第47話 シチュー
見事に切り分けしているなあ。
一回で使いきれるサイズに分けられているから、ブリザベーションをかけ直さなくていい。
しっかし、さっきからいい香りがしてお腹が悲鳴をあげている。
「ソウシ様、終わりましたか?」
「うん」
折りたたみ机の上に置かれていたのは、湯気を立てている鍋と器が二つにスプーンも二つ。
机の前であぐらをかいたら、それを見たモニカが鍋の蓋を開ける。
「お、おお。シチューだ!」
「はい。大豆を絞り豆乳を。森ウサギの肉、じゃがいも、ニンジン、たまねぎ、ブロッコリーなどを入れて煮込みました」
「そういや大豆を水に晒してそのままだったな……」
「下準備が完了しておりましたので、すぐ豆乳にできたのですよ。ソウシ様が楽しみにされておりましたので、ちょうどよいと思いまして」
「覚えていてくれたんだな」
「もちろんです。わたしが勝手に準備していいものか少し迷いましたが、喜んでくださり感無量です」
シチューを煮込むほどの間、外でコアラとやんややっていたんだよな……。
確かに気が付いたらもう夕暮れだったし、モニカに全部準備させてしまい少し反省だ。
「暖かいうちに食べましょう」
「だな!」
手を合わせ、「いただきます」をしてからさっそくシチューを器に入れ、ふーふーしながら口に運ぶ。
お、おおおお。
ウサギ肉ってこんなに柔らかでうま味があるものだったんだな。鳥の胸肉ともも肉の中間みたいな味わいだ。
脂身は少ないけど、ぐつぐつと豆乳で煮込んでいるからジューシーにさえ思えてくる。
よい出汁が出ているようで、豆乳シチューだけでも絶品だ。この味が野菜に染み込み、もうたまらんって感じになっている。
「モニカ、とってもおいしいよ!」
「ありがとうございます」
珍しく満面の笑みを浮かべるモニカ。
これだけおいしいんだもの。無邪気に笑みを浮かべたくなるよな。
「そういや、燃焼石はまだ使えそう? そろそろ入れ替えしないとじゃない?」
「そうですね。切り出して入れ替えて良いかと思います。釜は余り使ってませんので余裕がありますが、窯と煮炊きは明日にでも、でしょうか」
「了解」
「パンも召し上がりになりますか? 窯に入っております」
「お、おお。いいね! このシチューにつけたらおいしそうだ」
立ち上がろうとしたモニカを手で制し、俺が窯まで向かう。
どれどれー。
窯を開けると、コッペパンくらいの大きさのパンが六つもできあがっていた。
ほくほくのパンを二つ取って、折りたたみ机のところまで戻る。
「ほい」
「ありがとうございます。わたしの分まで」
「作ってくれたのはモニカじゃないか」
さっそく、パンをシチューに浸して……もしゃりと。
これまたよいな。いやあ、パン焼きができるようになって本当に良かった。
いつも焼き立てのパンが食べられるなんて、とっても贅沢だぞ。
そのうち米も備蓄してやるんだからな。
「時にソウシ様」
上品に小さくパンを口に運んでいたモニカが何かを思い出したかのように俺の名を呼ぶ。
「うん?」
「コアラ様が戻られておりませんが、いかがなされたのでしょうか?」
「あ、あいつは外で柵を作ってくれている。ユーカリの礼だと」
「柵ですか。木材もありませんし、外は既に暗闇では?」
「あいつはなんだっけ、夜行性か何かで夜の方が強いんだと。あと、土の精霊魔法を使う」
「それで柵を……ですか。土の精霊魔法は土壁を出したり、石礫でモンスターを倒したりできますが……細かい細工など不可能では」
「俺も驚いたよ。土もやっぱり精霊魔法だから大雑把な動きしかできないはずなんだよなあ。だけど、あいつ」
モニカにコアラの土の精霊魔法のことを詳しく説明すると、彼女は驚きの余りぽとんとパンを落としてしまった。
これを自分に与えられた餌と勘違いしたのか、ボアイノシシのベットに寝そべっていたニクがお尻をこれでもかと振りながら落ちたパンに齧りつく。
鼻をヒクヒクさせ、細かく歯を動かす姿にモニカが落ち着きを取り戻したようだった。
「実際にこの目で見るまでは信じられない内容です。ですが、ソウシ様がおっしゃることなので真実なのだと……」
「そんなに異質なのか、あいつの土の精霊魔法って」
「はい。ソウシ様もわたしも呪文名を言わずに精霊魔法を発動することはありますよね」
「うん。単純なことをお願いするだけなら、具体的な呪文名は唱えない方がやりやすい」
「その通りです。わたしですと、そよ風を起こしたり、くらいでしたらそのままお願いする方がやりやすいです。呪文名を唱える時は、決まった複雑な行動をしてほしいときです」
「俺の場合だと、氷を使ったりする時だよな」
うん。呪文にうとい俺でも理解できる。
アイスシールドを呪文名無しで実行しようとしたら、どれだけ想像力を働かせないといけないか想像に難くない。
水の精霊とは水なんだ。
例えばアイスシールドだと、水を温度変化させ、氷にして、かつ、材質を変え、モンスターの攻撃でもビクともしない硬さを持つようにする。
「はい。ですが、コアラ様は呪文名を唱えず、格子を作るばかりか材質を変質させてしまうなんて……本当にあのお方は賢者様なのでは」
「本人は違うって言ってたけどなあ……」
あいつの能力は無駄に高いことが分かっている。
だけど、全てがユーカリに振り向けられていてだな……。
「賢者様ではないにしても、コアラ様ならわたしたちが知らないことをたくさん知っているかもしれませんね」
「かもしれない。だったら、まず最初に聞きたいことがあるな」
「アリシア様のことでしょうか?」
「よくわかったな。その通りだよ」
「ソウシ様ならまず最初にそうおっしゃられると思っておりました」
コアラの思考は全てユーカリに振り向けられているから、アリシアの病状を説明しても何らかのヒントが返ってくる可能性は低いだろう。
それでも、聞いてみる価値はあると思う。
病に冒され時が止まったアリシア。もし、元に戻すことができるのなら、元に戻してやりたい。
俺をこの世界に召喚した彼女ではあるが、許可も無しに召喚したことを恨んでなんていないんだ。確かに、来たばかりの頃は辛かったけど、今となってはいい思い出だよ。
今のこの生活を俺は気に入っている。日本じゃあ、これほどゆったりとした暮らしを満喫することなんてできなかっただろうから。
そうそう。コアラにはアリシアのこと以外にも聞きたいことが山ほどある。
例えばあいつ、何で人間の容姿を区別できるんだ? コアラから見たら人間の容姿なんて似たようなもんだろう。
俺がコアラの顔を区別できないのと同じことだ。
だけどあいつは、恐らくだが美醜まで判断している。
んじゃあ、ひょっとしたらあいつは元人間で、コアラにでもなったんじゃないかって疑念が涌く。
だけど、あいつの行動はおよそ人間的ではなく、動物的なんだよなあ。食べ物が全てに優先するし……。
そんなことを考えながら、食事を終える。
「ごちそうさま。とってもおいしかったよ」
「ソウシ様が喜んでくださって、嬉しいです」
「明日は外に出かけず、畑やらに行こうと思う」
「承知しました。わたしは屋敷で裁縫などをやっていてもよろしいですか?」
「うん。夜になったら、コアラをここに呼んで、一緒に聞きたいことを聞こうか」
「はい!」
食器を重ねつつモニカと言葉を交わす。
ここでの生活は何かと準備することが沢山あるんだ。それがまた楽しいんだけどね。
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