第35話 ひひん

 翌日――。

 馬車とロバを引き取り、フレージュ村からすぐに出ようと思ったがお昼前の一番門から出る人が少ない時間帯を狙って村から出る。

 出るのは入ってきた時と同じく西門からだ。

 ランバード村は北方向なんだけど、西門から回り込むように北に進む。

 途中で二又に分かれたところがあって、そこまでは旅人や商人の姿を見かけることもあるだろう。

 今回は幸い時間帯を選んだこともあり、誰とも会わずに無事北のルートへ入ることができた。

 

 ベルンハルトに連れて行ってもらった時は元聖女として注目を浴びていたけど、彼がうまく道を選んでランバード村に向かってくれたんだなあ。

 道中は誰にも会わなかったし。

 気が付かないところで、彼はいろいろ注意と警戒を怠らずに進んでくれていた。

 こうしてみんなに守られ、俺はランバード村に行くことができたんだ。

 

 道中で一泊野宿をして、翌日の夕方ごろにようやくランバード村に戻ってきた。

 

 広場ではなく、屋敷の左前に馬車を停車させまずモニカから降りてもらう。

 彼女にニクが収まったバックパックを手渡し地面に置いてもらって、続いて荷物を彼女とリレーして降ろしていく。

 

「あ、ニクをバックパックから出してあげようか」

「はい」


 バックパックの口を緩めてやると、ニクがノソノソと出ようとしたけど前脚が引っかかって詰まってしまった。

 ブンブン首を振り鼻をひくひくひくさせているが、出れないものは出れていない。


「急がなくてもちゃんと出してあげますよ」


 モニカがニクの入ったバックパックの底を抑え、反対側の手でニクの前脚を引っ張る。

 引っかかりが取れたニクはバックパックの中から外へ出てくることができた。

 

「ロバをそこに繋いでくるよ」


 モニカにそう告げて、ロバを馬車から外し屋敷左側のおんぼろ厩舎に連れて行く。

 飼い葉受けも水飲み用の桶も一応準備されているんだ。両方とも使えることは確認済み。

 水飲み用の桶はなんで水漏れしていないのか不思議なくらいだけど。

 

 水の精霊魔法で水飲み用桶を満水にし、持ってきた飼い葉を用意する。


『ひひん』


 ロバは嬉しそうに嘶き、さっそく水に口をつけ始めた。

 やることは一杯あるが……まずはロバのことからやろう。

 

「モニカ、ニクのことは任せた」

「承りました」


 生活していくに食べ物は必須だから。

 牧草用の苗はちゃんと買ってきているのだ。

 

 どこにするか。

 屋敷の左手には二軒の廃屋があり、そこを出るとすぐに畑跡になっている。

 ここでいいか。


「総士の名において依頼する。水の精霊よ。刃となりて切り裂け、ウォーターカッター」


 畑跡の地面スレスレに水の刃が飛んでいく。

 雑草がみるみるうちに刈られて行き、地面に倒れていった。

 芝刈り機みたいなもんだ。これで下準備は完了。

 

 適当に苗を植え、あ、種もあったな。種も植えてっと。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 俺の呼びかけに応じ、牧草が繁茂していく。

 元々持ってきた量だとすくないので、育った牧草を拝借し更にヒールで育成。


「こんなもんか」


 二百メートル四方が牧草地帯となった。牧場とかってもっと広い気がするけど、ロバ一頭だし牧草の補充はすぐできるからまずはこれで様子を見よう。

 パンパンと両手をはたき、畑跡もといミニ牧場から背を向ける。

 日が暮れる前に荷物だけは屋敷の中に入れておかないとな。

 

 戻ると既に荷物が中に運び込まれていた。

 早いな……。モニカって思った以上に力持ちなのか?

 

「モニカ―」

「先に夕飯の準備をしております。荷物が扉の横にありますのでご注意ください」


 キッチンに立つモニカとボアイノシシのベッドでごろんするニクの姿が対称的だった。

 扉の横を見てみたら、彼女がこの短時間で荷物を運び込めた理由が分かる。

 ソリの上に荷物がどーんと乗っていたからだ。

 ソリを使う事が頭から飛んでいたよ。

 元々、徒歩で採集に出かけた時に荷物をもっともてるようにと思って買った物だ。

 荷運びの時だってもちろん利用できる。

 フレージュ村へ行かなかったら自作しようとしていたほどだったのに。 


「モニカ、俺も手伝うよ」

「いえ、簡単なお料理ですのでご心配には及びません」

「それじゃあ、荷物を上に運んどくよ」

「お手を煩わせ申し訳ありません」

「いやいや」


 よっこいせっと。

 ソリで階段を登ることはできないから、順番に二階へ運んでいくとするか。

 荷物部屋はまだまだスッカスカだし、この程度の荷物、余裕で入る。

 

「お待たせしました」


 お、ちょうど最後の荷物を運び入れた時、階下から俺を呼ぶ声がした。

 

 ◇◇◇

 

 今日の夕飯はニワトリに似た味がするフロヒロ鳥を丸ごと使った煮込み料理だ。

 玉ねぎ、ニンジン、ブロッコリー、カリフラワーにローリエの葉を入れて、塩コショウで味付けしたとモニカが言っていた。

 鳥から出汁が出てホクホクしていて。

 

「おいしい」

「お気に召して頂き良かったです」

「骨ごと煮込んでるのがポイントかな」

「はい。おっしゃる通りです」


 俺たちの食事を見ていて自分も食べたくなったのか、ニクが俺のズボン……じゃあなくひらひらのスカートをくいくいと前歯で引っかけて引っ張る。


「今日は特別だぞ。ニク」


 アーモンドの残りを全て平皿に乗せ、床に置く。

 待ってましたとニクはすぐにもしゃもしゃとし出した。

 

「食べたらすぐ着替えるよ……化粧も落とす」

「残念ですが仕方ありませんね」

「戻ったらすぐに着替えようと思っていたんだけど、牧草の方に夢中でね」

「そのままでもお綺麗ですので、良いのですよ?」

「これじゃあ動き辛いから」


 変異の魔道具もモニカに渡さなきゃな。元のアリシアの設定に戻してもらわないと。

 首から下げた魔道具を外そうとしたら、彼女に止められた。

 

「着替えられる時にお預かりします」

「そうだな。一緒にまとめておいた方がいいか」


 食事の後は着替えをして、ようやく元の姿に戻る。

 ニクに薬草を塗布してっと。小さな折りたたみ机のところで正座し編み物を始めたモニカを指先でちょいちょいと呼ぶ。

 

「指先だけで編めるものなんだな」

「はい。先日よった糸がありますので、これでニクのマフラーをと」

「おお。それはいいアイデアだ。ハゲてるものな。首根っこ」

「はい。ソウシ様のお召し物は村で購入した布を使います」

「俺のは後回しでいいからな」

「申し訳ありません。まずはソウシ様のものをと言っておきながら」

「いや。ニクの方は急務だろ」

 

 と言いつつ、もっと近くに来るようにモニカを手招きする。

 あぐらをかく俺の肩に触れるくらいの距離に彼女がちょこんと正座した。

 薬草を塗ったばかりのニクはまだ俺の膝の上にいる。

 

「よし、じゃあ。総士の名において依頼する。水の精霊よ。我が周囲を清めよ。ウォッシャー」


 水の膜が俺たちを包み込んで行く。

 一日の終わりにはこれをやっとかないとな。超さっぱりするう。

 さっぱりと言えば……。

 

「フレージュ村には風呂があるらしい。一度入っておけばよかったなあ。いつも精霊魔法じゃあ味気ないし」

「急ぎ戻りましたものね」

「うん。元々緊急だったし、風呂に入ろうにも公衆浴場じゃあダメだから……」

「少しお高めの宿でしたら、個別の風呂があるところも。フレージュ村にあるのかは存じ上げませんが」

「うん。やっぱり、風呂を探さなくてよかったかな」


 フレージュ村での俺は一応女子扱いだから、公衆浴場は困る。

 そのうち、ここに風呂を作るのもいいなあ。五右衛門風呂くらいならできるけど、それじゃあまだウォッシャーの方がいい。

 どうせ手間をかけるなら足を伸ばして寝そべりながら入りたいものだ。

 と言っても他のことが優先だけどな。

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