第17話 宿泊訓練で見た物

 私が小学五年生の時、学校の行事で宿泊訓練がありました。季節は五月の下旬。新緑の季節です。場所は、私が住んでいた県にある某宿泊施設。そこは山間の奥まった場所にあり、その荒涼とした雰囲気は、非日常的な感じすら覚えました。


 現地に着くと先生が、簡単な挨拶と、スケジュールの説明をしました。二泊三日の楽しい宿泊訓練の始まりです。みんな待ちきれず、ソワソワしていました。膝カックンなどのいたずらをしている生徒もいましたからね。


 先生の挨拶が終わり、持ってきた荷物を置きに、各班、予め決められた部屋を案内されました。私の寝泊まりする部屋は、私の班の他に、もう一班合同で入りました。なかなか賑やかな感じで楽しくなりそうです。使用するベッドは二段式で、それも予め決められていました。私に振り当てられたベッドの場所は、部屋の南側の一番端のところで、使用するのは、上の段です。その南側の端は、広くガラス張りになっていて、その向こう側に下に降りる階段が見えるんですよね。その先には地下室でもあるのでしょうか……。そしてその階段を挟んだ向こう側もガラス張りになっていて、その先は、深い深い森が広がっていました。正に森の中にある施設なんですよね。


 今夜寝れるかな……。不安が、よぎりました。私が寝る場所、怖すぎです。カーテンもありませんから。夜の森の闇から、何かがこちらを見ていないだろうか。なにか出てきたらどうしようか……。想像が尽きません。夜になるのが怖いな……。


 しかし、宿泊訓練は楽しいことの連続でした。まずは屋外でカレー作り。いびつに切ら れたジャガイモにニンジン。そんなのはお構いなしです。飯ごうで焚くお焦げのついたご飯。香ばしい香りが漂いました。みんなでワイワイ楽しく作ったカレーは格別に美味しかったです。夜は楽しいキャンプファイヤーです。少し雨がちらついてきましたが、関係ありません!みんなでマイムマイムを踊っておおはしゃぎ!その頃、異性と手を繋ぐ機会なんて、まずなかったですから、ドキドキしましたね。


 宿舎に戻って入浴を済ませると、今度は枕投げです!定番ですよね。寝具は二段ベッドだったので、上から下からと、枕が飛び交いました。調子に乗って騒いでいると……。


「コラッ!」


 部屋のドアが、ガバッと開くと、鬼の形相の先生が立っていました……。お決まりのパターンです。


 枕投げが出来なくなると、宿泊施設の寂れた雰囲気も手伝ったのかと思いますが、誰とはなしに、怖い話しが始まったんですよね。


「みんな知ってる?昔、ここの施設の風呂場で小学生がふざけてて、転んで頭打って死んでるらしいぜ!」


「本当に!」


 ──ついさっき、私達は風呂場でふざけてました……。


「俺なんか、親父と一緒に映画館で、フェノミナ観てきたぜ!ものすげえ怖かったよ」


「てっちゃんすげえな!よくあんな怖いの映画館で観れたね!」


 ──フェノミナとは、当時上映されていたホラー映画で、CMで予告映像が流れていたのですが、友達の間で、怖い怖いと話題になっていました。後にレンタルビデオで私も観たのですが、とにかく怖かったです。余談ですが、その映画のロケ地と、宿泊訓練施設周辺の荒涼とした景観が似ていることに驚きました……。


 しばらくみんなで、怖い話しで盛り上がっていると、突然、ガチャっと部屋のドアが開いて……。


「そろそろ消灯の時間ですよ!静かにしなさい」


 ──先生でした。


「もうそろそろ、電気消すか」


 西村君(仮名)が言うと、電気のスイッチの近くの藤田君(仮名)が、消灯しました。しかし……。


 またパッと部屋が明るくなりました。


「おい、おい、なにやってんだよ」


「だってまだ消灯まで時間あるだろ?」


 西村君は疲れて眠いのに対し、藤田君は、まだ遊び足りないのかもしれません。


 藤田君は再び電気を消しました。しかしまたしばらくすると、パッと電気が点きました。


「おい、おい、藤田。ふざけんのはよせよ……」


 二人のやりとりが可笑しくて、クスクスと笑う声も聞こえました。


 藤田君は再び消灯しました。そしてしばらくすると……。


「うわぁ!早く、早く電気点けて!早く!」


 突然、暗闇をつんざくような、声が上がりました。そしてそれに応えるように藤田君が電気を点けました。


「おい、なんだよ高部!びっくりするじゃねえかよ!なにがあったんだよ」


 驚きの声を上げたのは、私から見て、東側の壁際のベッドの上の段で寝ている高部君です。


「いま、ここから、人間の手がニュッと出てたんだけど!」


 彼の寝ているベッドと壁の隙間、位置は脛の辺りに、人間の手のような物が、ニュッと出てきたらしいのです!


「怖いから冗談はやめてよ!」


「おい、おい、ウソだろ!」


 そんな声があがりましたが、高部君の怖がりかたを見ると、嘘とは思えませんでした。


「村松君がイタズラで、下から手を伸ばしたんじゃねえの?」


 藤田君がそう突っ込みました。私もそうだろうと思いました。下のベッドで寝ている村松君(仮名)がイタズラで、壁とベッドの隙間から手を伸ばしたのだろう。しかし……。


「俺、そんなことしねえよ!だってこれ、見てみ!壁とベッドの間、隙間なんてねえよ」


 村松君が手を伸ばして実演しましたが、確かに無理です。部屋の空気が、ゾッと寒くなるのを感じました。


「誰か俺とベッド替わってくれない?」


 高部君はすがるような目をみんなに投げ掛けました。暫しの沈黙……。


 ──誰もウンと言う人はいませんでした……。


 時間は消灯の21時を少し過ぎていました。高部君は暗くなるのを怖がっていましたが、しかたありません。


「電気消すぞ……」


 藤田君が消灯しました。


 電気が消えると部屋の中は、シーンと静まりかえり、明るかったときと、様相が変わりました。私は、南側のガラス張りの外に拡がる真っ暗な夜の森が、怖くてしかたがありませんでした。せめてカーテンぐらい付けてほしいものです……。


 しかし身体が疲れていたせいもあって、いつの間にか、寝落ちしていました。しかし暫くして……。


「やっべ!鼻血だ!」


 反射的に目が覚めました。私は鼻の粘膜が弱いようで、鼻血が出やすい体質なのです。ツウーッと流れ出た鼻血が逆流して喉に流れてきました。私は布団を汚してはマズイと思い、急いで左手の親指と人差し指で、鼻をつまみました。セーフ!いつものことなので、慣れっこです。鼻血が流れ出てくるのを、ギリギリ止められました。しかし、ティッシュを鼻の穴に詰めるのが、得策でしょう。左手で鼻をつまみながら、右手でバッグの中をまさぐって探しましたが見つからず……。しかたがないので、鼻血が止まるまで、鼻をつまんで待つことにしました……。


 そして、待つこと約五分。ゆっくり鼻から指を離すと……。


 無事、鼻血を止めることに成功しました。やれやれ……。そして、再び寝ようとするのですが、なんだか気分が落ち着かず、寝れないんですよね。身体はすごく疲れているのですが……。そして、部屋の外から慌ただしい足音や、先生達の話し声が聞こえました。一体何が起きているのだろう。気になりましたが、うろうろと廊下に出て行くと、先生に怒られそうなので、見に行くのはやめました。


 口の中が血の味がして、すこぶる気分が悪い……。持ってきた水筒には麦茶が少し残っているはずです。麦茶は少しぬるくなっていましたが、喉に流し込むと、少し気分が落ち着きました。その時、私から見て正面、東側で寝ている高部君の方を何気なしに見ると……。


 んっ!なんだあれ!


 高部君のベッド添いの壁、位置は高部君の脛の辺りに何か蠢く物が、見えたんですよね。その位置は正に、就寝前ふざけて電気を点けたり消したりふざけていた時に、高部君が見た"何者"かの腕が出た場所です。色は緑、大きさは、縦に30センチメートル、横に15センチメートルくらいでしょうか。ウネウネと動く光のようにも見えましたし、何かアメーバのような不定形の物体にも見えました……。得体の知れない何かが蠢いていたんですよね。それが例えば、人の顔だったり、腕だったりすれば、恐怖のあまり「うわっ!」てなるのでしょうが、その物体には、それほどの恐怖は感じませんでした。それより私は、南側の夜の森の方が圧倒的に怖かったなあ……。


 しかし一体、この緑色の物体は、なんなんでしょうか。なんでもいいから解釈をしておかないと、気になります。私が考えたのは、ただ単に目の疲れによる錯覚。あるいは、どこかに光源があって、それが壁に映りこんだんだろう。そう解釈することにしました。しかし、実際、そのような光源など、どこにもなかったんですよね。部屋は真っ暗ですから。しかし無理やりにでも、そう解釈することにしました。あまり考えると、更に眠れなくなりそうです……。


 水筒を棚に置き、私は再び横になりました。目を閉じて、ベッドの上でゴロゴロしていますが、やはり寝付けません。寝れなくてもいいから、とりあえず目を瞑って時の流れに身を任すことにしました。それからずいぶん時間がたちましたが、やはり寝付けません。そして夜明け前くらいの頃、恐らく午前3時から4時ぐらいの頃だったと思います。突然、高部君が……。


「誰か、誰か起きている人いる?一緒にトイレ行かない?」


 そう言いました。私は、起きていたし、丁度トイレにも行きたくなっていたので、一緒に行くことにしました。その時もやはり、同じ場所に緑色の物体、出ていたんですよ……。


 しかし、高部君とトイレに行く間、特に会話もせず、もちろんその緑色の物体についてもあえて触れませんでした。そこから怖い話しになったら、また眠れなくなってしまいますから……。


 そして部屋に戻りベッドに入ると、トイレを済ませてスッキリしたせいか、すぐに眠りに落ちました……。


 ──何処からともなく、ガヤガヤと声や音が聞こえます。それにつられて私は目が覚めました。朝です。しかしなんだか騒がしい……。


「俺、夜に幽霊みたいなの見たよ!高部君の脇の壁んところ」


「それ、俺も見たぜ!」


 ──私が昨夜見た物を複数の友人が目撃していたようです。私は目撃者に、どんな物を見たのか聞いてみました。


「杉村君(仮名)はどんなの見たの?」


「これぐらいの大きさ(手で表して約30センチメートル)で、ドヨドヨと動いていたよ!なんて言えばいいんだろう。モヤのようにも見えたし、光のようにも見えたし……。なんなんだろうね。消灯前に高部君がなんか人間の手みたいのが出たって言ってたよね?そこに見えたよ!」


 ──杉村君が見た物、私が見た物とほぼ同じです。出現した場所も一緒でした。


「俺も見たよ!大きさは杉村君が見たのと同じぐらいだけど、顔もあって人の形してたよ!確かに、ウネウネと動いてたよ。俺、こええからさあ、気がつかないふりを決め込んで目を瞑ってたんだけど、いつの間にか、また寝ちゃったけどね」


 これは、西牧君(仮名)の目撃談です。なんと人の形をしていたそうですよ。見る人の霊感の強さによって見え方に差が出るのでしょうか。


 私は一つ、気になることがありました。高部君と一緒にトイレに行った時に、私はそれを見ているのですが、彼も見ていたのだろうか……。


「高部君、一緒にトイレ行った時にさ、幽霊みたいなやつ、君の脛の辺りの壁んところに出てなかった?」


「ああ。出てたよ。その場で言うと怖いだろうから、黙ってたけど……」


 やはり、高部君にも見えていたようです。そして更に驚くべきことを聞きました!


「俺、寝ぼけたふりして、足で触ってみたんだけど、なんかサラサラしてたよ!」


 その、幽霊のような物体は、サラサラした感触があったそうです!その物体の正体が霊だったのかどうかは分かりません。しかし、もし霊だったとすれば、霊にも触感があるという貴重な体験談の一つではないでしょうか……。


「サラサラしてたんだ!よくそんなことできたね。すげえよ!ところで高部君にはどんな姿に見えたの?」


「西牧君が見たように、人間みたいな形してたよ。でも、ハッキリした形じゃなくて、なんか、モヤモヤって言うかドヨドヨしてるって言うか……。色は緑っぽかったよ」


 ──私以外の生徒も、その夜、同じ幽霊のような物を見ていたんですね。出現した場所も共通していて、見た目の特徴もほぼ同じ。あれは目の錯覚ではなかったようです……。


 もう一つ気になることがありました。夜中目が覚めた時に、やけに部屋の外が騒がしかったことです。そのことも大きな話題になっていました。どうやら、別の部屋では、その同じ部屋の中から4人も、発熱や、おう吐などの体調不良を起こした生徒が出たそうです。


「呪われた部屋なんじゃねえの!」


 そんな声もあがりました。


 そして二日目の夜。今夜もあの霊のような物が出るのか。そして、何かが起こるのだろうか。不安でした。しかし結論を言いますと、全日からの疲れと寝不足で、床に着いた途端、即、寝落ちして、朝まで超熟睡でした。他の友人達も同様で、特に何もない穏やかな夜を過ごせました……。


 そして、三日目の朝。実はもう一つ不思議な物を目撃したんです。それは霊のような物ではないんですが……。


 オリエンテーリングで私の班が雑木林に入った時です。新緑の季節で、木々の緑色が視界を彩ります。そして朝の空気が清々しい。地図と方位磁針を手に、先頭を歩いていた私の視界に、オレンジ色の何かが映りました。近付いてみるとそれは……。


「うわっ、すげえよ!オレンジ色のヘビがいるよ!」


 それは、まるで夕日を思わせるような綺麗なオレンジ色をしたヘビでした。当時の私は、ヘビを見つけると、素手で捕まえてはオモチャがわりにして遊んでいたのですが、そのオレンジ色のヘビは神々しい雰囲気があり、捕まえたりしたらバチでもあたりそうな気がしたので、見ているだけにしました。暫くすると、スルスルと、藪の茂みの中に消えていきました。あんなヘビ、初めて見ました……。


 余談ですが、今年の秋に、私の子供がその施設で宿泊訓練を行うことになっています。新型コロナウィルスで、中止にならなければですが……。


 その施設は一般の人でも宿泊可能なので、今度、気が向いたら行ってみたいと思います。その時は、また新たな怪奇現象が待ち受けているかも知れません……。









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怪奇!実録オカルト劇場 座田 夢童 @Johnny13

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