6-10

「それにしてもさ、大藤にあんな凄い特技があるなんて、知らなかったな~」

 紗絵が野菜を洗いながら、わざとらしく呟いた。

 そりゃそうだ。私だって知らなかったものを、紗絵が知っている訳が無い。

 時刻は夕暮れ。

 日の高い内は賑わっていた海岸線も、日帰り客は粗方帰ったようで、随分と静かになった。浜辺には、私達のようにキャンプ目的で来たいくつかのグループのテントが、ぽつぽつと点在しているだけである。

 一頻り遊び通した私達は、順哉さんの車で近所のスーパー銭湯へ向かい、塩水を流してから夕食の支度に取りかかった。

 私と紗絵は、炊事場で野菜の洗浄と切り分け、ついでに洗米も行っていた。

 テント前では玲央君と祐一君が、バーベキューの用意をするべく炭に火を起こしている。道子は祐一君のサポートがてら、持ってきた肉や魚をテント前で切り分けている。

 順哉さんは車に乗って、ちょっと出てくるとどこかへ行ってしまった。いいものを調達してくると言っていたが、一体どこへ行ったのだろう?

「それにしても道子、祐一君にべったりだね~」

「ね~、道子の話では、祐一君から道子に告白したって言ってたんだけど、道子の方がすっかり骨抜きって感じ」

「まぁ、別にいいんだけどね~」

 紗絵は余裕たっぷりに笑う。

「何よ紗絵、随分楽しそうじゃない。順哉さんの事、そんなに気に入ったの?」

「まぁ、そう言う訳でもないんだけどさ……。でも、彼氏にするって言うならまた別だけど、ああいう優しい感じのお兄さんって、私の周りにあんまり居なかったからさ、和むって言うか、気が楽って言うか、まぁ、話してると楽しいんだよね」

 そう言う紗絵の頬は、夕陽に照らされている所為か、若干朱色に染まっている。心なしか、いつもよりも表情が優しい気もする。

 ――おやおや?

 紗絵は表立って、自分のお気に入りを宣言するようなタイプではない。口では色々言いながらも、本心とは違う行動を取ってしまうような所がある。

 まぁ、それは私も、と言うか、大半の女の子に当てはまる理屈なのかもしれないけれども。

 だけど、その紗絵のこういう姿を目の当たりにすると、当人が何を言おうと、端から見ている限りでは、間違いなく脈ありだと感じてしまう。

 ――まぁ、順哉さんがどう思ってるかは、分からないんだけどね……。

 あの人は、軽そうなノリを全身に纏っているが、その実随分と物事を慎重に運んでいる気がする。大胆に見せかけて、その大胆な行動の裏側には、しっかりとした彼なりのロジックが存在しているのだ。だけれども、それが時折抜けているようにも見えるのが、とっつき易さに繋がっているとも思う。

 二人を繋ぎ合わせたのは私なのだから、もし親密になると言うのなら、それはそれで嬉しい。だけど、一筋縄では行かない気がプンプンする。

 順哉さんの事をさておいたとしても、紗絵も充分過ぎる程のじゃじゃ馬なのだから。

「あんただって、随分大藤と親しげじゃない。実際もう付き合ってんじゃないの?」

 ――嬉しい事を言ってくれる!

「全然そんなんじゃないよ。ん~、まぁでも、この旅行中で、玲央君の知らなかった部分とか色々見られて、楽しいけどね」

 紗絵の軽口に心からの賛美を心の中だけで送りつつ、私は洗い終わった茄子に包丁を入れた。

「紗絵も、玲央君の事は結構危ない奴じゃないかって言ってたじゃない? 実際どう?」

「ん~、いや。思ってたよりも、全然普通の奴だったかな。まぁ、まだそんなに深く知り合った訳じゃないから分からんけど、危ないイメージはもう無いね。意外と可愛いとこあるじゃねぇかって思うよ。やっぱあれだね、人間、ちゃんと話してみないと分からないもんだね。あいつはあいつで、何か色々抱えてそうな感じはしたけどさ、和葉が大藤の事いいなって思ってんだったら……」

 そこで紗絵は、切り終わった玉葱を水につけ、手を拭いてからこちらを見た。

「ちゃんと応援するよ」

 その言葉は、するりと私の胸に沁み込んできた。

 紗絵は当初、玲央君の事は危なっかしいに決まってるから近づくなの一点張りだった。それは私を心配してくれての言葉だったのだろうと思うけれど、親友の言葉は、随分と重いしこりとなって、私の心に引っかかっていたのだ。

 胸がスッと、楽になっていく。

 途端、ちょっと涙ぐんでしまった。

「ありがとう」

「あ~あ~、泣くんじゃないの」

「うん、ごめん」

 手の甲で涙を拭おうとした所を、紗絵に大声で止められた。

 うっかりしていたが、涙を拭おうとした右手で、私はしっかりと包丁を握っていた。

「流石にそれは危ない」

「う~、ごめん」

「和葉って、こう言う所があるから、目が離せないんだよね~」

「子供みたいに言わないでよ」

「じゃあもっとしっかりして貰いたいもんですな~」

 紗絵はふざけた口調でいいながら、手元にあったジャガイモを全部切った所で、はい終わりと宣言した。

 私も残っていた茄子を急いで切り、大きめのボールにそれらを一緒くたに放り込んで、二人炊事場を離れた。

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