると思います、オダさん?」
まだ20代のソウダに、オダ〝機関長〟は上官というよりは年長者として応えた。
「ふむ、〝艦長〟は中々の肝の据わり様だったね ……オオヤシマとしては、まあ、表向きは〝困って〟みせるのだろう」
「──表向きは? ……みせる?」 意味を掴みかねるふうのソウダ。
「そう……表向きは困惑して見せなければならないだろうね」 オダは物静かな言い様で応じる。
「──それじゃ、裏があると?」
ソウダは、何やら〝大人の事情〟がありそうだ、と気持ち声を潜めた。
オダは静かに頷いた。
ソウダが重ねて訊く。「──裏って何です?」
「裏は裏だからね ……表立っては認めることのできない、そういう事情があれば、それが〝裏〟というものだろう?」
オダは慎重な面持ちのソウダに〈カシハラ〉とオオヤシマ──星系同盟の置かれた状況を掻い摘んで解説してみせた。
現在のところ星系同盟は宗主国と仰ぐ帝政連合に対して表向き恭順の構えを見せている。だがその
だが六月六日、
そんな中〈カシハラ〉には帝政連合の
同盟の盟主、オオヤシマとしては、こんな状況の推移は寝耳に水だったろう。正規
〈カシハラ〉を所管するオオヤシマ防衛庁も運用する航宙軍も面目を失ったはずである。だが現実に
そしてこの混乱の影で、一つの〝可能性〟が小さな光を放ち始めたというわけだ。このまま巡航艦に残った有志らがエリン皇女を奉じて
この状況をそう考える〝夢見がち〟な人と言うのは、多くはないかも知れないが確実にいるものだ。オダは、この
「──でもそれは、
「動きはしないだろうね」 オダは苦笑を浮かべつつも応えた。「──ただ〝期待〟はするだろう?」
「…………」
ソウダは、いよいよ理解し難い、というふうに口元を歪めてみせた。そんなソウダにオダは曖昧に笑って見せ、そして心の中だけで思う。
──そう。期待するだけなら責任はどこにもない…… 成功しなければ、その時は〝切り捨て〟ればいいと、そう考えるだろう……
「わっちでーす! 皆さんお待ちかねの直交代の時間ですよー」
オダのそんな思考は、いま一人の技官職、キミヅカ・サチの明るい声で霧散した。三人の中で唯一航宙船舶での勤務経験を持つ彼女は、真新しい航宙軍の作業服──白地にオレンジの
オダとソウダ、それに彼女の技官三人に、士官候補生のクゼ・ダイゴを加えた四人が
〝
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