8-5

「うん、何?」

「それにしたってあんたは、幸せを感じる度合いが低い気がするの。まぁ、こないだみたいな事があるから、私もちょっと反省してるし、グイグイ無理に行けとは言わないけどもさ、もたもたしてる内に、大藤を誰かに取られちゃうって事もあるかもしれないんだよ?」

「ん~……、今もそれは大して変わらなくない?」

 玲央君は結局、姉の事しか見ては居ないだろう。

 言ってしまえば、彼の心は既に現在、姉に取られてしまっていると言っても過言では無い。

「それはそうかもしれないけどさ?」

「何? 大藤の事好きな奴でもいんの?」

 紗絵が場にそぐわないそんな質問を出した時に思い出した。

 ――ああ、そう言えば、紗絵に言ってないや。

「何言ってんのよ紗絵。大藤は、和葉のお姉さんの事が好きなんじゃない」

 道子の言葉を聞いて、紗絵の表情が固まる。

「え、それ、マジ?」

 紗絵の真剣な顔が、私に向き直る。

「うん、多分、だけど……」

 私の言葉を聞くと、紗絵は、ふんふんと頷きながら、口の前に手を当てて、何かを思い出すような仕草をした。

「ああ、そう言う事だったんだ……。納得したわ、それでか……」

「え、紗絵、それでか、って何?」

「ねぇ、和葉?」

「はい?」

「大藤は、大藤があんたのお姉さん好きだって、あんたが知ってるって事、知ってるの?」

 私の質問に、随分とこんがらがった質問が返ってきた。

「え? ごめん、紗絵、もう一回言って」

「だから、大藤が和葉のお姉さんを好きだって和葉が知ってるって事を大藤が知ってるのかって事!」

 ――……?

 早口で捲し立てられ、何が何だか分からない。

「はいストップ。順番に行くわね。和葉は、大藤が、和葉のお姉さんを好きだって、知ってるんでしょ?」

 今度は道子が口を開いた。

「ああ、うん。多分だけど……」

「その事、大藤に話した?」

「まさか!」

「だよね。じゃあ、大藤は、あんたが知ってるって、気づいてると思う?」

「……いや、それは無いと思う」

 彼が人の機微に鈍い人間だとは言わない。だけど、彼がこう言う惚れた腫れたに聡い人間だとは、どうしても思えない。それに、もしそこまで鋭いなら、私の気持ちも既に筒抜けかもしれないし、そんな想像をすると、恥ずかしくて死にたくなってしまう。

「だとさ、どう?」

 道子が私の答えを、そのまま紗絵に手渡した。

「まぁ、そうだよね。そりゃそうか……」

「ちょっと紗絵、どういう事よ?」

「いや、こないだ、大藤が和葉のお姉さんに、色々奢ってもらってたじゃない? その時に順哉さんがさ、ままならないもんだなって言ってたのよ。私は、その辺の事情知らなかったし、和葉のお姉さん、和葉には似てなくて美人じゃない?」

 ――『私に似てない』は、いらなくない?

「だから、大藤がその辺の女にほいほいついてくような感じに見えてたんだけど、そういう訳でも無かったんだな~って。和葉のお姉さんも、そっちはそっちで彼氏いるっぽいし、順哉さんじゃないけど、本当、ままならないわねぇ……」

 紗絵は目の前のアイスコーヒーに手を伸ばし、眉間に皺を寄せた。

「でも、玲央君も、このままでもいいって思ってるような所があるしさ……」

「ねぇ和葉。それって、あんたもずっとこのままって事だよ? 本当にいいの?」

 ――うぅ……。

 紗絵の言葉が、肺腑を抉る。

 改めてそう言われてしまうと、全くその通りだ。

「良くは、無い……」

「和葉、これは親友としてって言うか、私個人の意見ね。他の女見てる男好きになっても、絶対幸せにはなれないよ?」

 暗に、だから諦めろと言われた気がして、私は心の内が、ささくれ立つのを感じた。

「じゃあ紗絵は、順哉さんが誰か他の人好きになったら、キッパリ諦めるの?」

「何でそこで順哉さんが出てくるのよ、今はあんたの話してるんでしょ?」

「だって、同じ事じゃない?」

「い~や、違うね。私は順哉さんの事、別にそういう対象として見てないもの」

「それは嘘だ、順哉さんが紗絵の事何とも思ってないなら分かるけど、紗絵は絶対順哉さんの事好きでしょ?」

「ちょっと、勝手に決め付けないでくれる!」

「紗絵の方こそ、絶対幸せになれないとか言わないでよ!」

「まぁまぁ、ちょっと落ち着きなって」

 ヒートアップして来た私達の間に、道子が割って入る。

 紗絵が頭を掻きながら、浮かしていた腰を席に付ける。

「悪い、熱くなった」

「私も、ごめん」

 途端に黙り込んでしまった私達を見て、道子が一つ溜息を吐いた。

「あれじゃない? 別にさ、和葉もまぁ、これでいいって言ってて、大藤もこれでいいんなら、暫くはこのままでいいんじゃない? 無理に何か動かなきゃって訳でも無いだろうしさ」

 道子が当初の自分の意見を曲げ、そう言ってくれる事に、なんだか申し訳無くなる。

「道子、ごめんね」

「何言ってんのよ! 私は、あんたが幸せなら別になんでもいいのよ!」

 ――なんでもいい、か……。

 ずっとこのままでもいいのかもしれない。

 でも、良くないのかもしれない。

 その答えは、今の私には、まだ出す事が出来なかった。

 頭を冷やす為に再度ストローに口を付けるが、コーラはもう口の中に登っては来なかった。

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