第12話 車を覗くおじさん

 このエピソードは、私の妹が20代前半の頃に体験したお話です。当時妹は、関東某県の街中に住んでいました。高校を卒業した後、都会の生活に憧れて、古里を離れました。都会の生活は、見るもの触れるもの、楽しいことばかり。毎日が楽しかったようです。しかし、時が経つにつれて不意に、田舎ののどかさが恋しくなったりしたそうです。生まれも育ちも東北の田舎街で、伸び伸びと育った故に、都会の喧騒に少し疲れたのかも知れません。


 その関東某県は、街中から離れますと、結構自然が豊かなんですよね。田や畑、緑の山々。都会の生活に少し疲れを感じていた妹は、仲の良い友達と、週末にドライブに行くことにしました。行き先は具体的に決めていたわけではなく、山間の田舎街を行き当たりバッタリにめぐりながら、何か美味しいものでも食べて来ようといった主旨です。


 約束していた週末の土曜日、妹は友達の理沙ちゃん(仮名)と一緒にドライブに出かけました。車の運転は妹がして、助手席に理沙ちゃんが乗りました。季節は夏が終わり、秋の入口に入った頃。夏の名残の暑さもありますが、秋の到来を告げるようなそよ風も気持ち良い。その日は天気も良く突き抜けるような青空で、絶好のドライブ日和だったそうです。


 仲良しの理沙ちゃんとのドライブ。車中では仕事の愚痴をこぼしたり、恋愛の話しをしたり。若い女の子ですからね。マア、話しに花が咲いたようです。道中、目についたお店に立ち寄ってみたり、探索したりと、自由気ままなドライブは疲れた心を癒してくれました。


 気がつくと、いい時間です。もうそろそろ帰ろう。二人は帰路に向かうことにしました。街路灯もない山間の田舎道は、なんだか寂しく、そして、少し怖い……。日中の疲れも出たのでしょうか、会話も少なくなり、隣の席の理沙ちゃんは生欠伸をして眠そうです……。


「ごめん。少し寝てもいいかな?」


「いいよ。シート倒して横になりなよ」


 理沙ちゃんは妹に言われたとおり、シートを倒して横になりました。妹は寝ている理沙ちゃんに気を使い、音楽のボリュームを下げました。


 空には月が煌々と光っていました。そのせいか、外は真っ暗闇ではなく、月明かりに照らされた山並みやら、田んぼなどが形を浮かび上がらせています。


 話しをする相手もなく、なんだか退屈です。そして、少し眠い……。ふぁあと、生欠伸がでました。しかしその直後、その眠気が一瞬で吹き飛ぶような出来事が起きました。


 助手席側の窓に、突然、黒いシルエットが、ヌッと立ち上がりました!妹は驚いて横目で見ると、中年のおじさんのような人が、車の中を覗き込むように立っていたそうです。夜なので、顔や表情までは分からなかったそうですが、野球帽を被り、作業服のような物を着た様子がはっきりと見てとれたそうです。しかしすぐ、これはおかしいと気付きました。車は走っていますから、そのスピードに合わせて横に水平移動して付いて来るなんてあり得ないですよね。仮に、超高速キンちゃん走り(例えが旧くてすみません。萩本欽一さんの往年のギャグです)ができれば可能か?否、キンちゃん走りは上下の動きも加わりますから。横にスーっと水平移動しながら、車の中を覗き込む中年のおじさん。ゾッとしますよね!妹も恐怖のあまり、声も出なかったそうです。そのおじさんは、数秒間そのまま車中を覗き込むように付いて来ましたが、突然、しゃがむようにスッと下に消えていったそうです。


 ──今のなに!


 私は今、何を見たのだろう……。頭が混乱しました。ハッと我に返り、車を停めました。


「んっ、どうしたの?」


 隣で寝ていた理沙ちゃんが目を覚ましました。


「い、今、何か知らないおじさんが、そこから車の中覗いていたんだけど……」


「えぇ!脅かすのはやめてよ。怖い……」


 理沙ちゃんは怖がって身をすくめました。


「私、ちょっと見てくる」


「やめなって。変な人だったらどうするの?」


 理沙ちゃんは妹を制止しましたが、妹はダッシュボードから懐中電灯を取り出して、外に出ました。恐怖心もありましたが、妹はそれを払拭できるかもしれないある仮説がうかびました。


 ──もしかしたら、ただの案山子かもしれない。


 むしろそうであってほしい。それを確認して、安心したかったのでしょう。道路の脇には広大な水田が広がっています。


 絶対、案山子だよ!


 妹は懐中電灯で辺りを照らしました。道路沿いに広がる水田。案山子は無いだろうか?探したのですが、見当たりません。案山子どころか人一人いないのです。結局、仮説を検証しようとした結果、自分が見たものがこの世の者ではないことを確証付けることになってしまいました。込み上げてくる恐怖に妹は駆け出し、車に飛び乗りました。


「誰かいた?」


「ううん、いなかった……」


 妹は真っ青になって帰路を急いだそうです……。






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