10-11

「川口にはお兄ちゃんがいると見た!」

 委員長が鋭い推理を披露する。

「はぁ? 俺は、可愛くねぇ妹が二人いるだけだよ」

「何でしょう。妹さんに同情してしまう私は、いけない子かしら?」

「そんな事ありませんわ道子さん。川口がお兄様だなんて、同情を禁じえません。ただ、妹さんとは、お友達にはなれそうな気がしますわ」

 女優モードの道子と紗絵の言葉に、川口君が思わず声を荒げる。

「何が同情だよ! 俺の方があいつらに迫害を受けてんだよ! 寧ろ俺が同情して欲しいわ!」

「まぁいいや。話し戻すね?」

 紗絵が川口君の言葉をサラリと流す。

「とりあえず川口、あんたには全体的な男子のリーダーとして動いて欲しいのね」

「リーダー? 面倒くせぇな」

「男子の間でのあんたのカリスマ性は、割と買ってるんだよ。大道具運ぶとか、資材運ぶとか、どうしても男手が必要な場面ってのはあるから、そう言う時に、あんたが率先して動いて欲しい」

「やっぱさ、力仕事とか率先してやってくれると、頼れるなぁって感じるわよね~」

 道子がこれ見よがしに発言しながら、私にウインクと共に、暗黙の指令を飛ばしてきた。

「そうそう。やっぱり女の子だけだと、どうしても不安な所とかがあるからね。そういう時に、男の子が助けてくれると、やっぱりキュンとしちゃうよね~」

「それにさ、そんな男子を仕切ってるってなったら、普段チャラチャラしてても、やっぱりやる時はるんだな、って思う女子って絶対いるよね~」

 委員長が空気を察し、追従してくれる。

 これが女の連帯感なのかい? なんて歌が思い出される。

 連帯感ではありません。空気を読んだ上での、波状攻撃で御座います。

「んあ? 仕方ねぇなぁ。とりあえず、具体的には何をすればいいんだよ?」

 川口君が、口では面倒くさそうなふりをして、話しに乗ってくれる事になった。

 男がみな単純なのでは無い。

 目立つ位置に出てくる男に、単純な人が多いだけなのだ。

 それに、男って単純だ、と十把一絡げで思いこんでいる女もまた、単純である事が多いように思う。

 自分が気難しい、複雑怪奇な人間だとは思わない。だけれども、自分も含めて、そんなに単純な人間ばかりだとも思えないのだ。何より、私の目の前に座っている、今日はいつものように前髪を目元まで垂らしている男の子の事を、とてもでは無いが単純だとは思えない。

 そしてふと、玲央君はさっきから、一言も話していない事に気づく。先程、委員長達に謙遜をして以来、だんまりを決め込んでいた。

 彼の方を見ると、ノートの上でペンを構え、何かを書いているように見えるが、積極的に会話に参加しようと言う意思は見て取る事は出来ない。

 やはり人付き合いは苦手なのだろうか?

 最近は普通に話しかけてくれる事が多い為、私は勘違いをしていたのかもしれない。

「川口の仕事は、他のとこが色々決まって来てからだから、まだ焦んなくて大丈夫だよ。心配しなくても、女子に格好いいとこ見せられるって」

「別にそんなんじゃねぇよ! なぁ、大体終わったんなら、もう解散でいいだろ? 俺部活行きてぇんだけど?」

「そうだね、じゃあとりあえず、今日の所は解散にしようか。明日はHRでアンケート配って、集計して。とりあえず次の会議は、来週の月曜日あたりにしよっか。和物か洋物か明日決まったら、なんとな~くでいいから、土日の間でなんか考えて来て下さい。ってな訳で、解散!」

 紗絵の声を合図に、みな各々帰り支度を始めた。

「友野、ギターの練習、ちゃんとやれよ?」

 帰り際、玲央君にぽつりと声をかけられた。

「うん、勿論ちゃんとやるよ」

 すると玲央君は、そーっと耳元に近づいてきて、小声で話し始めた。

 玲央君の息が近い。

「乗り気じゃないなら、早めに断っとけよ?」

 そう言われ、顔が熱くなるのと同時に、背筋が冷たくなった。

「どう言う事?」

「鈴原の気持ちを無駄にしたく無い気持ちも分かるけど、無理したって、音楽嫌いになるだけだぞ?」

 そんな事無いよ。

 大丈夫だよ。

 頑張れるよ。

 そう、言おうとした軽口は、近づいた為に見えた玲央君の真剣な眼差しに、押しとどめられてしまった。

 何も言い返せない。

 色々な物を見透かされた上で、玲央君は忠告してくれてるのだ。

 中途半端な気持ちのままで、流されるままに、ただやる。それはとても失礼な事だ。それは、昨夜から布団の中で、何度も何度も考えていた事だ。

 だけど、玲央君は、私が音楽を嫌いになるからと言う優しい理由で、忠告をしてくれた。

 それは、彼の優しさなのだろうか?

 だから、その時私が彼に言うべき言葉は、ありがとう、そうだね、私には無理だもんね、と言うようないじけた言葉だったのかもしれない。

 だって、紗絵の才能と熱意を隣で感じ、自分の温度と技術の低さも感じ、それでも本気になれていない自分から絞り出される言葉なんて、そんな卑屈なものでしか無いだろうと思っていた。

「……そんな事言わないで」

 だけど、私がその時玲央君に言った、いや、言えた言葉は、そうでは無かったのだ。

「私、頑張るから、そんな事、言わないでよ……」

 それは、意地だったのか。それとも、玲央君に見放されたくないと言う足掻きだったのか。

 何だっていいのだ。

 もし、私の奥底に燃える、私も知らない情熱が、まだ燃えたいと私に呟かせた言葉だとしても、そんな事はどうでもいいのだ。

 私がいま吐いた言葉は、卑屈な物でも、諦観を伝える物でも無い。

 真実なんてどうでもいい。

 ただ、ただその事実だけが重要なのだ。

「……分かった」

 玲央君はそこで、唇を微かに曲げて、嬉しそうに笑った。

「頑張れ」

「うん、頑張る」

 たったそれだけで、不思議と頑張れる気がした。

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