6 キャンプ
6-1
6 キャンプ
「何かさ、今年の夏ってイベント少なくない?」
紗絵がコーラの中に入っている氷をストローで掻き混ぜながら、気だるそうに呟いた。先週までアメリカに行っていた人間の台詞とは思えない。
「あー、分かる。今年は暑かったし、動くのだるかった気がするわ~」
道子が紗絵の言葉に同意する。夏休み直前に彼氏を作り、デート三昧と言う贅を尽くした人間の台詞とは思えない。
紗絵が日本に帰って来たので、私達は夏休み前に学校より受け取った負の遺産、世間で言うところの夏休みの宿題を、ファミレスでドリンクバーを啜りながら協力して片づける事にした。
一人で全部をやるよりも、分担した方が早いのは火を見るよりも明らかだ。
父親の待つアメリカへちょこちょこと出かけられる紗絵は英語を、歴史上の人物にさえ熱を上げられる道子は社会を、そして時間を持て余してしまった際、結局本に逃げ場を求めるような私は国語を担当した。
理科と数学に関しては、また後で考えればいいと言う、紗絵の男らしい発言により、私達は無理をせず、それぞれの長所を生かした作戦に取り掛かっている。
女三人、文系ばかりである。
そう言えば、玲央君は数学が得意だと言っていた。
でもきっと彼は、宿題なんてやっていないんだろう……。
公園で、彼の手を握ったあの夜から、もう一週間が経過しようとしていた。
姉も無事仁さんと和解したようで、迷惑かけたねと笑いながら、再びアパートへと戻って行った。
玲央君とは、あの日以来会っていない。
姉が再び家を出るまでは、現状報告メールを送りもしていた。だけどそれも無くなってしまった今、あの夜に多少なりとも距離が近づいたとは言え、まだ中身の無い会話が出来る程では無い。
寂しく無いと言えば、当然嘘になる。
と言うか、全力で寂しい。
だけど、結局はこれが現実なのだと、自分に言い聞かせるしか出来なかった。
それに、私が彼を意識し始めてしまったと言うのも、決して小さい理由では無い。そして、会えない日々が続く度、彼への想いが膨らんでいってしまうのも感じていた。
――厄介なんだよね……。
思えばこれまで。まともに恋をしてきた事なんてあっただろうか?
思い返してみても、素敵な人を端目に見ながら騒いでいる程度はあったが、一人の男の子を想いながら、心を焦がす事なんて無かった。
――初恋、って言っちゃっていいのかな?
そう、自分自身に問いかける毎日。
早めのブランチを済ませた直後に集まり、かれこれ3時間はこうしている為、問題集の進み具合とは別に、流石に集中力も切れてきた。それでも、半分以上は終わった自分に対しては、お褒めの言葉があってもいいだろう。
「ねぇ、みんなでどっか行かない? 何か企画しようよ?」
紗絵が机に身を乗り出して、そう提案する。
私と道子は暫し顔を見合わせ、それから二人して紗絵の顔を見つめる。
「どっかって、どこ?」
「それはこれから決めるの。やっぱ、山か海かな~」
「暑いんだから、山は想像したくないなぁ」
「じゃあ一択じゃん。海に決定~」
紗絵と道子の軽い話し合いで、早々に何かが決まってしまった。
「ちょっと待ってよ。それ決定なの?」
思わず口を挟むと、紗絵が私の顔を見ながら、うん、決定決定、とにこやかに笑う。
「海か~。あ、でも女三人ってのも面白く無いわよね。うちのユウ君も連れてっていいかな?」
道子の楽しそうな声に、ユウ君って? と言う紗絵の声が重なる。
「道子の彼氏」
「はぁ~っ? 道子、あんたいつ彼氏なんて作ったのよ! 聞いて無いわよ!!」
紗絵が興奮のあまりテーブルの上に身を乗り出す。もしも紗絵がアニメーションのキャラクターだったなら、ゆっくりと髪が逆立っていくのではないかと言う程の勢いだった。
「夏休み直前に出来たの。紗絵はすぐアメリカ行っちゃったし、言う暇無かったしね~」
余裕綽々の表情の道子を見て、紗絵は深い溜め息をついて椅子に腰を下ろした。直後、私の顔をじろりと見る。
「和葉~、まさかあんたまでって事はないでしょうね?」
「だったら良かったんだけどね、残念ながら、私は紗絵の味方よ」
「ちょっと、それじゃまるで私が敵みたいじゃないの~」
「あ~あ~、彼氏いる奴はもう敵だ、敵」
抗議をする道子に、紗絵はダルそうに言う。
「こりゃあ、本当の本当に何とかしなくっちゃね~。和葉、あんた知り合いにいい男とか居ないの?」
「海に行く話はもういいの?」
「全然良くない。だから、折角行くんだから、誰か連れていけるの居ないかって言ってんの~」
紗絵が急に猫撫で声を出しながら、私の傍に近づいて来る。
「え~? 私にそんな知り合い居ると思う?」
「藁にも縋る思いなの」
――わたしゃ藁ですか!
「折角海に行くって計画なら、車ある男とかいいよね~」
道子が理想論を語りだした。
「車出せるなんて、基本年上しか無理でしょ。年上の知り合いなんてそうそういないわよ。あ、道子、あんたの彼って、お兄さんいたりしないの?」
「残念でした~。ユウ君にいるのは妹さんです」
道子達の会話を聞き流しながら、年上と言われ、ポンッと順哉さんの顔が思い浮かんだ。
玲央君とメールを出来なかった代わりに、私はこの夏、順哉さんと随分下らないやりとりを繰り返し、かなり仲良くなっていた。
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