第27話 綿花

 お昼からは、綿花の綿をほどいて糸作りに精を出した。

 糸は細い木の枝を使って、指で綿をよじり糸を巻いていく原始的な作り方で案外うまく糸になったんだよ。

 綿なら糸にするのはまだ簡単かなと思って育成してみたけど、大当たりだった。

 

「糸が少し厚いので、何を作るかお任せ頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだよ。この糸でうまくいくようだったら編み方を教えてくれないかな?」

「承知いたしました。不肖なわたしですが、喜んで手ほどきさせて頂きます」


 糸はあくまで「初めての割には」うまくいったに過ぎない品質なんだ。

 なので、ところどころ糸の太さが異なるし、服を編むにちょっとごわごわしているんじゃないかなあと思う。

 だけど、完成した木の枝の糸巻きを指先で撫でるモニカは態度にこそ出さないが、とても嬉しそうに見える。

 

「今日の晩御飯は俺が作るからさ、そのままここで構想を練っていていいよ」

「いえ、ソウシ様に動いていただくわけには」

「いやいや、今度は焦がさないから大丈夫だって」


 モニカの肩に手を置き、彼女を座らせる。

 ペタンと座ったまま俺を見上げ小さく息を吐いた彼女は「お願いいたします」と返してくれた。

 

 モニカを部屋に残し、一人一階へ降りる。


「ちょ、ニク、何してんだ?」


 ニクの奇怪な動きに首を捻る。

 奴は窓枠のところで背中をこすりつけながら首をプルプルと振っていた。

 背中がかゆいのかな?

 ニクを掴み上げ、床に降ろしたが今度は壁にすりすりとやっている。

 虱か何か虫でももふもふの中に沸いたんだろうか?

 

「よし、総士の名において依頼する。水の精霊よ。かの者を清めよ。ウォッシャー」


 ニクを水の膜が包み込み、グルグルと回転する。


「綺麗になったぞ。これで虫もいなくなったはずだ」


 おいおい。

 痒くなくなったからなのか、ニクはさっそく俺のズボンをがじがじと前歯でかみついてくる。


「仕方ねえな。外は雨だし、特別に大麦をやろう。アーモンドはあれから干していないからな」


 麻袋から大麦をひとつかみして、平皿に乗せて床に置く。

 待ってましたとばかりにニクはお尻をこれでもかと振り、大麦を食べ始める。

 

 さてと、何を作るかなあ。

 シチューとかはどうだ? ダメだ。牛乳がない。

 乳製品は手に入れようがないから、チーズやバターもダメ。

 う、ううむ。

 そうだ。コンソメに似た「コルド」はまだまだストックがあるから、これを使ってスープにしよう。

 ボルシチみたいなさ。

 

 ちゃっちゃっと畑に行って、ジャガイモを収穫してくる。

 玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、カリフラワーにボアイノシシの肉とローリエの葉……は無いからこれでいいか。

 適当に切って、鍋でぐつぐつ煮込む。

 超簡単料理だけど、まあ食べることはできるだろ。

 

「お、まあまあいけるんじゃないか」


 味見をして一人満足して頷く。

 もう少し煮込んだら完成だな。

 

「ん?」

 

 ニクが鼻をひくひくさせながら、じーっと俺を見上げ尻尾……ではなくお尻を振っている。

 

「分かったよ。こいつはあ」


 大麦のおかわりを入れてやると、ニクはすぐにもしゃもしゃしだした。

 ニクが食べるのをぼーっと眺めていたら……。

 

「うおお、吹きこぼれるうう」


 燃焼石は便利なんだけど、コンロみたいに火力調節ができない。

 なので、燃焼石の位置を動かすことで火力を調節するんだ。

 これがまた、コンロと勝手が違って難しいんだよなあ。

 

 これで良し。

 モニカを呼びに行こうと思ったが、ある程度時間がたったら自分から降りて来るだろうと声をかけるのをやめておく。

 彼女は元メイドだけに抜け目がない。なので、俺のようにそのまま寝てしまうってことはないだろう。

 せっかく彼女が一人で集中できる時間ができたんだ。邪魔したくないしさ。

 

 鍋の様子を見つつ、俺は俺で別のことをしておくとしよう。

 ……しかし、いざ手が空くと何をしていいか悩むな。

 一つ作りたいものがあるんだけど、木材を準備しないといけないし……うーん。少しくらいなら目を離しても大丈夫だろ。

 またしても畑へ行き、思い直して屋敷と反対方向へ。

 この辺でいいか。

 これは畑で育てると邪魔になりそうだしな……。


「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 芽が出て、にょきにょきと葉が成長していく。こいつは熱帯性のリュウゼツラン科の多肉植物の一種だ。

 多肉植物といえばサボテンが有名だけど、分厚い茎のような葉が特徴のこの植物もサボテンに似ていなくもない。

 葉の長さは一メートルを越え、地面からそそり立つように密集して茎から生えそろっている。

 この植物の名はサイザル麻と言う。

 麻ではないんだけど、古くからロープの材料として使われてきたためかそんな名が付いているんだ。


「おっと、のんびり眺めている場合じゃないな。とっとと回収して屋敷に戻らねば」


 根元にブッチャーナイフを当て、根本から切り取る。

 戻ったら、モニカがキッチンの前に立っていた。

 

「お帰りなさいませ」

「た、ただいま」


 にこやかな笑顔でお辞儀をするモニカに苦笑いを返す。


「ソウシ様、それは?」

「これはサイザル麻の葉なんだ」

「確か、ロープの材料でしたか?」

「そそ。ソリを作ろうと思ってさ。今のままだと重いものを持ち運ぶのが大変だろ?」

「素晴らしいお考えです! それに、お料理もお上手で、とても美味しそうです」


 お褒めの言葉を頂いた! お世辞でも嬉しいよ。

 ヘラヘラしてサイザル麻の葉を持ったまま立ち尽くす俺とは対照的に、モニカはテキパキと鍋から深皿にスープを移している。

 

「運ぶよ」

「熱いのでお気をつけてください」


 サイザル麻の葉をその場に置いて、モニカから深皿を受け取った。

 小さな折りたたみ机の上に皿を置き、腰を降ろす。

 モニカが正座したとろで、一緒に手を合わした。

 

「いただきます」

「いただきます」


 二人の声が重なる。

 

 ◇◇◇

 

 ボアイノシシのベッドに寝そべるとすぐに眠たくなり、そのまますやあっと寝てしまった。

 モニカも俺の意識が飛ぶのと前後して寝たのだと思う。彼女の寝息が聞こえた気がしたから。

 

 しかし、翌朝、思ってもみない事件が起こる。


「ニク!」


 思わず叫んでしまった。

 俺の声で起きてしまったモニカもすぐに事態に気が付き、両手で口を塞ぐ。

 

 ニクが窓のところで、ガリガリと首元をこすっていたんだ。

 床にはニクのふわふわの毛が散乱していた。

 首元、背中と一部地肌が見えるほどになっていて、血もにじんでいる。

 

「ニク、痒いのですか?」

 

 モニカがニクを抱え上げ、肩を震わせた。


「昨日も壁に背中を擦りつけていたんだ。虫かと思ってウォッシャーをかけたら元通りな様子に見えたんだけど……」


 彼女の横から覗き込むようにニクの様子を確認する。

 彼女に抱かれながらも、ニクは体をよじり痒そうな仕草を見せていた。

 

「ウォッシャーをかけて頂けたのですね。でしたら、寄生虫ではなく何等かの皮膚病か、別の病か……」

「ヒールをかければ、傷口は塞がるけど病気の治療はできない」


 モニカも無言で頷きを返す。

 ヒールはあくまで傷の治療を行う聖魔法であり、病気には効果が無い。

 疲労回復の効果はあるけど、病気の原因を取り除かない限りまたすぐに痒くなるだけだろう。

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