5-6
電車から降りた時、辺りはもうすっかり夕陽の海に沈んでいた。
帰路の途中、商店街の電灯が訪れる闇に備え一斉に仕事を開始する。まるで指揮棒に合わせたように一斉に輝いた灯りの下で、私は自身の心の中にも、ぼんやりと闇が沁み込んで来るのを感じていた。
商店街を抜け、あの日の公園を一瞥して、そのまま家へと向かう。
「ただいま」
申し訳程度にそう声を掛け、家の中へと入る。
「あら、お帰り」
台所から顔を覗かせた母が、愛想を振りまいてくれた。
「ご飯の支度まだなのよ。ちょっと待っててね」
「うん。ねぇ、お姉ちゃんは?」
「さぁ、部屋にいるんじゃない?」
母の言葉は素っ気無かった。
靴を脱いで、私は一度台所へと向かった。冷蔵庫から麦茶を飲む、と言う建前をこなしながら、母に声を掛ける。
「ねぇ、お母さん。お姉ちゃん、どうして急に帰ってきたんだと思う?」
「何よ、まるでお姉ちゃんが帰って来たのが嫌みたいね?」
「そうじゃないよ。だけど、何でいきなり帰ってきたのかなって……。お母さん、何か聞いてない?」
ガラスのコップを一つ棚から出し、麦茶を注ぎながら会話を続ける。
母はまな板の上でほうれん草を切りながら、そうねぇ、何て呟く。
「彼氏と何かあって、一人になるのが嫌になったとか?」
その言葉に、私は息を詰まらせた。もし麦茶を口に含んでいたなら、間違いなく母の顔目がけて吹き出してしまっていただろう。
「彼氏?」
「そりゃ、お父さんは色々言うかもしれないけど、あの子ももういい歳なんだから、彼氏の一人や二人、いてもおかしくないでしょ?」
その言葉を聞き、母と姉に確かな血脈を感じた。
「私がお父さんと知り合ったのも、久喜子位の時だったしね」
「両親の惚気話とか、聞きたくないんだけど……」
母はそこで、切ったほうれん草を鍋に移し、空いたまな板の上で今度は玉ねぎを切り出した。
「お母さんは寧ろ、和葉の方が心配だわ」
わざとらしく言う母に、何がよ、と反論する。
「あんたは昔っから、お姉ちゃんとは違って引っ込み思案だから、そんなんじゃやっていけないんじゃないかって」
「余計なお世話です」
私はコップの中の麦茶を飲み干し、水道水で軽く濯いだ。それを洗い物桶に戻した時に、本当そういうとこはお父さんそっくり、と母が笑った。
姉は母似、私は父似。
自覚は全く無いが、小さい頃からよく言われてきた。
「まぁいいや、お姉ちゃん部屋にいるのよね。ちょっと行ってくる」
そう言って台所を出る前に、母に今夜のメニューを聞いた。
「今日はほうれん草のシチューよ」
姉の好物の名前が返って来た。
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