第16話 夜の神社

 夜の神社……。夏祭りとかでなければ、普通行かないですよね。気味が悪いですから。一説には、祀られている神様以外の、低級霊や動物霊などの、魑魅魍魎が集まっているとも言われております。マア、それでも行くという人は、藁人形片手に丑の刻参りをする人ぐらいでしょうか……。


 実は私、一度、行ったことがあるんですよね。断じて丑の刻参りではありませんよ……。


 私の地元にある某神社。国道沿いにある細い道を真っ直ぐ進み、その道をを挟んで北側と南側それぞれに、お社があります。北側は、参道の入り口の左右に狛犬が設置してあり、50メートルぐらいに渡って、木製で丈の低い赤い鳥居が連立しています。その鳥居も折れていたり、倒れてそうになっていたりと、酷い有り様です。そしてその奥に老朽化したお社があるんですが、こんな酷い状態のお社に、神様、いるのかなあ……。


 南側は、入り口に大きなコンクリート製の鳥居があり、それを潜るとその先にお社があります。そのお社の真ん前には、崩れ落ちたコンクリート製の鳥居が、撤去されることもなくそのまま放置されています。木製のお社自体も痛みが激しく、その周りは雑草が生い茂り、苔むした石碑なのか墓石なのかが並んでいるんですよね。ビジュアル的にはこちらの方が怖いです。どちらのお社も管理がされてないようで、なかなかの怖い雰囲気があるんですよね。あそこまで荒れていると、元々そこで祀られていた神様も立ち去ってしまって、何か別の者が居座ってしまっているのでは……。そんな感じすらするんですよね。


 しかし、その某神社北側の、お社の南側にある鎮守の森では、カブトムシが沢山採れるんですよね。それこそクヌギの大木に、鈴なりのようにとまっていますから。夏になりますと、私は二人の我が子と一緒に、朝早起きをして採りに行きます。沢山採れるのですが、大量に持ち帰っても餌が大変ですし、バチが当たりそうなので、大きくてカッコいいやつを2匹ずつ選んで、あとは逃がしてあげることにしています。運がよければ、子供達に大人気のミヤマクワガタを採取できることもあります。運が悪いと、上空から時折降ってくるカブトムシのオシッコがかかってしまうことも……。私はいつものことです……。


 ──去年の夏のことです。その某神社の鎮守の森。どういうわけか、毎年沢山いたはずのカブトムシが、極端に少なかったんですよね。いたとしても、小さな個体が数匹……。一匹もいない日もありました。恐らく、その年の気候条件が、カブトムシの幼虫の成育に影響したのではないかと思います。これには子供達もガッカリしていました。私は、なんとか、大きくてカッコいいカブトムシを捕まえて、子供達を喜ばせてあげたい!そう思いました。


 ──私は考えました。朝が駄目なら夜にかけよう!もしかしたら、夜のほうがいるのかもしれない!その某神社は、私の勤めている会社の通勤路にあります。残業で夜遅くなった日がチャンスです!大きくてカッコいいカブトムシ。採ってやろうじゃねえよ!


 ──でもちょっと怖いな……。


 2019年、7月下旬のある日、3時間の残業を終えて、帰り支度をしました。時間は9時近く。空は曇り星一つ見当たりませんでした。空気は湿気を含みじっとりと肌にまとわりつきます……。


 よし!今夜がカブトムシ採りのチャンスだ!私は夜の神社へ向かうことにしました。


 ──でもやっぱりちょっと怖いな……。


 ビビりながらも、私はその神社の駐車場に到着しました。


「うっわ!さすがに気味わりいな!」


 私思わず声をもらしました。車から降りるのを躊躇いましたが、子供達を喜ばせたい一心で、覚悟を決めました。懐中電灯を持ち車から降り、私は鎮守の森へ向かいました。さすがに人一人いません。否、いない方が逆に安心です。藁人形と木槌と五寸釘を持った人に遭遇したら、腰をぬかしそうです……。


 なんか空気が違うぞ……。


 夜の鎮守の森は、まるで異空間でした。日中と空気が違うんですよね。空気の粒子がザワザワとざわめいているような感じと言いますか……。そして、そこらかしこから見られているような視線を感じるんですよね。長居は止めた方がよさそうです……。


 懐中電灯で木々を照らして、カブトムシを探します。時折、すぐ近くにあるボロボロのお社や、赤い木製の鳥居が懐中電灯に照らされて浮かび上がります。


 いや~怖いなぁ……。


 藪蚊に刺されながらもクヌギの木を見て周りました。せめて一匹でもいい……。目を凝らします。そんな私を、どこからともなく見ているように感じる何者かの視線は、時間の経過と共に徐々に増してきました。それに伴い、だんだん気分も悪くなってきました……。


 危ないかもしれない……。


 残念ながら、カブトムシは一匹もいませんでしたが、得体の知れない何者かが、確実に私の周りににいます。空気の圧力が凄いんですよね。例えるなら、狭い部屋のなかで膨らみ続ける大きなゴム風船に、ぎゅうぎゅうに圧迫されているような感じでしょうか……。否、ちょっと違うかなぁ……。説明するのが難しいのですが、とにかく、胸が苦しくなるような圧迫感に身体中を拘束されている感じです!視覚では捉えることはできませんが、もう、私のすぐそばに、何者かがいます。危険を感じた私は逃げるように踵を返しました。


 ううぅ……。気分が悪い……。


 強烈です。漆黒の闇に飲み込まれそうでした。胸が苦しく吐き気がします。早足で歩く私のすぐ左隣はお社へ続く参道になっていて、赤い色の鳥居が連立していました。闇に浮かぶ無数の鳥居が、心理的な恐怖心を更に増幅させます。


「くわばら、くわばら。ううぅ、気持ちわりぃ……。くわばら、くわばら……」


 見える鳥居の数が少なくなり、私はようやく鎮守の森を抜け出しました。しかし、気分の悪さは変わりません。そして、正面には、更に不気味な妖気の漂う南側のお社があります!


 んっ!


 猫がいるではありませんか。南側の参道へ続く鳥居の真下。入り口のまん中に、まるで道を塞ぐように……。焦げ茶色で年老いた痩せた猫です。そしてその猫、不思議なんですが、どことなく知性を感じさせるような雰囲気があるんですよね。時折目を細めながら私をじっと見ています。私が近づいても全く逃げようとしません。その時私は思いました。


「こんな時間に来ちゃ駄目だよ。ここから先は危ないから、早く帰りなよ」


 猫がそう言っているような気がしましたね……。きっとこの年老いた猫、誰よりもこの神社のこと、知っているのでしょうね……。


「ありがとう。もう帰るから大丈夫だよ」


 その猫に声をかけると、それに答えるように、くっと目を細めて、まるで微笑んでいるような表情で私を見上げました。すると、不思議なことに、気分の悪さと吐き気が、すうっと落ち着いてきました。もしかすると、この猫は、神様の使いだったのかな……。そんな感じがしました……。


 夜の神社。行かない方がいいですよ……。間違いなく、神様と違う《何者か》がいますから……。





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